了
日が暮れにはまだ早いが、貴族令嬢である妹が帰宅していないと家では騒ぎになるだろう。どうせ、妹のことだから誰にも言わずに家を抜け出してきた可能性もある。
よく業者とだけで出てきたと思う。きっと、屋敷の中では妹付きの侍女が慌てているはずだ。交流範囲は狭いくせに、やりたいと思ったことに対する勢いは凄まじいものだ。
限られたものとしか会うこともしない変わり者の令嬢と言われているらしいが、俺やユーゴの目の前でそのようなことを言うものはいないからか、級友や同僚から聞くくらいで、どうでもいいと思っている。
むしろ、変な虫がつくこともなく純粋に育ってくれた。
そう思いながら、固まって動かない妹を店から出し待機している我が家の馬車に押し込む。
俺を見た瞬間に「しまった」と顔をした若い業者については今回だけは見逃すことにした。ただ、安全に配慮して家まで戻ることを条件にだが。
妹の見送りが終わり、クリスが待つ店内に戻るとジェード殿下がまだいる。何故、まだここにいるのだろうと思えば、ニコライ・リブロンがひょっこりと現れ「兄弟水入らずの時間を過ごしたいみたいだよ」と言うが、和やかな雰囲気ではない。
「ケイ、戻って来たのか。はやく、城に戻るか」
「まだ、ここにいていいのだぞ。愚弟にはいろいろと言いたいことがあるからな」
助けを求めているクリスに対して、逃がすわけがないだろうと圧を掛けているジェード殿下。
そして、肩をニコライさんに掴まれている俺。ニコライさんのことなど、振り解こうとすれば出来るが、いまここですればあとで倍になって何かが返って来るだろう。
「ケイくんいい判断だね。やっぱり、君のこと殿下の護衛で欲しいな。近衛の方にも掛け合っているのだけど、どうしても君の意思確認が必要なのだよ」
「それは、この間も断ったはずです」
「考えてと入ったよね。それと、君の妹のアンジュちゃんの契約書は私が届けに行くからね」
この人が届けに来るとは。妹もニコライさんとは面識があるから緊張しなくて済むからいいか。
だが、その訪問は俺がいるときになされるとは思わない。
致し方ないと思い振りむこうとして、肩にある手を叩き落とす。あとで、何か言われるのは覚悟の上だ。
「頼みごとがあるのですが、アンの契約書に家族の送迎が必要と入れてください。可愛い妹に何かあったらと思うと」
女性ではないから泣き落としは無理だ。だから、こういう時は同じ妹を持つ兄という立場から訴える。
そうでもしないと、条件としてジェード殿下の近衛になれと言われそうだ。
ニコライさんの妹溺愛は有名だから大丈夫だろう。
「頼み事って言っているけど、まあいいかな。同じ妹を持つ兄として、妹に何かあったらって気持ちはわかるからね。あと、アンジュちゃん可愛いから変な虫とか付いたら困るよね。カロリーナには敵わないけれど」
最後の方は聞かなかったことにするが、「よくわかっているじゃないですか。だから、変装でもして働くならいいのですが」とあまり得意ではない表情変化を駆使しながら言う。
「うんうん、わかるよ。じゃあ、それも契約内容に入れておくね」
今度は、がっしりと肩を掴まれるので顔が引き攣りそうになる。妹溺愛者を甘く見すぎたようだ。
感謝を述べてからクリスを救い出そうと思ったが、ニコライさんの妹が如何に素晴らしく可愛いかという話をし始めるのでタイミングを見失ってしまう。
心の中で何度もクリスに謝りながら、妹のアルバイトを見守る決意をした。
この妹溺愛者を味方につけることで、妹に何かあれば助言をもらえるだろうから。




