同じ空気を吸いたくありません!
この前のダブルデートに出かけてからケイの様子がどうもおかしい。いつもどこか上の空で、何をするにも精彩を欠き、ケイのファンたちからもいったいどうしたのかと心配されている。中でも熱心なファンの一人であるホワイト教授は
「心配事があるなら何でも話しなさい。相談に乗るよ」
と優しくケイに語りかけていた。
「ケイは一体どうしちゃったの?この前とはまるで別人みたいね」
ニコラが9番の玉を落としながらケイの話を振ってきた。ケイにプールのコツを学んだニコラの成長は凄まじく、今では僕が負け越す事の方が多い。
「ニコラの前でもぼーっとしてるの?」
「うん。前みたいに話してくれないし、目もあわせてくれない。」
「うわー、それは重症だな」
「私ケイに何か悪い事いっちゃったかな?」
うん、まあ、思い当たる節がないわけじゃない。僕が考えるにケイはきっと、ニコラの「3ヶ月だけしかいっしょにいれないんでしょ?」発言にショックを受けているんだと思う。好きな人と3ヶ月、正確にはもうあと2ヶ月ちょっとしかいっしょにいられないという現実を突きつけられ、愕然となってしまっているんじゃなかろうか。
「ニコラは何も悪くないさ。きっとお腹でも痛いんだろうよ、っと」
ブレイクショットで3つも玉を落とせた!僕もだいぶ上達したよね。よし、この勢いのまま9番まで落としてやる!狙って……狙って……ここだ!
「何をやってらっしゃるの?」
うへぇ、リア様がいらっしゃった。そういえばこの人も同じ寮に住んでるんだっけ。生活リズムがあわないのか滅多に遭う事はないはずなのに。僕のついた玉はへろへろ転がり、どの玉とぶつかる事もなかった。
「中院さんこそなにしてるの?みんなと観光にいってるはずじゃ?」
「そんなに毎日出歩いているわけではありません。今日はたまってしまった洗濯物を洗おうと……じ、じろじろ人の洗濯物を見ないでください!」
おっと失礼。なにやらレースやらリボンなどかわいらしいものがいっぱいだったのでついつい見てしまいました。
「ランドリーはあちらです。どうぞごゆっくり」
「ご親切にありがとうございます!」
ゲームを続けようとしたら洗濯かごを持ったリア様がランドリーの手前にあるトイレに入っていってしまった。あわてて呼びかけるとトイレから物凄い顔をしたリア様が出てきた。大袈裟な身振り手振りでいかに怒っているのかをあらわしている。この辺はしっかりアメリカナイズされているな。
「いくら私の事が気に入らないからってこの仕打ちはあんまりです!」
そうじゃないよー。僕が言ったのはもうひとつ奥の扉だよー。
「ごめん、そんなつもりじゃなくって」
「いつも私を見下して、そんなに楽しいですか!?」
「ええ!?見下してるのはむしろきみたちのグループでしょ?」
しまった。つい本音がぽろっと出てしまった。
「よ、よくもそんなことが言えますね!私もうあなたとは同じ空気を吸いたくありません!!」
そう言い残すとリア様は憤慨して地上へとあがっていった。まったく台風が通っていったかのようだ。
「……さあ、続きを始めようか」
「ねえシュウ、あの人何を怒ってたの?日本語じゃわからないよ」
ニコラがそんなことを言うので、僕は中院リアとその取り巻きたちについて説明してあげた。自分がいかにコケにされているかを語るのは辛いが、愚痴りだしたら止まらない。
「——っていうのが今の状態」
ニコラは僕の話を黙って最後まで聞いてくれた。いい子だなぁ。ケイが惚れるのもわかるよ。
「たいへんだったんだね。私もあのグループには睨まれてるからよくわかるよ」
「でしょ?」
「でもね、私あの人だけは別だと思うよ」
へ?あの人って、リア様のこと?
「あの人ね、周りの人が私に冷たくしてる時いつも申し訳なさそうな顔してるんだ」
「本当に?そういうフリをしてるだけじゃない?」
「そう言われちゃうとそこまでなんだけどさ……」
「ニコラだって初めてボストン行った時のあいつのわがままっぷり見ただろ?」
「あの時はたしかわがままを言ってる周りの人を注意してなかったっけ?」
あれ?僕の記憶が間違ってる?それとも本当に僕が色眼鏡で彼女の事を見ていたんだろうか。
「もしかしたらニコラの言う通りかも。これからはもう少し好意的に接してみるかな」
「うん。『友達を見つけた人は宝物を見つけたのと同じ』だからね」
「なにそれ?」
「イタリアのことわざだよ。宝物は多い方が良いよね」
それは僕にリア様と友達になれってことだろうか?さすがにそれは難しいよ。仮にリア様が良い人だったとしても周りの取り巻きたちがそれを許してくれないって。
「ちょっと休憩」
そう言ってトイレに行くとリア様の洗濯かごがそのまま放置してあった。これ、どうすればいいんだろう……。