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ホイッスルを遠ざけて  作者: かがみゆえ


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2/2

両片想いだった

 .





 城戸善は自分のことを器用な人間だと思っていた。


 感情を隠すのも、距離感を測るのも得意な方だ。


 だから、光永春臣を好きになったことも誰にも気付かれていないはずだった。


「城戸」


「ん?」


「パス」


「はいはい」


 部活終了後の自主トレ。


 春臣がボールを返してくる。


 いつも通りの光景。


 いつも通りの距離。


 なのに、善の胸は少しだけ騒がしい。


 春臣の声を聞くだけで。


 春臣と目が合うだけで。


 春臣の隣にいるだけで。


 サッカーをしている時より心拍数が上がる。


(重症だなぁ……)


 自覚してからもう何ヶ月経っただろう。


 告白するつもりはなかった。


 相手は後輩で同じ男だ。


 関係が変わればプレーにも影響するかもしれない。


 何より……。


(嫌われたら終わりだし)


 今の距離を失うのが怖かった。


「城戸」


「ん?」


「今、なに考えてた?」


「別に」


「うそ」


「なんで?」


「顔」


 春臣はじっと善を見つめてくる。


 観察するような目に、善は思わず視線を逸らした。


「……そんな分かりやすい?」


「普通?」


「どっちだよ」


 春臣が小さく笑う。


 その笑顔だけで善は胸が苦しくなる。


(好きだ)


 どうしようもなく、春臣が好きだと自覚する。


 けれど、言えない。


 言えるわけがなかった。





 一方、光永春臣もまた悩んでいた。


「………」


 ベッドに寝転びながら天井を見る。


(眠れない……)


 原因は分かっている。


 城戸善だ。


 善が誰かと話していると気になる。


 善が笑うと嬉しい。


 善が離れていると寂しい。


 最初はただ相性のいい選手だと思っていた。


 でも、違った。


 いつからか、春臣は善を目で追うようになった。


 会いたくなった。


 触れたくなった。


(好き)


 その結論にたどり着いたのは随分前だ。


 けれど、告白はできない。


 善は誰にでも優しい。


 だから、春臣は自分だけが特別だとは思えなかった。


「……無理」


 ぽつりと呟く。


 告白して振られるのが怖い。


 今の関係が壊れるのが怖い。


 今日も善へ何も言えないまま、想いだけが積もっていく。





 数日後。


 善は一人で部室のベンチに座っていた。


 そこへ春臣がやって来る。


「隣、いい?」


「いいよ」


 春臣もベンチに腰を下ろす。


 隣に座ったことで距離が近い。


 善の心臓が高鳴り始めた。


 すると、春臣が不意に口を開いた。


「城戸」


「ん?」


「好きな人いる?」


 善は飲んでいたスポーツドリンクを吹きかけそうになった。


「……はっ!?」


「いる?」


「な、に急に……」


「気になった」


 春臣は真剣な顔だった。


「………」


 善は返答に困った。


 目の前にいる、なんて言えるはずがない。


「……いるよ」


 肯定だけしてみることにした。


 その瞬間、春臣の肩がわずかに震えた。


「そっか……」


 声が小さいので善は春臣の変化に気付かない。


 春臣は善に“好きな人がいる”という事実だけで頭がいっぱいだった。


(終わった……)


 春臣は胸が苦しくなる。


(遅かった……。誰かに取られてた……)


 そう思った。


 一方、善は焦っていた。


(なんか泣きそう?)


 もしかして、と善はほんの少しだけ期待してしまう。


「………」


「………」


 二人の間に沈黙が流れる。


 耐えきれなくなったのは春臣だった。


「……その人、どんな人?」


「え?」


「好きな人」


「………」


 善は少し考えて、答えることにした。


「真面目で」


「うん」


「一緒にいると落ち着いて」


「うん」


「たまに天然で」


「うん」


「パスの相性がめっちゃ良くて」


「………」


 春臣は固まった。


(それって……)


「“俺じゃね”って?」


 善は笑いながら春臣を見る。


「っ!」


「え?」


 春臣の顔は真っ赤だった。


「………」


「まさか……」


「………」


「ハルくん?」


 春臣は両手で顔を覆った。


 隠しきれておらず、耳まで赤い。


 善の脳がようやく結論にたどり着く。


「え、待って」


「……うん」


「もしかして……」


「うん」


「ハルくんも僕のこと……」


 数秒の沈黙。


 そして、春臣は小さく頷いた。


 それを見て、善は完全に思考停止した。


「……う、嘘だろ」


「嘘じゃない」


「ほんとに?」


「ほんと」


「っ」


 善は嬉しすぎて頭がおかしくなりそうだった。


 何か言わなければと思っても、言葉が出てこない。


 そんな善を見て、春臣は困ったように笑う。


「困らせた?」


「それは違う!」


「じゃあ……」


「嬉しくて……」


「え」


 春臣は目を見開く。


 善は観念したように笑った。


「僕もハルくんが好き」


「……ほんと?」


「ほんと」


「ずっと?」


「ずっと」


「同じ?」


「同じ」


「………」


 春臣は少し黙ったあと、顔を下に向いた。


「よかった」


 その一言に、数ヶ月分もの想いが詰まっていた。


 二人は遠回りばかりした両片思いだった。


 だからこそ今この瞬間が、何より愛おしかった。


 気付けば二人の手が触れていた。


 どちらからともなく繋いだ手はしばらく離れなかった。


.

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