表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/174

ボストン交通事情

「おはようございます先輩。今日はよろしくおねがいします」


 できるだけ何もなかったかのように振る舞いながら挨拶をしてみる。しかし真由子さんのいぶかしげな表情を見ればそんな努力は無駄だとすぐにわかる。


「ねえ、大丈夫?何かあったの?」


 真由子さんは僕とリアたちを見比べたすえ、やつらを心配する事にしたようだ。僕が大声を出した分向こうに気持ちが傾いているのかも。


「いえ、ご心配なく。ちょっとしたすれ違いがあっただけですから」


 リアがすまして答える。「こんな庶民の戯れ言には付き合ってられない」とでもいいたげな顔に見えるのは自虐がすぎるだろうか?


 なぜか真由子さんが背中にやたら大きなバッグを背負っているので、ポイント回復のためにも紳士的な行動を試みる。


「ずいぶん大きな荷物ですね、もちましょうか?」

「大丈夫よ、ありがとう」


 紳士失敗。ケイならうまくやるのかなと、ふと目を向けてみるとすでにニコラのバッグをもっていた。いったいどうすればそんな自然に荷物が持てるんだろう。大学にあがるまでになんとしてでも聞き出さねば!


「そんな大きな荷物を持ってどこに案内していただけるのでしょう?」


 言ってることはまともなのに、どうしてリアが言うとこんなにも嫌みに聞こえるのだろう。ええい、こんなことでいちいち動揺してたら真由子さんとの楽しい観光なんてできないぞ。切り替え、切り替え!


「この荷物?きっとみんな気に入るから。さあ、バスに乗り込んで!」


 日本人集団がどんどんバスに乗っていく。真由子さんの近くに座りたいので最後に一緒に乗り込もうと思ったら、同じことを考えているやつがいた。


「これまでなかなか高岡先輩と話す機会がありませんでしたし、お隣よろしいでしょうか?」


 リアたちのグループだ。やつらはバスに乗り込むと真由子さんを窓際に追い込み、その周囲に取り巻きが、隣りにリアが堂々と座った。僕が唖然としてみていると、「どうだ!」とばかりに取り巻きがニヤニヤしている。


 僕は仕方なく通路を挟んでリアと同じ列に座った。一行を乗せバスは校外へと走り出す。


「学校のバスでボストンまで連れて行ってくださるなんて気が利いてますね」


 いつもタクシーでボストンまでいく彼女たちでもそんなことを思うのか。それともこれも嫌みなのか。


「あ、このバスはすぐそこの駅までしか行かないわよ」


 そう、このバスは毎日定期的に駅まで学生を迎えにいくシャトルバスだ。断じておまえらのために雇ったものじゃない。


「ではどうやってボストンまで?」

「もちろん電車でよ?」

「電車……ですか……」


 おや?リアの顔色が少し悪くなった気がする。


「ひょっとして……中院さんは電車乗ったことないとか?」


 真由子さんが尋ねた途端、リアの背筋がピクンと伸びる。どうやら図星をつかれたらしい。


「そ、そんなことありませんよ。そうだ!修学旅行の際、新幹線に乗ったことがあります!」


 え、そこドヤ顔するとこ?


「高岡先輩はよくこういった物をお使いになるんですか?」

「お使いになるも何も、ボストンに行く時は大抵電車を使うかな」


 そういえばボストンは公共交通機関が充実していると観光案内の本に書いてあった。今日のための事前予習に抜かりはない。

 真由子さんは自動車免許は持っているものの車の運転が苦手なため、バスや電車の乗り継ぎに詳しくなったそうだ。


「ずいぶん使い慣れていらっしゃるんですね。頼もしいですわ。本日はよろしくお願いしますね」


 あ、今完全に見下しただろ!


「たしか、ボストンでは切符じゃなくてトークンって言うコインを改札にいれて駅に入るんですよね」


 僕は通路越しに勉強してきたボストンの電車事情を語ってみた。そっちが邪魔するのなら無理矢理会話に参加してやる。


「よく知ってるわねシュウスケ。たしかに去年まではそうだったよ」


 え?去年まで?


「トークンって言うカワイイコインを買ってね、それを遊園地のゲートみたいな機械に入れると一人だけ通ることができたんだ。私アレ好きだったのに、無くなっちゃって残念」


 先輩との2人きりの会話だったらこんな失敗もありだろう。しかし周りの連中が「知ったかぶり」「クスクス」などと言ってる状況ではとても楽しめそうにない。



 駅に着くと緑色の看板が僕たちを出迎えてくれた。


「これはグリーンラインの看板。ラインっていうのは日本の路線みたいなものね。中央線とか、京王線とか」


 なるほど、看板の路線図を見るとボストンを中心に様々な色の線が放射状に延びてる。


「もしボストンで迷子になっても、このグリーンラインに乗れば帰って来ることはできるから、心配しなくていいからね。駅の色が目印だよ」


 ほう、それはわかりやすい。しかし真由子さん、ここにいる連中のほとんどは

もう二度と電車に乗らないかもしれません。

 トークンの代わりの磁気カードを購入し、僕たちは電車に乗り込んだ。


「リアさん、椅子がプラスチックです!」「これではお尻を痛めてしまいます」


 あ、言われてみればたしかに。しかし学校の椅子だってプラスチック製なんだからここで文句を言うのはお門違いだろ。


「学校の椅子だってプラスチックですわ。皆さん、これがカルチャーギャップというものです。公共の場ですから、もう少し静かにしましょうね」


 まさかリアからこんなセリフがきけるとは!ひょっとしてこいつ案外いい奴なんだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ