第三十八話
「どうやら馬車から投げ出されたようで……今も意識不明の重体です」
「あ……アンナ……!」
今すぐアンナのところに行きたくて身体を起こそうとした。
しかし、身体を動かした瞬間、全身に痛みが走る。
私はあまりの激痛に顔を歪め、寝具に背を戻した。
「…………ッ!!」
どうにかして、無理やり動かそうとしても、上手く起き上がることすらできない。
「いけません、セラフィーナお嬢様。今は安静になさってください」
「でも……! アンナが……」
あの瞬間、私たちに何が起こったのか。
その後、どうやって助けられたのか。
(ダニエル様が助けてくれたらしいけど……でも、どうしてダニエル様は、あの場所にいたの?)
事故があった後、あまり時間をおかず助けられたのが幸いだったと医師は言っていた。
そうだとすると、ダニエルは私がタウンハウスを出て、すぐに追いかけてきたことになる。
(いったい、何のために? それに、どうやって私が領地へ向かったことを知ったの?)
軽症で済んだ護衛騎士と御者はグランディ公爵家へ向かったのだし、私がここを通ることを事前に知っていた可能性は低い。
(ということは――最初からレイナイト侯爵領にいたってこと?)
ルディと私の婚約が白紙に戻されたこともあるし、その件でレイナイト侯爵に呼び出されていた可能性は高い。
(そっか……そもそも、領地内にいたんだ……)
だから、私を助けることができた。
そして、それが意味するのは――
私の婚約者がルディになる可能性は、ほぼなくなった、ということだ。
◇
「クッ……! あんのクソジジイ……!」
ルドルフはレイナイト侯爵家の自室で悪態をついていた。
何とかあの場にいた全員を助け出すことができた。
もちろん、そのことは後悔していない。
しかし、ルドルフにとって誤算だったのは、祖父である先代レイナイト侯爵が所有する屋敷に運んでしまったことだった。
ただ、あの状況で一番近い屋敷に助けを求めることができたのも、それが身内だったということも、幸運といえばそうなのかもしれない。
ルドルフは意識のないセラフィーナを抱え、祖父母の住む屋敷に運び、一刻も早く手当することだけしか考えていなかった。
普段の冷静なルドルフであれば、その後に起こるであろうことまである程度予測しているはずが、セラフィーナの状態にひどく動揺してしまい、すっかり失念していた。
祖父がレイナイト侯爵家嫡男であるダニエルを殊の外、可愛がっていた、ということを。
セラフィーナを何とか背負い、屋敷まで運び、すぐに医師を手配した。
そして、ルドルフは人手と馬を借り、セラフィーナの侍女と、馬車の下敷きになっていた護衛騎士を救出しに戻った。
その間に祖父はすべての事情を把握し、同じ領地内の本邸からダニエルを呼び寄せていたのだ。
ルドルフが侍女たちを連れて戻ったときにはすでにダニエルがセラフィーナのそばに付き添っていた。
「セラフィーナ嬢を救ったのは、ダニエルだ。いいな、ルドルフ」
(……くそっ! やられた……)
意識のないセラフィーナを心配するどころか、祖父にとってこの状況は単に好機でしかなかった。
セラフィーナの婚約者をダニエルに戻すための。
それから、ルドルフはセラフィーナに会うことを許されず、こうしてレイナイト侯爵家本邸の自室に閉じ込められているのだ。
あの日からもう三日も経つが、セラフィーナが目を覚ましたという連絡はない。
何より、こんな時にセラフィーナのそばにいることができないのが悔しい。
いつだって隣にいて、少し手を伸ばせば届くところにいたというのに。
「フィー」
窓の外に手を伸ばす。
同じ領地内とはいえ、ここからではかなりの距離がある。
手を伸ばしたところで届くはずもないのに。
最後に見たセラフィーナを思い出す。
『カメリア様の仰る通りです。ルドルフ様、私はこちらの部屋で待っております』
セラフィーナはどこか不安げな顔をしていて、完璧に整えていたはずの笑顔が少し崩された。
そんなルドルフの変化にも気づかず、セラフィーナは背を向け、用意された部屋へと消えていった。
まるで、今の状態を予測していたかのように。
「……待ってるって、言っただろ?」
ルドルフはセラフィーナのいる屋敷の方向を睨みつけるように見つめた。
「なんで、待ってなかったんだよ」
両方の拳をグッと握り締め、唇を噛み締めた。
「いや……もう、そんなの、どうでもいい。約束なんて守らなくてもいいから。……だから、頼む。……頼むから――どうか、生きていてくれ」
最初から、実兄の婚約者だった。
二人をそばで支えると決めていた。
ただ、元に戻っただけだ。
セラフィーナが目を覚ましてさえくれれば。




