第18話 ひとり
オレは春の風を受けながら、自室の心もとない木枠の扉を開けた。
ガランとした部屋には小さな机がひとつきり。
いまは布団も、服も、押し入れのなかだ。
殺風景な部屋はスッキリとしていすぎて、古いのに生活感がない。
収納力抜群の押し入れは便利だけれど、自宅に戻れば現代風の、物があふれた自分の部屋がある。
だがあの家に戻っても、オレはひとりだ。
ゴトンと音を立てて段ボール箱を畳の上に下ろす。
右脇からたぬたぬがスルリと抜けて畳の上をタタタッと走っていく。
「母さんの……」
揺れる黄色の端っこを見つめながらオレはなんとなくつぶやいて、畳の上にドカリと体を投げ出すようにして座った。
体が物凄く怠い。
心の底のほうから怠い。
自宅に帰れば母の物など、山ほど残っている。
使っていた物に着ていた物、映っている写真に動画。
なのになぜ黄色のバンダナ一枚に、こんなにも胸が締め付けられるのだろうか?
使っているところすら見たことのない、黄色のバンダナ。
派手な色合いと実家に残していったことを考えれば、独身の頃に購入したものだろう。
イマドキあんなの買うか?
いや買うか。
実際、たぬたぬ用の首輪で買ってきたし。
一周回ってリバイバル?
ファッションはよくわからない。
母さんのことも、よくわからない。
父さんのことも、よくわからない。
生まれた時から側にいた、一番身近な人たちだけど。
冷静に考えたら全然知らない。なにも知らない。
まだオレは18歳だった。
18歳のガキに話せる内容なんて限られている。
深いところは何も知らない。
そしてオレはこの先、知ることはない。
知ることはできない。
母さんの深いところも。
父さんの深いところも。
ああ考えてみれば、父さんが母さんの姓を名乗ることになった事情すら知らないや。
オレは何も知らない。
自分の両親のことなのに。
すぐ近くにいたのに。
18歳まで一緒に生きてきたのに。
オレは何も知らない。なにも知らないんだ。
今となっては、生きてるハリウッド俳優のほうが会える確率も、話せる確率も高い。
なぜだ?
なぜこんなことに?
腹の底がカッと熱くなる。
納得いかない感情がパンとオレの中で広がって。
胸が苦しくて。
目が痛い。
涙がポロリと頬を伝って落ちていく。
喉が痛い。
なぜだ?
「ぽきょー」
いつの間にか側にいたたぬきが、マヌケな鳴き声を上げた。
オレはハッとして、たぬたぬを見た。
涙がポロリと零れ落ちて手の甲を叩く。
『修司、泣いてるの?』
たぬたぬは不思議そうにオレを見上げている。
『泣きたいなら泣けばいいけど、泣きたくないなら泣かなくていいですよ。たぬきがココにいますからね』
たぬたぬはそう言うと、温かい舌でオレの右手の甲をペロリと舐めた。




