忍とラヴクラフト
その者は、突然ふっと湧いたように現れた。
最初に「彼女」を観測したのは月国・錬金術最高顧問のラヴクラフトだった。
「彼女」が現れたのはラヴクラフトが研究所で錬金術の研究に勤しんでいる時だった。
「こんばんは」
「こんばんは。どちら様ですか?」
突然の来訪に一瞬、身構えたが、さすが最高顧問、落ち着いている。
「失礼いたしました。私は忍と申します」
「忍?」
名前だけでは素性は分からない。
「はい、忍です。貴方は?」
「ラヴクラフトと申します」
「ラヴクラフトさん。私が何者か、お知りになりたいようですね」
「はい」
「では、お教えしましょう。私は魔法使いです」
「そうですか。なら突然現れたのも納得できます」
「貴方は月国でも高い地位にいらっしゃる」
「よくご存じで。しかし私は貴方を知りません。軍所属の魔法使いではないですね?」
「ええ。軍には所属しておりません」
「何故、ここに?」
「さあ、何となくです」
「何となくで、私を選ぶとは」
「さて、私が何者か、話している最中でしたね」
「そうですね」
「私は、この戦争を終わらせるために来ました」
「この戦争を終わらせる? 貴方に、それ程の力があるのですか?」
「ええ、ありますとも。私は最強の魔法使いですから」
「最強の」
ラヴクラフトは半信半疑だった。
目の前の女が何者か測りかねるようだった。
「どちらかが勝てば戦争は終わるのです。キサラギは甘過ぎます。いつまでもゼロサムゲームを続けていては、どちらも消耗するだけです」
「キサラギというのは忍・J・キサラギのことですか?」
「はい、そのキサラギです」
(彼女も忍? 何やら因縁めいたものがありそうですね……)
ラヴクラフトは深くは聞かないでおいた。
「では、最強の魔法使いと言われる証拠を見せていただけますか?」
「う~ん、では貴方の願い事を一つ叶えて差し上げましょう」
「願い事、ですか……」
ラヴクラフトは思案した。
「どんな願い事でも良いのですか?」
「ええ、どんな願い事でも」
忍はラヴクラフトの目をしっかり見据えて言った。
「死者を蘇らせることは出来ますか?」
「並みの魔法使いなら出来ませんが、私なら出来ます」
「大した自信ですね。どうやるのです?」
「その方の魂を死者の国から呼び戻します」
「死者の国? そんな所があるのですか?」
「あります」
忍の言葉には、何処か否定出来ない凄みがあった。
「魂を呼び戻した後はどうします?」
「適当な器に魂を入れます」
「適当な器。ええ、丁度良いものがありますよ。……来なさい」
ラヴクラフトが手を二回叩くと弟の姿をしたホムンクルスが出てきた。
「これが器です。姿形は弟のフィリップスですが、中身は出来損ないの失敗作です」
「ほう。普通の人間と変わりないですね。これほど精巧な人形が作れるとは」
忍が感心してホムンクルスを、まじまじと見る。
「あ、あの……、僕は?」
「お前はもう必要なくなる。本物のフィリップスに上書きされるのだから」
「え、えと……」
「忍さん、早速お願いします」
「それでは死者の国に行って参ります」
忍は何処からか出したピンク色の扉を開いて、その中に入って行った。
数分待っていると、ピンクの扉が開き、手に魂らしきものを持った忍が帰って来た。
「はい、こちらフィリップスさんの魂です」
司書が書庫から本を持ってきたような気軽さだ。
「これが……」
ラヴクラフトが恐る恐る魂を触ると、ぷにっとした感触が伝わった。
「それでは、この魂をホムンクルスさんの中に入れていきますよ」
ホムンクルスは何をされるのか分からず怯えていたが、ラヴクラフトに押さえつけられ、為す術がなかった。
忍はフィリップスの魂をホムンクルスの胸に押し付ける。
すると、魂がホムンクルスの中に入っていき、彼は気絶したようになった。
「フィリップス! フィリップス!」
フィリップスがゆっくりと目を開ける。
「……兄さん?」
「フィリップス!」
そこには、おどおどしたホムンクルスの表情ではなく、しっかりと意思を持った一人の人間の姿があった。
「俺は確かあの時、死んだはずじゃ……?」
「蘇ったのです! それもこの忍さんのお陰です!」
「……忍さん?」
「最強の魔法使いの忍さんです!」
ラヴクラフトは忍の狂信者のようになっていた。
「これが魔法です。不可能を可能にするのです」
これが自称・最強の魔法使い・忍と月国住人との邂逅であった。
月陣営、天空基地・ラピュータ。
武器人間達は揃って朝食を摂っていた。
「最近、ラヴさんの様子が変なんやと」
光明がパスタサラダをかき回しながら話題を振る。
「変?」
ウィルは以前会ったラヴクラフトのことを思い返していた。
(あのホムンクルスは元気でやっているだろうか。またラヴクラフトに殴られてなければいいが……)
「何か変な宗教にハマった人みたいになってるらしいで。研究所の奴らが言っとった」
「心配ですね」
「はい」
潤子とアンが不安気な顔を見せる。
「ふん。アイツのことなんか気にしてられるか」
ガルーダがサラダチキンをガツガツ食いながら言う。
「あの人、あれでも錬金術の最高顧問なんやから、あんま変なことされると上も困るやろし。わいらで様子見に行こかって思うてん」
「俺は知らん。お前らで勝手に行け」
「まあ、そう言わずに、ガルさんも付いてきてぇや。こういう小さな所で善行積み上げていくとディアナ様も喜ぶと思うで」
「そうか。なら仕方ないな!」
(ガルさん、チョロいわ)
錬金術研究所は、以前見た、おどろおどろしい実験用具やホルマリンの隙間に花を置いたりと、グロテスクとファンシーが同居したカオスな様相を呈していた。
「うわぁ、ラヴさん頭おかしくなってもうたんかぁ」
「ごめん。少し散らかってて」
ラヴクラフトの弟がお茶を持ってやって来た。
「いえ、お構いなく」
アンがお茶出しを手伝う。
「ありがとう」
(何か雰囲気が違うような……?)
ウィルは違和感を覚えた。
「おい、お前……」
(そういえば名前を聞いてなかったな)
「名前は?」
「俺の? フィリップスだよ」
「フィリップス、お前、大丈夫か?」
「大丈夫って?」
「あ~、ウィルさんも言葉足らずやなぁ。この前、ラヴさんにぶたれてたやろ。あれからDVはされとらんかってことや」
「DV? 兄さんは普通に優しいけど」
「え?」
武器人間達は、お互いに不思議そうに顔を見合わせた。
「皆さん、お揃いで。どうかされましたか?」
研究所の奥の方からラヴクラフトが出てきた。
「ああ、ラヴさん、ついに改心して弟君に優しくなったんか」
「改心とは? 私は元々、弟には優しく接していますよ」
「でも、この前は……」
「ああ、あの出来損ないのことですか。あいつはもういませんよ」
「え、でも、ここに」
「中身が違うのです。驚くなかれ、私の弟は死者の国から蘇ったのです!」
「は? 何言うとるんや、ラヴさん。死んだ人間が生き返る訳ないやろ」
「それが有り得るのですよ、そんな奇跡みたいな魔法が」
「魔法いうたかて、そんな万能やあらへんで」
「並みの魔法使いでは死者蘇生なんて出来ないでしょう。しかし、最強の魔法使いである忍さんなら出来るのです!」
「忍さん? 誰やそれ」
「忍さん、お呼びですよ~」
ラヴクラフトがニコニコ笑顔で研究所の奥の方へ呼びかける。
「は~い」と声がして、漆黒のドレスを纏った女性が武器人間達の前へ現れる。
「こちら最強の魔法使いの忍さんです」
「死者蘇生をしたというのは本当か?」
ガルーダが忍に詰め寄る。
「ええ、本当です。死者の国から魂を呼び戻して来ました」
「確かに、その方法なら出来ないこともないんやけど」
光明は最先端の魔法の研究をしているエキスパートだ。魔法でスマートフォンのような端末を作ることは出来ても、死者蘇生が出来るなんて考えもしなかった。
「どうやって死者の国へ行ったんや?」
「この扉から行けます」
忍が何処からともなくピンクの扉を取り出した。
「どこでも「その先は危険な予感がするから止めとき」
「この扉を通って、何処でも行けますよ」
「何処でも?」
潤子が不思議そうに扉を見詰める。
「ええ、文字通り何処でも」
「テレポート魔法やね」
「錬金術では出来ないことですね。やはり忍さんは素晴らしい! 私も魔法が使えたらと思いますよ」
「ラヴさん、あんた前、魔法なんて邪道とか言ってなかったっけ」
「考えを改めました! これも忍さんのお陰です!」
「もう狂信者やん。ディアナ様に対するガルさんと一緒や」
「おい、俺はこんな奴とは違うぞ」
「忍さんの素晴らしさを世間に知ってもらうには、どうしたらいいでしょう」
「話を聞け」
「ああ忍さん、忍さん、貴方はなんて素晴らしいのでしょう!」
「何かアイドルにハマってしまった人みたいですね」
アンが呆れたように言った。
「アイドル! その手がありましたか!」
「え……?」
そうと決まったらラヴクラフトの行動は早かった。
錬金術師のトップという立場を利用して、衣装班、歌班、宣伝班などを組織し、大々的に忍をプロデュースすることになった。
衣装は最高級の素材を使い、プロに服を作らせた。
歌も文化の最先端を行くヤマトの国で成功を収めた作詞家と作曲家を呼び寄せてアイドルらしい曲を作らせた。
チラシを作ったりテレビ番組出演などプロモーションも大々的に行った。
「ラヴPや、ラヴPの誕生や」
忍も、まんざらでもない様子でラヴクラフトにプロデュースされていく。
フィリップスも忍のバンドメンバーとしてギターを弾いている。
「お前、音楽も出来るのか」
ウィルは音楽というものには、てんで縁のない生活を送っていたので、何か楽器が出来る人を無条件に尊敬してしまう。
「まあ、趣味程度には出来るかな」
「ふん。俺にだって出来る」
「ガルさん、音痴やん」
光明は昨年のパーティで、ガルーダが披露した自作のディアナを崇める歌を思い出した。
「ファーストライブ会場が決まりましたよ!」
ラヴクラフトが企画書片手に研究所に戻って来た。
ライブはナポリの国で行われるとのことだった。
「何と歌姫のルナ様とのデュエットもあるんですよ!」
「よくルナ様との共演を持ってこれたな!」
「これも私の手腕ですよ」
ラヴクラフトは既に敏腕プロデューサー気取りである。
「さあ、ライブまで時間がありませんよ!」
急ピッチで進められた計画をウィル達は、ただ見守ることしか出来なかった。
「わ、私のせいでしょうか……?」
「アイドル」という単語を出してしまったアンは責任を感じてしまっている。
「アンさんのせいやあらへん。ラヴさんが勝手に暴走してるだけやで」
「でも忍さん、とても楽しそうに歌ってますよ!」
潤子が歌のレッスンを受けている忍を見て言った。
「確かに、何かから解放されたような感じはするなぁ」
ライブ当日。
歌姫のルナが来るということでライブのチケットはソールドアウト。
最初はルナ目当てで来ていた観客も、忍のパフォーマンスに魅了されていく。
ウィル達は関係者席に座り、ペンライトを振ったりしていた。
「やはり素晴らしい!」
ラヴクラフトは涙を流しながら忍の歌を聴いている。
隣に座る光明は少し引いた。
「結婚しましょう」
「は?」
ライブが終わり、観客が全て帰った後、ラヴクラフトは忍に駆け寄って言った。
忍は驚いて固まってしまっている。
「プロデューサーがアイドルに手を出す図や。あかんで」
光明が間に入って止めようとすると、忍が意外な答えを返した。
「か、考えておきます」
心なしか頬を染めているようにも見える。
「ラヴさん、ついに結婚するんか……?」
ライブ会場を出ると、出待ちがいた。
「おや、あなたも忍さんを見に来たのですか?」
ヤマトの国の忍・J・キサラギだった。
「ライブお疲れ様」
「ありがとうございます」
「忍ちゃん、僕の所へ戻ってくる気は?」
「ありませんね。私は月国での暮らしを好いていますから」
「ど、どういう関係なのでしょう?」
潤子が心配そうに二人を見る。
「君が月国に付くなら、僕は太陽国に付く」
「ええ、お好きにどうぞ」
キサラギは、そう言うと去って行った。
「さて、ライブも終わりましたし、打ち上げに行きましょうか」
「ラヴさん、切り替え早いなぁ。さっきのめっちゃ気になるやろ」
「忍さんが話したくないなら無理に聞きませんよ」
「いえ、話しますよ。その前に打ち上げをやりましょう」
「お前もお疲れ様、フィリップス」
「はい、ありがとうございます」
「?」
小さな違和感がウィルに走った。
上書きしたはずの人格とホムンクルスの人格が混じり合っていたのだ。
ウィルにだけ分かるようにホムンクルスは微笑んだ。
ラヴクラフトが、ついにギャグキャラになってしまいました。
キャラ変、面白いと思っていただけると幸いです。




