素直になれない
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付き合い始めてからも、善はあまり変わらなかった。
相変わらずマイペースで、誰に対しても分け隔てなく優しい。
部活の仲間たちと笑い合い、軽口を叩く。
グラウンドで見せる鋭い眼光や圧倒的なプレースタイルとは裏腹に、普段の彼は拍子抜けするほど柔らかい空気を纏っていた。
問題はその“誰に対しても優しい”という長所が、春臣にとっては少し気になるということだった。
「城戸ー!」
練習終了を告げるホイッスルがグラウンドに響き渡り、片付けが始まった頃。
汗を拭う善の背中に別の選手が勢いよく飛びつき、善の肩にガシッと腕を回した。
「最後、マジでやばかったな! あんなパス、どこ見て蹴ったんだよ」
「そ? ありがと。たまたま相手の足が止まったのが見えただけだよ」
善はいつも通り、目を細めて笑う。
取り繕う様子のない笑顔。
相手との距離感が近い。
普通のコミュニケーションだと分かっている。
春臣は少し離れた場所で、その光景をじっと眺めていた。
「………」
胸の奥がもやもやする。
嫉妬だった。
春臣は自分の心の狭さに嫌気が差す。
善が悪いわけじゃない。
善は付き合う前から変わらず、誰にでも愛されるのが魅力だ。
付き合う前よりも善の言動がずっと気になってしまう。
恋人という特別な関係になったからこそ、相手のほんの少しの仕草や他人へ向けられる笑顔に過敏になってしまう。
善が誰の所有物でもないことくらい痛感しているはずなのに、春臣は独占したいという醜い欲求が顔を出す。
「ハルくん?」
「!」
不意に声を掛けられ、春臣はハッと正気に戻った。
気付けば、遠くにいたはずの善が目の前に立っていた。
タオルを首にかけたまま、首を傾げてこちらを覗き込んでいる。
「どうかした? 機嫌悪い?」
「別に」
「嘘つけ。怖い顔してる」
「怖くない」
「いや、めちゃくちゃ怖いって。眉間にシワ寄ってるし」
善が可笑しそうに口元を緩める。
「……楽しそうだった」
「ん?」
「さっき。先輩と話してる時」
「ああ……」
善は春臣が不機嫌の理由が分かった。
「嫉妬?」
「………」
「図星じゃん」
「うるさい」
春臣は善から視線を逸らした。
せっかく話し掛けてくれたのに、素っ気ない態度を取ってしまう。
善を困らせたいわけではないのに、溢れ出た感情をうまくコントロールできないのだ。
「ごめん」
「……なんで城戸が謝るの」
「ハルくんを不安にさせたなら、僕が悪かったと思って」
「不安なんて……思ってない」
「不安じゃなかったら、僕のことずっと見てないだろ」
「………」
春臣は否定できなかった。
「僕、ハルくんしか好きじゃないよ」
「っ」
誰に聞かれるか分からないのに善は言い放つ。
「……分かってる」
「ほんと?」
「ほんと」
春臣も頭では分かっている。
善が自分を選んでくれたことも、こういう時に嘘をつかない人間であることも。
だけど、理屈と感情は別問題だった。
春臣は諦めたように小さく息を吐き出した。
「……嫌だった」
「ん?」
「誰にでも同じように笑うとこ」
「!」
春臣が素直に胸の内を吐露すると、善は目を見開く。
「そっか」
「……止めてほしいわけじゃない」
「分かった分かった。じゃ、埋め合わせするわ」
「埋め合わせ?」
「今から“ハルくん優先デー”な」
「何それ?」
「今日はハルくんが満足するまでずっと一緒にいる。話も全部聞くし、なんでも頼んでいいよ」
「ぶふっ」
突然の提案に、春臣は思わず吹き出してしまった。
意味が分からないし、命名のセンスも独特だ。
「子ども扱いすんな」
「してないよ」
「してるだろ」
「してないって言ってるじゃん」
軽口を叩き合いながら、部室で着替えを済ませて校門へと歩く。
いつの間にか二人の歩幅は自然と揃い、肩と肩が触れ合うくらいの距離におさまっていた。
「!」
善が春臣の手を握る。
誰もいない空間。
「これで機嫌直る?」
「………」
繋がれた手から伝わる体温と、善の少し照れくさそうな横顔に春臣は言葉を詰まらせた。
「……少し」
「少しか。厳しいなぁ」
「まだちょっと根に持ってる」
「困ったな。じゃあ、ずっと手繋ぐか」
善が嬉しそうに笑う。
その柔らかな笑顔を見つめているうちに、春臣の胸の奥にあったもやもやは、少しずつなくなっていくのだった。
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