勇者襲撃作戦
― 秘密基地・指令室 ―
ドワーフ国・エルフ国・獣人国・魔人国に対する人間国軍には、現在勇者が1名ずつ配置されている。
なので今回は2か所を同時に襲撃し、2人の勇者の抹殺を狙ってみようかと考えている。
狙うのは、緑と鉄の勇者。
毒使いと、剣豪だ。
緑の勇者は現在、対魔人国の戦線に配属中。
鉄の勇者は、対ドワーフ国の戦線に配属となっていた。
ちなみに対獣人国にはオレンジの勇者、対エルフ国には紺の勇者が配属になっている。
そして、前線に送り出す者は……。
「黒犀大佐よ!」
「はいっ!」
緊張しまくった面持ちで、黒犀大佐が巨体を揺らしながら元気よく返事をした。
素直でいい少年なのだが、まだどことなく頼りないところがある。
「改人バーンスライムと共に魔人国方面に向かい、緑の勇者を襲撃せよ――ただし無理はするな、今回の襲撃は勇者への挨拶代わりのようなものだからな」
「はいっ! 魔人国方面に出撃し、緑の勇者を襲撃してまいります!――バーンスライム、よろしく頼むぞ」
「お任せ下さい、黒犀大佐のお手は煩わせませんバーン。勇者抹殺は、このバーンスライムにお任せあれバーン」
黒犀大佐と改人バーンスライムが、並んで畏まった。
改人バーンスライムは、ロバの獣人×ワイバーン×アシッドスライムと3種交配した改人である。
空からの酸攻撃という、爆撃機のような運用がしたかったのだが、スライム系の肉体になってしまったせいで羽がぷよぷよになってしまい、飛ぶことができなくなった失敗作である。
それでもダチョウ並の機動力はあるので、普通にスライムを交配しただけよりはマシにはなっていた。
前線に送り出す者たちはもう1組……。
「白虎将軍よ!」
「応!」
こちらは百戦錬磨という雰囲気で、威勢の良い返事が返ってきた。
作戦を任せるには頼りになりそうな男だが、心の底で何を考えているか今一つ読めないやつでもある。
「ドワーフ国方面の鉄の勇者襲撃はお前に任せる、改人テッポウマンドラを連れて行くが良い」
「はっ!お任せあれ――ですが、襲撃と言わずいっそ『必ず殺せ』と命じて欲しいものですな」
「これは――あたいの出番はなさそうかねぇテッポ……テッポウマンドラ、ご命令承りましたわえテッポ」
白虎将軍とテッポウマンドラが、膝まづきながら不敵に笑う。
改人テッポウマンドラは、モグラの獣人×テッポウウオ×マンドラゴラという組み合わせの改人である。
元々持っているモグラ獣人の穴掘り能力で地下に潜り、マンドラゴラの引き抜くと即死効果のある叫び声を、自力で穴から出ることで発動するという反則的な罠タイプの改人だ。
ただし即死効果のある叫び声は半径2メートル程度の効果しか無いし、発動したら自身が気絶してしまうので、ほぼ自爆みたいな罠ではあるが……。
ついでと言っては何だが、テッポウウオの能力で水の代わりに土や石を口から勢いよく吐ける。
投石よりはマシな程度の威力はあるが、勇者相手には微妙な能力である。
地下に潜れる砲台にしたかったのだが、なかなか上手くはいかないものだ……。
ここからは更についでであるが……。
「金獅子元帥、赤河馬参謀」
「はっ!」
「はい」
「勇者に挨拶をして来い」
これはちょっとしたイタズラ心なので、俺はちょっとだけニヤリとする。
「挨拶……ですか?」
金獅子元帥が低く威厳のある声を響かせた。
体つきといい態度といい声といい――ホント貫禄がありすぎて困るやつだ。
「そう――金獅子元帥はエルフ国側の紺の勇者に、赤河馬参謀は獣人国側のオレンジの勇者に挨拶をしてこい――あぁ、戦闘をすることは無いぞ、言葉通り挨拶で良い」
「つまりは宣戦布告、ということですか」
赤河馬参謀が得たりという顔をする。
「その通りだ――それにお前たちも、勇者の顔くらいは見ておきたいだろう?」
「ははは、それは確かに――では我々は挨拶に行くとしましょう。首領には留守をお願いいたします」
「分かった、留守は任せろ」
これで各員の行動は決まった。
「では皆の者、出撃せよ! 我らがモフトピアの為に!」
「「「「「「モフトピアのために!!」」」」」」
全員の声が揃う――これは軍出身者が多いからかな?
本当は、軍隊色が強いのは好きじゃないんだけどなー。
統制の取れた連中と言うのは、一斉にいなくなるものだ。
司令室は急にガランと空いてしまった。
どうにも今までの組織と比べて、いちいち整然とし過ぎて落ち着かんな……。
さて、と……。
金獅子元帥にお留守番を頼まれてしまったが、実は俺は俺でやることがある。
金 策 だ 。
新たな秘密基地の整備費と人員をまた増やしたおかげで、貯えがかなり減った。
諜報網として組織の店も拡充したいが、店の売り上げを貯めてからではちと後手に回ってしまう。
なので今回は、俺のお小遣いを増やすことも兼ねて、金策をしようと思う。
以前に奴隷商人から組織の人員となる奴隷を大量に手に入れるために、組織の畑で増やした10日で土になるニセ金で奴隷を大量購入したことがあったが、今度はその逆バージョンをやる。
畑で育てた魂の入っていない、40日くらいで土に返る魔人・獣人・エルフ・ドワーフなどを、大量に人間国の奴隷商人に売りつけてやるのだ。
我々が大量に奴隷をだまし取ったのと、人間国の他国への侵攻が上手く行っていないせいで、人間国は現在奴隷が足りなくなり、貴重品になりつつある。
使い捨ての消耗品だった奴隷が、今やむやみに死なせられない労働力となり、その価格はかなり暴騰している。
そこへ大量に組織の畑産の奴隷を売り付けたら、これは大儲け間違い無しだろう。
俺の小遣いも増える。
……じゃなかった、組織の諜報網も充実させられる。
実働部隊は、現在人間を交配して人間に変身できるようにしている諜報員に、さらに別の人間を交配した者たちである。
捕まったら詐欺師どころかテロリストだから間違いなく殺されるだろうが、普段とは別な人間に変身すれば、決して捕まることは無いだろう――たぶん。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 人間国内・ドワーフ国側の軍駐屯地 ―
「おうおう――集まってやがるな、人間どもが」
白虎将軍は鋭い目を細めながら、蟻のように小さく見える兵士たちを眺めた。
現在見えている人間国軍の駐屯地は、以前はドワーフ国だった土地を人間国軍が奪い取った場所である。
ドワーフ国は既に国土の16%を人間国に奪われているが、ドワーフ国の都市基盤はほとんどが地下にあり、国家としての損耗率は奪われた国土に比べて少ない。
ドワーフたちの地下に張り巡らされた通路によって行われるゲリラ戦と、いざとなればその地下通路を落盤させて道を塞ぐ戦い方は、人間国の侵略に対する大きな抵抗となってはいるが、地上の侵攻は思うように止められていない。
「それじゃあたいは地下に潜るテッポ、勇者を引きずり出すのは白虎将軍にお任せするテッポ」
そう言うとテッポウマンドラは、モグラ獣人である自身の能力でさっさと地下へと潜っていった。
「仕方の無いやつだ」
早く己の力を試してみたいのだろうなと思いつつ、その気持ちも理解できる。
自身も早く人間相手に戦って見たくて仕方ないのだ。
「さて、テッポウマンドラを待たせてしまうな――こちらも行くとするか」
白虎将軍は人間国軍に向かって歩き出した――努めてゆっくりと、はやる気持ちを抑え込むように。
…………
「止まれ! 何者だきさま!」
「おい……あれ、獣人じゃないか?」
「何でこんなところに獣人が?……奴隷か?」
ようやくこちらに気付いたか――人間などは目も鼻も鈍い生き物だからな、と白虎将軍は思う。
「少ないな……」
こちらを見つけたのは僅か5人――軍の最小単位、伍というものだ。
「喋ったぞ」
「奴隷では無いのか」
「何者だと聞いている! 答えろ!」
やれやれ、5人だけで対処できるとでも思っているのか? こいつらは。
トラ獣人の戦闘力なら、自身のように改良されていなくとも、普通の人間程度なら駆逐するのに訳は無いというのに。
人間兵士の問いには答えず、黙って近づくと兵士たちが剣を抜いた。
「それ以上近づくと切るぞ!」
「構わん! やってしまえ!」
「全員で囲め!」
「馬鹿どもめ、彼我の戦力差も判らんか」
さっさと援軍を呼べばいいものを……。
自身の改人としての能力をお披露目するには、ギャラリーが足りない――なので呼ばざるを得ないようにしてやろう。
「ぐぁ!」「おわっ!」「ぎゃあ!」
不用意に近づいて来た兵を、3人ばかり爪にかけてやる――皮の鎧など、トラ獣人の爪には無意味だ。
残ったのは2人だが……さぁ、どうする?
「ここは俺が引き受ける! お前は応援を呼べ!」
「で……でも……」
「いいから行け!」
「は、はいっ!」
陳腐な演劇のような一場面を、白虎将軍は満足げに眺めていた。
ようやく援軍を呼んでくれるらしい。
「う、動くな! そこを動くな!」
「ふん、いいだろう」
こんなゴミのような人間など即殺しても良いのだが、援軍を呼びに行かせたことに免じて、来るまで生かしておいてやる。
「あそこです! あの獣人です!」
「ジャノー! 無事か!」
兵士たちがやってきたが、数が少ない――20人というところか。
「たったこれだけか?」
「なに?」
「援軍はたったこれだけなのか?」
「だったらなんだ!」
こんな人数では物足りないが、仕方あるまい――名乗りとお披露目といくか。
「人間どもよ聞くがいい、我が名は白虎将軍!――秘密結社モフトピアの幹部である!」
「秘密結社?」
「またテロリストか?」
「将軍?」
人間どもが何か言ってるが、そんなこと言ってる暇があるなら襲い掛かってくれば良いものを、と思わないでもない。
所詮は人間か――間抜けな物だ。
「今回はあいさつ代わりに勇者を殺しに来た――お前たちには用が無いとは言わんから安心しろ、ちゃんとお前たち雑兵も殺してやる」
「何だと! ふざけるな!」
「この人数相手に、勝てるつもりか!」
「勇者様が出るまでも無い、俺たちが相手だ!」
だからそんなこと言ってる暇があるなら、掛かってこい。
「この姿を見ても、同じことが言えるかな?」
ようやく本題――本来の姿をお披露目する時がやってきたようだ。
軽く念じて肉体のエネルギーの流れを変えると、みるみる筋肉が膨張し体躯が一回り大きくなった。
更に手の爪が長くなり、それぞれが刃の部分にギザギザのついた鎌状になっていく。
目が大きく緑色になり、触角が生え、背中には羽が生える。
白虎将軍の変身した姿――それはトラ獣人×岩カマキリ×オーガの改人、カマキリオーガなのだ!
……と言われても良く分からんという人のために、交配した生物の解説をしておこう。
岩カマキリというのは岩場に住む魔物で体長は4~5m、普段は岩に自らを擬態して、うっかり近づいた獲物を狩るというカマキリの魔物だ。
擬態すると言っても、外皮は本物の岩と同じ硬さと質感を持つので、カマキリオーガの外皮も当然岩よりも硬くなっている。
更には羽を使って、飛べないまでも長距離ジャンプを可能とする能力もある魔物なのだ。
あとはオーガだが、こちらはファンタジー好きなら知っている人も多いだろう。
日本の妖怪のイメージだと鬼に近いこの魔物は身長で2~3m、筋肉の質・量ともに人間とは比較にならない程で、武器もある程度使いこなすことができる。
カマキリオーガにも当然この特性が受け継がれており、ただでさえ筋力の高いトラ獣人のパワーを、洒落にならないレベルにまで引き上げていた。
簡単に言うとカマキリオーガは、鋭い手の爪が鎌の状態で外皮が超硬質の岩の硬さの、洒落にならない筋力を持ち長距離ジャンプを可能とする改人なのだ。
説明が長くなってしまった――これは3種交配の弊害であろう。
カマキリオーガが動く――。
取り囲んでいた20人の兵士は、悲鳴を上げることもできずにその肉体を断ち切られていた。
わざと見逃した3人の兵士が逃げていく――そうだ逃げろ、逃げて勇者のところまで案内しろ。
「やれやれカマ――勇者様にお目にかかるのに、こちらから出向かねばならんのとはカマ……」
カマキリオーガ――白虎将軍は、勇者を目指して軍の中心へと歩を進めて行く。
モフトピアvs勇者の最初の戦いが、ようやく幕を開けようとしていた。




