引っ越し
ゴブリンの花とイノシシの花の交配は、興味深い成果を出してしまった。
ゴブリンの知性と器用さ、イノシシのパワーと突進力、双方の長所を兼ね備えた強力な個体が完成してしまったのだ。
大きさこそ普通のゴブリンよりやや大きい身長140cm程度だが、全体的に筋骨隆々でガッシリとした体格になっている。
腹筋もバキバキに割れてるし。
ベースはゴブリン同様緑色だが、肩や胸や腰回りに足首から下はイノシシのような毛で覆われていて、口の両脇には2本のキバが生えている。
ゴブリンとイノシシの交配種。
イノゴブリン(俺命名)だ。
このイノゴブリンはとにかく優れもので、パワーはイノシシのそれが品質向上されていて人間などよりもはるかに強い。
それでいてちゃんと武器を使いこなす器用さを兼ね備えているのだから、戦力的にはもう人間の兵士など問題にならないくらい強力だ。
更に面白いことに、こいつはゴブリン形体にもイノシシ形体にも変形できる。
ただしゴブリン形体の時にはゴブリンの能力に、イノシシ形体の時にはイノシシの能力になってしまうので使いみちは限定されるが。
とにかく、このイノゴブリンを量産すれば、そこら辺の弱い魔物の縄張りを奪って俺の畑が持てる!
いや、まぁ、今でも持ってると言えば持っているんだけど、堂々と広々とした畑を青空の下で耕せるのだ!
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というわけで、イノゴブリンを量産して今はお引越しの準備中である。
量産時に気が付いたのだが、このイノゴブリンは交配種のくせに、種から育てても同能力のイノゴブリンが収穫できる。
これはおかしなことだ。
交配種で有名なのは夕張メロンだろうか?
夕張メロンというのは固定種である二種のメロンの品種を交配して収穫できる、一世代のみの品種である。
この一世代のみの交配種というものは、その種を育てても同じものは育たない。
元になった二種の品種の特徴が、雑多に混じったものが育つだけである。
だから夕張メロンの種を取り出して育てても、夕張メロンは収穫できないのだ。
品種改良というものは本来、この雑多なものの中から優良なのを選び、更に交配したり選別したりして安定した品質のものを作り出すものである。
……という理屈のはずなのだが、このイノゴブリンは獲れた種から育てても同じものが収穫できる。
何がどうなっているのか、さっぱり理解できん。
もう【魂の刻印:農神】という能力とはそういうものなのだ、と無理矢理に納得するしかなさそうだ。
…………
タッキが街の方向をじっと見ている。
いい思い出なんか大して無いだろうに、名残惜しいのだろうか?
「タッキどうした? 引っ越しが嫌なのか?」
「ちがうコン」
首をブンブンと横に振るタッキ。
違うのか、だったら……。
「獣人国へ行くか? 今の俺なら連れて行ってやることも……」
「ちがうコン……」
「そうなのか?」
「あそこには、誰かがいるかもしれないコン……」
珍しくしんみりとした空気を醸し出してやがるな。
「誰かって誰だよ」
こういう空気は苦手なので、わざとぶっきらぼうに聞いてやる。
「おとーさんとかおかーさんとか、にーとかねーとか、プッタとかトッコとか……みんなだコン」
あぁ、家族か……。
「みんなあの街で売られちまったのか?」
「わかんないコン。みんな捕まっちゃったけど、みんなバラバラになっちゃったコン。どこにいるのかわかんないんだコン……」
そうか、それで街の中ではやたらとキョロキョロしてやがったのか。
そういうことは早く言えよ、このアホ狐め。
「安心しろ、街にはたまに行く予定だからな。その時にでも探せばいいさ」
これは本当だ。畑で採れた作物を売って金を稼ぎ、道具や畑で育てられそうな物を買うつもりなのだ。
だがタッキの家族が見つかるとは思ってはいない。
そもそもどこで奴隷として売られてしまったのかも定かではない上に、人間国での奴隷の扱いは劣悪だ。
タッキのようにそこらに野垂れ死んでいるのも、さほど珍しくはない。
俺も街の外で多くの奴隷の死体を見た、全部腐っていたり干からびていていたり獣に食われていたりして、畑に埋めるには手遅れの死体ばかりだった。
街にいる奴隷も働けるうちは死なないように管理されているが、怪我や病気で働けなくなったら即座に処理される。
もちろん死体が埋葬されるなどという事は無く、大体は食肉用にバラされて終わりだ。
ドワーフやエルフ、魔人や獣人の肉など誰が食べるのかと思われそうだが、大概は奴隷たちのエサにされている。中には食べる物好きな人間もいるらしいが……。
「運が良ければそのうち見つかるさ。無理せず気長に探せ」
「……わかったコン、そうするコン」
「そうしろ。ほら、引っ越しすんぞ」
「コン!」
頭でも撫でてやろう。うむ、モフモフが気持ちいい。
家族か……神様に問い合わせたら、タッキの家族が死んだかどうか判るだろうか?
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お引越しして畑も拡張♪
家は建てることができないので、相変わらずの地下の隠れ家生活だ。
畑で家とか育てられねーかな……。
この辺は元々狼のナワバリだった。
狼の群れはイノゴブリンたちで駆逐し、全滅させている。
死体を手に入れたので、今では狼も収穫して周囲の警戒の役目を任せていた。
実は狼にはそれよりも重要な役割がある。
特に子狼には……。
俺にモフモフされるという重大な役目があるのだ!
いいじゃん、モフモフしたいんだからさ。
タッキや量産型タッキは獣人の女の子だから人として考えると通報案件になっちゃうし、イノシシは毛が固くてモフモフにはあんまし向かない。
狼――特に子狼は柔らかいし可愛いし、モフモフするには最適なのだ!
それに畑で収穫した子狼は成長しない。
いつまでもモフモフな子狼なのさ!
……そのうち土に返っちゃうけど。
ちなみにタッキは成長してるっぽい。
この間、量産型と背比べをしたらしく『ちょっとだけタッキのほうが、背が高かったコン!』と、満面の笑みで報告してくれたからな、たぶん間違いないだろう。
畑ではいろんな作物が育てられている。
食料としては主に野菜だ。
種や苗はなかなか譲ってもらえないので、普通に買えるものが中心である。
イモ・豆・カボチャやトマトにネギなど、埋めたら育つものや野菜から種が取れるものだ。
ピーマン? あれは駄目だ……あれは俺にとっては食べ物ではない。
俺の畑にピーマンなど、絶対に許さん!
……そろそろあのイモ掘っても良さそうだな。
油菜の野生種を見つけたので、まだ少量だが食用油も手に入っている。
ふむ、フライドポテトはまだ無理だな。
炒め物で我慢するか。
何やらドドドドっと足音がする。
音のしたほうを見ると、向こうからイノシシに跨ったタッキがやってくる音だった。
鞍も無いのにあのスピードで乗りこなすとは、器用なやつだ。
「リョーキチさーん! 野生のピーマン見つけたコーン!」
「却下だ!」
…………
畑仕事もひと段落した頃、やつらがやってきた。
そう……やつらが。
品種改良に関する正しい説明については、検索して確認することをお勧めします。




