第1話 祠を壊しちまったぜ
外出なんてするもんじゃない。
ばーちゃん家に、大人しく引きこもっていたらよかったんだ。
オレ、芋山修司19歳は、午後の日差しを浴びている壊れた祠を眺めながら思った。
オレは両親を事故でいっぺんに亡くした。
高校卒業間近のことだ。
死亡保険金で多額の金を手にしたオレだったが、受験には見事に失敗した。
惨敗だ。
学費に困らなくても入学する先がなければ学生を続けることはできないし、優しく受け止めてくれる家族もいない。
何もできなくなって呆けていたオレを、母方の祖父母が引き取ったのは去年のことだ。
ばーちゃん家に引き取られたオレは、ずっと引きこもっていた。
そこから一年経った。
今年は受験もしなかったけれど、祖父も、祖母も、何も言わず同じ家にいてくれた。
両親はいないが、オレはひとりじゃない。
今日は天気もいいし、暖かいしと、春の陽気に誘われて散歩に出たのが悪かった。
一年ぶりのお出かけだというのに、オレは運悪く田舎の細い道を踏み外して草がボーボーに生えた坂を滑り落ちてしまったのだ。
草って結構滑るのな。
ブルーのジーパンに淡いグレーのフーディーをまとったオレは、軽やかでスポーティな服装にも関わらず、いとも簡単にコケた。
フード付きのスウェットって、パーカーじゃなくてフーディーって呼ぶらしいぞ。
まぁどっちでもいいんだが。
バランスを崩してコケて転がり落ちたオレは、なす術もなくただただ滑り落ちていった。
フーディーが白でなくてよかったよ。
草を引き潰しながら滑り落ちているから汁も付いただろうし、土汚れだってついただろうし。
あ、やべ。
靴下が白だわ。
小学生じゃあるまいし、ばーちゃんに土汚れのついた靴下洗わせるわけにはいかないな。
帰ったら洗濯しなきゃ。
などと考えながら、ズルズルと滑っていく。
暗く引きこもっていたオレには、体力もなければ、筋肉もない。
もともと運動神経が優れているタイプでもないし。
オレは止めようもなく、ただ落ちるしかなかった。
それにこの辺は田舎だけど、休耕地が多い。
中途半端に手が入っていた過去があるから、とってもよく滑る土手が出来上がっていた。
そして人の手が入っている場所には、人の手で作られたものもありがちだ。
転がり落ちた先にあったのが、この古い祠だった。
祠といっても、古くて、ちっこくて、手入れがされている様子もない。
草むらのなかにポツンとある苔むした祠だ。
というか、祠だった残骸だな。
古ぼけた祠は、オレの体当たりを見事に受けて砕け散り、祠だったモノに変わっていた。
オレは草むらに尻もちをついたまま、その光景を眺める。
祠に体当たりをかました体はあちこち痛んだ。
だがいまは、それよりも気になることがある。
(なんかメンドクサイことになってるなー)
祠の前では、なんだかもっふもふした存在がプルプルと震えていた。
『たぬたぬのお家がぁ~』
もっふもふのたぬきが震える右の前足を祠のあった場所に伸ばしながら、朽ちた木材の破片が散らばる草むらに身をうずめて嘆いている。
「あー……その、ごめん」
オレはとりあえず、もっふもっふのたぬきに謝った。
そして思う。
どうしてたぬきの言葉が理解できるの? と。
『ほっほっほっ。やっちまいやがりましたな』
たぬきとは別の声が響いた。
オレがそちらへと視線を向けると、切り株の上に立ったちっこいじぃさんがこちらを見上げていた。
『わしは神じゃ。で、そこに転がっているのは、たぬきのあやかしじゃ』
「は?」
神?
あやかし?
ちっこいじぃさんは、白髪に白いひげ、白いズルズルした仙人のような衣装を着て、いい感じの木の杖を持っている。
サイズが人間にあるまじきちっこさなので、神さまだと自称されても不自然さは不思議とない。
オレは草むらの上に転がっている毛皮に視線を向けた。
茶色とも灰色ともつかないふっかふかもっふもふの毛皮だ。
しっぽは太くてふさふさで、体の色と同じだが先端だけは黒い。
モフモフではあるが、長さは体長の三分の一くらいだ。
そして顔には白い線もなく、目の周りの毛は黒かった。
これはたぬきだ。
アライグマでも、アナグマでもない。
こいつはたぬきだ。
オレの前には、田舎ではお馴染みのたぬきがいる。
『たぬきは……もう……おしまいですぅ……』
たぬきのあやかしは、もふもふとした全身を草むらにペチョリと投げ出して、力なくつぶやいた。
切なげな溜息を吐くたぬきの鼻先で、か細い茎の先で咲く黄色い花が揺れる。
オレも祠壊れる勢いで突っ込んだんで、全身痛いっちゃー痛いんですけどぉ?
なんか罪悪感がバンバン来るのはどうしてだ?
切り株の上に立ったちっこいじぃさんが、杖を持っていないほうの手である右腕をオレの方に向けた。
そして人差し指をピッとオレに突き付けて、厳かに言う。
『おぬし。たぬきのあやかし、たぬたぬの家を壊してしまったな。仕方ない。おぬし、たぬたぬを引き取れ』
「は?」
なんだこの変なじぃさん。
変なことを言いだしたぞ。
オレが尻もちをついたまま冷や汗をダラダラと流していると、じぃさんは陽気な笑い声をたてた。
『ほっほっほっ。なぁに、たぬたぬは見た目、犬と変わらん。犬だといって飼ってあげなさい』
「おい、ちょっと待てじじぃ。勝手に決めるなっ」
いや、マジでまずいって。
オレは、ばーちゃん家に居候している身だぞ?
ペットなんて勝手に連れ帰っていい立場じゃない。
『ほっほっほっ。わしは神じゃ。神とは理不尽なこともいうものじゃて。では、さらばだ』
「おいっ⁉ ちょっと待てっ。マジで」
『ふふふ。待たぬよ。わしは神じゃからの』
神を名乗るじぃさんは両手を天に向けてあげると、シュタと空へと飛んで行ってしまった。
「うわぁ……マジで神さまなの? つか、なに? この状況」
オレはキョロキョロと首を振りながら、薄く煙る春の青い空と、草むらにペチャンと寝そべっているたぬきを交互に見た。
『ポキョ~……たぬきは、もう……おしまい、です……ポキョ~……』
こうしてなぜかオレは、切なげな声を上げて鳴くたぬきのあやかし、たぬたぬを飼うことになってしまったのだった。




