留学生の大学受験
僕たち留学生が受けるテストは主に2つある。トーフルとSATだ。
トーフルは「外国語としての英語のテスト」で留学生全員が受ける物だ。
一方SATは「大学進学適性試験」のことで、これは留学生のみならず、アメリカの大学進学希望者全員が受ける物のようだ。その内容は「筆記」「小論文」「数学」の3つから構成されている。
SATは6月におこなわれるということだが、いつ対策を練るのだろう……。そんなことを思っていたら、あっという間にSAT本番当日がやってきた。
「高岡先輩、これどういうことですか?」「私たちなんの勉強もしてないんですけど」
案の定留学生一同から質問を浴びせられる真由子さん。今日はテスト会場までのバスガイドをしてくれている、かわいい。
「みんな、そんなにぴりぴりしなくていいのよ。このテストは留学生にとってはほとんど形だけのものなんだから。よっぽどひどい点を取らない限り大丈夫!」
うーん、もしそのよっぽどを取ったらどうすればいいでしょう?英語は何とかなるかもしれませんが、実は僕、数学がちょっとやばいんです。なんせ高校の数学の成績は下から数えた方が断然はやかったんですから。
「みんなはトーフルの事だけ考えてればいいからね。今日は気楽にやりましょう」
正直不安しかありませんよ真由子さん!
SATの筆記試験が始まった。数学で取れない分をここで挽回しなければ行けない!いざ、勝負!!
あれ?なんだこれ?けっこう……いや、かなり難しいぞ。トーフルとかぶるような問題はまだ何とかなるが、何を聞いているのかすらわからない問題まである。
結局筆記と小論文では思うような結果が出せなかった。これはひょっとしてトーフルの結果が出る前に浪人決定か!?
はぁ……最後の数学は……っと。ああ、当然だけど問題文まで英語なのか。ちょっと新鮮。……あれ?数学の問題を英語で考えるのってなんか面白いなぁ。それによく見るとこの問題ずいぶん簡単じゃないか!これなら数学で挽回できるかも!
テストが終わり、帰りのバスに乗せられた留学生一同の雰囲気は暗い。どうやら上手くいかなかったのは僕だけじゃないようだ。「どうだった?」と確認しあう風景は、庶民の学校と少しも変わらない。
「シュウ、お前はどうだった?」
ケイが女子の群れを離れて僕の所へやってきた。人気者にはこんな時でも人が集まるんですね。
「僕は……筆記の方は最悪だったよ。小論文はやや最悪」
「やや最悪ってなんだよ。俺はけっこう手応えあったぜ」
「マジで?そういえば最近、無駄に模擬トーフルの結果よくなってるもんな」
「無駄って言うなよ。実際こうして役立ってるんだから。でも数学は全然だめだった。日本語でなら何とかなるのに!」
あれ?真逆の感想?僕たち同じテストを受けたんだよね……?
後日、SATの結果が学校で発表された。なんと今回のテストで合格基準を下回ったやつはだれもいなかったらしい。真由子さんが『よっぽどひどい点を取らなければ大丈夫』と言ってたのは本当の事だった。
「さて、この中で筆記のスコアが1番高かったのはケイ、君だ」
ホワイト教授が嬉しそうにケイを褒める。
「ケイはすでにトーフルに合格してるのに、ここに来てさらにスコアを伸ばしている。彼ならやってくれると思ってたよ!」
僕ならこんなに手放しで褒められたら恐縮して赤くなるに違いない。しかしケイは胸を張り、そんなの当然ですよと言わんばかりの態度で教授と握手を交わしている。こういう姿が様になるのは素直にカッコいいと思う。
「小論文のトップは、ニコラ、あなたよ」
文化風習のクラスで教鞭をとる先生がニコラの頭を撫でながら褒めている。
「あなたはイタリア人であることを自分のアイデンティティとして、オリジナリティ溢れる意見をいうことができるわよね。そう言う所が今回のスコアにつながったんでしょう」
先生は感極まったのかニコラとハグをかわしていた。こういうシーンでもそういうことするんだね。僕も女性とだったらやってみたいかな。
「そして、数学の成績が一番よかったのは、シュウ!アンタだよ!」
え、僕!?何かの聞き間違いかと思ったが、たしかにパメラが「こっちおいで」とてのひらを上にして手招きしている。
「シュウはアメリカの高校生と比べても、非常に良い成績をたたき出した!こんな能力を今まで隠してるなんて!アンタはほんとにシャイボーイだねぇ!」
そういってパメラは僕を引き寄せ、驚くような強さで抱きしめた!たしかに女性とハグしてみたいって言ったけどなんか違う!……でも、抱きしめられている箇所からエネルギーが伝わってくるようなこの感覚、悪くないかも。
「さあみんな!明日はトーフルが待ってるよ!残り3回あるうちの貴重な1回だ!心してかかるように!」
ランチを食べにカフェテリアに入ったら真由子さんがいたので数学のスコアについて話してみた。
「すごいじゃない!おめでとう!!」
我が事のように喜んでくれるなんてうれしいな。さすがに日本人同士でハグはなかったけど。
「それじゃあお祝いをしないとね……。そうだ!今夜空いてる?」
「もちろんです!」
もちろん、今夜は明日のためにトーフルの勉強をする予定だったが、真由子さんからのお誘いを僕が断るわけがない。
「それじゃあ詳しいことはまた後で」
そういうと真由子さんはコーンに乗せたアイスクリームを人に見られないようにしながら仕事へと戻っていった。