始まり
やつらがやってきた。
ハジメ人間とかそういうのではない、人間国の軍隊と勇者たちだ。
畑の周辺で警戒と警備をしていた狼が軍隊を発見したので、即座にゴブリンとイノゴブリンたちを出撃させて、俺やタッキを含めた非戦闘員は地下の隠れ家へと避難する。
地下の隠れ家は当然入り口を岩などで偽装してあり、そう簡単には見つからないようにしてある。
更なる偽装としてゴブリンの巣も作ってあるので、万が一ゴブリンたちが全滅してもゴブリンの住処を掃討したという認識しか持たれないはずだ。
ちなみに俺は岩をくり抜いて作った監視部屋から、様子を見ている。
出撃したゴブリンとイノゴブリンは、それぞれ60匹ずつ。
敵を畑から遠い場所に誘導するよう命令してあるので、戦闘は見えないし戦闘音も聞こえない。
よしよし、上手くやってるな。
だがゴブリンたちの行動もむなしく見つけられてしまった、俺の畑が……。
…………
「おい! こんなところに畑があるぞ!」
「何が生えているんだこれは?」
「誰か住んでいるのか?」
「まさか、こんなゴブリンの出るところに人なんか住めるものか。部隊長に連絡しろ! こいつは怪しいぞ!」
くそ! 見つかっちまったか!
てか想定していたより大規模な軍隊が来ちまった。
俺の想定では来たとしてもこんなへんぴな場所には、せいぜい十数人の偵察隊しか来ないはずだった。
それが部隊クラスの軍勢かよ……。
人間国で部隊といえば、数百人規模になるはずだ。
事前に打ち合わせていた通りに、ゴブリンたちが畑を守るために戻ってくる。
畑が発見されてしまった時に備えていたのが裏目に出た。
少数の敵なら畑を守るために集合して全滅させるのは有りかもしれないが、敵のこの数ではむしろ呼び寄せるようなものだ。
戻ってきているのはほとんどがイノゴブリン、ゴブリンは10匹もいない。
ゴブリンはやられちまったか。
イノゴブリンたちは、やってくる兵士たちを次々と撃破している。
撃破はしているが、無傷の者は少ない……イノゴブリンたちは防具を着けていないのだ。
「お主らそこをどけい! 発動せよ! 【落とし穴】!」
黄色い皮鎧をつけた坊主頭のおっさんが兵士をかき分けてやってきて、何かを発動した。
四角い顔をした、やたらと眉の太いおっさんである。
次々と穴に落ちるイノゴブリン。
ちっ! 本当に落とし穴ができやがった。
あいつらは身長が低いから、穴に落ちればなかなか這い上がれない。
「おらおら邪魔だ! 道を開けやがれ!」
赤い派手な鎧を着たあんちゃんが、兵たちを突き飛ばしながら出てきやがった。
金髪にしているが、髪の根元近くが黒くなっている。
おいおい、髪の色を変えてるやつなんてこっちの世界に来て始めて見たぞ。
「おう! いつもの頼むぜ道元!」
どうげん? あのおっさんの名前か?
「面倒じゃのう」
どうげんと呼ばれたのは、落とし穴を発現させた坊主頭のおっさんだ。
「面倒くさがってんじゃねぇよ。これもお国の為ってやつだ」
と、金髪のあんちゃんが言っているが、お国の為とかセリフが似合わねーし。
「じゃあ始めるぞ、危ないから止まっておけよ兵ども――【暗黒世界】!」
視界が黒に染まった。
「おっしゃ始めるか!【暗視】!【飛斬撃】!」
何かドサドサと音が聞こえる……くそ、視界が回復しねー!
「終わったぞ、道元」
「うし、【暗黒世界】を解除するぞ。兵どもは目を瞑っておれよ、急に明るくなるから眩しいぞ」
視界が明るくなった――真っ暗闇から通常の昼間の光の世界へ戻ると、確かにかなり眩しい。
明るさに慣れた俺の目に映った光景は、両断されたイノゴブリンたちが敷き詰められた畑だった。
緑の血がまき散らされた畑の畝には、ゴブリンやイノゴブリンの足跡はひとつも無かった。
作物を踏むなとか、そんなこと命令した覚えは無いってのに……。
「お疲れさんだったわね、辺雅」
今度はピンク色のローブを身にまとった、地味顔の女が兵士たちをかき分けてやってきた。
細身の体に小顔が乗っていて、鼻梁は太く目も小さい。
さほど不細工という訳でも無いが、眉が無いので見た目に圧がある。
「名前で呼ぶなって言ってんだろうが眉無し女!」
なるほど、ベガというのはあの赤いあんちゃんのことか。
「うるさいわね!生えなくなっちゃったんだから仕方ないじゃない!」
ピンクの眉無し女が怒鳴り返す。
「二人ともいい加減にせい。それより牛丸、この畑どう見る?」
坊主頭の道元とやらが聞いた相手は、ピンクの眉無し女だ。
「ゴブリンが畑を作るなんて聞いたことが無いわね……ひょっとして、そういう新種なのかしら?」
「それが妥当なところかの、進化種のゴブリンといったところか」
坊主頭とピンクの眉無し女――うしまるが、互いにうなづき合っている。
「はんっ!どうでもいいだろうがそんなもん、所詮はザコのゴブリンじゃねぇか。新種だろうがなんだろうが、勇者の俺様の相手にゃならねぇよ」
「勇者の俺たちの相手には、でしょ? ほんと毎回毎回、一人でやってる気になっちゃう男よね」
「うるせーな、実際お前は今回何もしてねぇだろうが!」
――あぁ、そうか。こいつらは勇者か。
「あたしが来る前にあんたたちが手を出しただけでしょうが。それよりこの変な畑、どうする?」
「ふむ、やはり念のために焼いておくのが良かろうな。牛丸、やれ」
「なんで命令口調なのよ道元。まぁいいわ……みんな下がってなさい。【焼き払う炎】!」
――はいはい、解ったよ。そういうことかよ。
「おぉー! 燃えてる燃えてる! お前のこれだけは、派手で面白れぇよなぁ」
「他のが地味で悪かったわね」
「わしはこれだけでも大したものだと思うぞ」
「あっそう」
――この勇者ってやつらをなんとかしないと、俺に平穏な日々が訪れないってことなんだな。
なるほど、理解した。
勇者は敵だ。
なんとなく見る事ができる気がしたので、やつらの【魂の刻印】を確認してみる。
確認できるのは、たぶん俺の【魂の管理】の能力だろう。
敵を知るのは重要だ。
まず『どうげん』とかいう、黄色い皮鎧の坊主のおっさんだ。
※ ※ ※ ※ ※
黄村 道元
【魂の刻印:暗黒世界】 周囲87mを暗闇で覆う事ができる。
【魂の刻印:雌雄判別】 見ただけで性別を判別できる。
【魂の刻印:落とし穴】 周囲12mの範囲内に1立方メートル相当の落とし穴を作ることができる。上限29個。
※ ※ ※ ※ ※
戦闘系とは言い難いが【暗黒世界】と【落とし穴】は厄介だな。
せっかく【雌雄判別】という能力があるんだから、ひよこ鑑定士にでもなっておけばいいものを……。
次はピンクのローブの『うしまる』とかいう、眉無し女だ。
※ ※ ※ ※ ※
牛丸 桜子
【魂の刻印:焼き払う炎】 周囲513mの範囲内に、11m四方の炎を発現させられる。
【魂の刻印:肉まん召喚】 上海青空軒の肉まんを、1日1個召喚できる。
【魂の刻印:水中呼吸】 水中でも呼吸できる。
※ ※ ※ ※ ※
【焼き払う炎】か、今の俺たちに防ぐ手立ては無いな。
【水中呼吸】なんて刻印があるなら、農業用水で溺れさせるのは無理か。
【肉まん召喚】……地味にうらやましいぞ! くそ!
最後に赤い鎧のあんちゃんだ、確か『べが』だったか?
※ ※ ※ ※ ※
田中 辺雅
【魂の刻印:飛斬撃】 斬撃を飛ばして斬ることができる。射程61m
【魂の刻印:暗視】 暗闇でもそれなりに見える。
【魂の刻印:気配察知】 周囲33mの範囲内の、生物の気配を察知できる。
※ ※ ※ ※ ※
【飛斬撃】に【暗視】に【気配察知】か……戦闘タイプだな。
奇襲も通じ無さそうだ。
てか名前に赤入ってないのかよ!
黄色い皮鎧が『黄村』でピンクのローブが『桜子』なんだから、赤い鎧なら赤を名前に入れろよ!
てか辺雅ってなんだよベガって! どうせなら赤い星のアンタレスとかにしろよ!
……ふう。
まぁいい、とにかく覚えてろよお前ら。
勇者が平穏な生活の障害になるっていうなら、排除してやる。
神様とかはもう関係無い、俺の意思だ。
やつらが去っていく……。
畑ではまだ燃え残った火がチョロチョロと燃えている。
偵察要員の狼について行った子狼が、一頭だけ戻ってきた。
少し待ってろ、迎えに行くから。
…………
外へ出て、改めて畑を眺める。
視界に入るのは、焼き払われた作物とイノゴブリンたちの死骸。
子狼が近づいて来たので、頭をモフってやる。
少し落ち着いてきた。
自分でも気づかなかったが、俺の心は相当動揺していたようだ。
もう少しモフらせてくれ、子狼よ。
「リョーキチさん、大丈夫ですか?」
「あぁ大丈夫だ……大丈夫だ」
半ば自分に言い聞かせるように返事をする。
タッキにまで心配されちまうとは、俺はいったいどんな顔をしているのだろうか?
近くにきたタッキの頭をモフってやると、震えているのが判った。
覚えてろよ勇者ども、見てろよ人間国。
俺は自分の平穏な生活のために、お前らを叩き潰す。
俺の【魂の刻印】を使ってイノゴブリンより、もっと強いのを作り出してやる。
そのためにはもっと強い生き物、もっと強い魔物を集めないとな。
独りでやるには限界がありそうだから、協力者を集めたほうがいいか。
やってやるさ。
勇者を倒し、人間国を亡ぼして――――さすがに亡ぼすのはまずいかな?
なんか神様に怒られそうだし。
勇者を倒して、人間国を衰退させる――これなら良さそうだ。
勇者を倒して、人間国を衰退させる集団を作ろう!
集団? 組織の方がいいかな? 軍団――は何か違う気がする。
そうだ! いいのがある。
子供の頃のヒーロードラマで見たあの組織。
密かに憧れていたあの組織。
そう、『悪の秘密結社』だ。
待ってろよ人間ども。
これから俺が作るのは……。
勇者を抹殺し人間国の衰退を企む『悪の秘密結社』だ!




