第三十話
屋敷の中に入ると、慌ただしく騒然としていた。
「セラフィーナお嬢様、ルドルフ様、お帰りなさいませ。お出迎えが出来ず、申し訳ございません」
私たちに気がついた侍女アンナに私は問いかけた。
「それはいいの、大丈夫よ。ところで――何かあったの?」
「はい。急なお客様がいらっしゃいまして」
「先触れがなかった、ってこと?」
「ええ、仰るとおりです」
タウンハウスに来たってことは――兄が対応している、ということか。
「どなたが?」
「パルヴィン侯爵様と――その御子息です」
「御子息って……お兄様と御学友の?」
「ええ、ノーマン様です」
ノーマン様が兄に会いに来た、ということなら理解できるが――どうしてパルヴィン侯爵まで来ているのだろうか。
「おや、君がセラフィーナ嬢かな?」
ちょうど応接室から玄関ホールに出てきたパルヴィン侯爵とノーマン様に出くわす。
その一歩後ろを歩いていた兄が私たちを見て一瞬、眉を顰めた。
そんな兄の顔を見たのはデビュタントで陛下に挨拶をした時以来だ。
「初めまして。グランディ公爵家の娘セラフィーナでございます」
制服の裾をつまみ、淑女の礼をとる。
「いやはや。噂とは当てになりませんな。見よ、ノーマン。この美しい所作を。やはり実際に自分の目で見たものこそ、真実だろう」
「仰るとおりでございます、父上」
満足そうに微笑んだパルヴィン侯爵は私の目を見つめると、徐に姿勢を低くした。
それに倣い、やや後ろにいたノーマン様も同じ体勢をとる。
「グランディ公爵令嬢。この度は私の娘、マルティナが多大なる無礼な行いをし、大変申し訳なかった」
「どうぞ、頭をお上げください……!」
侯爵家の当主が頭を下げるほどのことではない。
私は怪我の一つもしていないのだから。そこまで大げさにする必要など――
「いや、そうはいかない。淑女の身体に火傷を負わせてしまったのだ。パルヴィン侯爵家のすべてをかけて償わせていただきたい」
「え……? それはいったいどういう――」
兄もこの展開を予想していなかったようで、大きく目を見開いている。
「パルヴィン侯爵家を、あなたに捧げます。ここにいる息子ノーマンが婿となり、セラフィーナ嬢、あなたをパルヴィン侯爵家の次期当主に」
(いやいやいや……そんなバカな話が――)
急な展開に頭が追いつかない。
確かに女性でも爵位は貰えるものだけれど。
「責任を取っていただく必要はありません」
冷静に返したのはルディだった。
頭を上げたパルヴィン侯爵は、ルディに冷ややかな視線を向ける。
まるで部外者は黙っていろ、と言わんばかりに。
「御覧のとおり、セラフィーナには傷一つありませんし、そもそも婚約者は私ですから。たとえ怪我をしていたとしても、私たちが婚約を解消することはございません」
ルディの言葉にパルヴィン侯爵は視線を緩め、口角を上げた。
「やあ、ルドルフ。久しいな。いつぶりだろうか……随分、立派になったものだ」
話をすり替えるように喋り出す。
「しかしなぁ。中身はまだまだ子どもだな」
「……どういうことでしょうか?」
「きっと今頃、社交界では様々な噂が立っていることだろう」
彼らの後ろにいた兄がハッと息を呑む。
「まさか、パルヴィン侯爵……!」
兄の息遣いが聞こえたのか、眉を下げて申し訳なさそうな顔を作る。
まるで、あの時のマルティナとそっくりな表情を。
「責任を取らせてもらえないとなると……いろいろと問題が起こるでしょうなぁ」
わずかに後方の兄へ視線を送ったパルヴィン侯爵は弱々しい微笑みを浮かべた。
「今後は以前のように親子共々仲良くいたしましょう、セドリック殿。ここにいる私たちは皆、家族となるのですから」
ルディがパルヴィン侯爵の言葉に怪訝な顔をする。
「安心しなさい、ルドルフ。君の新しい婚約相手は決まっているから」
「何を、仰っているのですか……?」
私の頭の中にあの不吉な光景が蘇る。
『これからはまたあの頃のように頻繁に会うことになると思うわ。だから、よろしくね』
嬉しそうにはにかんだ彼女の顔が浮かぶ。
「ルドルフの婚約者は――我が娘、マルティナだ」




