大切な妹分(クリス視点)
「兄上、やはり納得いきません」
兄である王太子の執務室で声を、少々荒らげると書類に目を通していた兄と目が合う。
「入室を許可した覚えはないぞ。それに、何に納得していないのかわからない。主語をつけろ」
わかっているくせにと、舌打ちしたくなる気持ちを抑え「グレアム嬢のことです」と告げる。
「あの場でも、言ったがお前はいつからグレアム嬢の兄になったつもりでいる。彼女の兄はケイ・グレアム。お前の護衛の妹だ」
───護衛の妹
わかっている。兄に言われなくてもそのことはわかっているつもりだ。
だが、昔から出入りしていたグレアム家の宝は、俺にとっても可愛い妹みたい存在なのだ。
城にいる妹は皆が甘やかすため、我儘になっていた。そんな妹比べてしまえば、アンはとても純粋で可愛い子なのだ。
「行儀見習いなら、アンにはもっと安全な場所ですればいいではないですか」
「グラッチェよりも安全な場所とは何処だ?ミハルトン家か?彼処の未来の女主人にそのようなことさせるわけがないだろう」
「わかっています。だから、王城なら我々の目も届きます。何なら俺付の侍女にすればいいです」
「止めろ。お前は彼女の気持ちを考えていないのか。彼女が極力王妃主催の茶会に出席しないのは、シルビアに目をつけられているからだけではない。ハミルトンの婚約者だからでもない。お前が彼女を目にかけている。それを他の令嬢や、お前の婚約者が知ったらどうなる」
わかっている。俺がアンを贔屓することが、いけないということは。彼女はこの狭い世界のなかで、令嬢らしい仮面を張り付けようともすぐに崩れてしまう。
だからこそ、この汚れた世界から守りたいと思ってしまう。
それは従兄弟も同じだろう。だが、そんな可愛い彼女を彼奴は仕事だろうが、彼女との交流を疎かにしているのが許せなかった。
俺ならば、と…考えてしまうと苛立ちが収まらない。
「したくて、した婚約ではありません」
「それ以上は言うな。これは、王家から打診したものだ。お前の意思は関係ない」
「なら、兄上が彼女と婚姻を結べばいい」
「それは、駄目だ。私には王太子として、政治的にも有利になる者と縁を結ぶ。お前には、兄として叶えられる範囲で願いを叶えてやりたいと思うが、グレアム嬢だけは駄目だ。あの婚約はユーゴが望んだことなのだから」
兄は厳しいことを言いながらも瞳は優しい。あの場では、王族としての威信もあったため厳しくしたと言っていた。常に言葉は厳しくも優しく見守ってくれてくれる兄を俺は信頼している。困らせてはいけないと思っていても、アンが悲しむ姿は見たくないと思ってしまう。
それに、グラッチェではなく王城でもユーゴのことを知ることは出来る。むしろ、王城の方がユーゴの噂など行動がいろいろと耳に入って来ると思う。
しかし、アンはシルビアに会いたくないのだろう。それは、シルビアも同じだ。ユーゴの婚約者であるアンがなかなか社交場に出てこないのをいいことに、婚約者のように振舞っていることもある。そんな姿を見せるわけにはいかない。
冷静になり、考え付いた先に答えはあった。
兄はそのことも含めて反対していたのだと。感情的に動きすぎていることを反省しなくてはいけない。
「兄上、冷静さを欠いていたようです」
「わかればいい。ただ、ユーゴのことは信じてやってくれ。彼奴はグレアム嬢を裏切ることはない」
そう言い切った兄の顔は、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
それ以上、何かを告げることもせずに退出をする。
月明かりに照らされた廊下で、先程話に登場していたユーゴとすれ違えば、「彼女は僕だけ物ですよ。あなたではアンを幸せに出来ない」と、すれ違ってやっと聞こえる大きさで呟く。
その呟きに目を大きくしながら足を止め、呼び止めようとするがその場にもう彼奴はいなかった。




