第3章|2015〜2017年 ― 日常という名の深化
2015年に入ると、私たちはもう「会う理由」を探さなくなっていた。
理由はいつも後づけで、先に日付だけが決まる。
新春の新宿で餃子をはしごした日、湯気の向こうでユキが笑っていた。
あれが特別だったのかと問われれば、たぶん違う。
特別でなくなること自体が、私たちの関係を強くしていた。
ユキはこの頃も、
別れを考えたことなど一度もなかった。
家庭を捨てるつもりもない。
ただ、あきらと過ごす時間が、静かに自分を支えていることに気づき始めていた。
武蔵小杉は、待ち合わせの地名というより、合言葉のようになった。
てつのつけ麺、コートダジュール、ホテルでの短い休憩。
食べて、歌って、触れて、また日常に戻る。
その往復運動が、呼吸のように続いた。
はるひ野では、ユキが手料理を振る舞ってくれた。
包丁の音は一定で、味付けは控えめ。
台所の窓から入る夕方の光がやさしく、ユキの静けさと重なった。
彼女は多くを語らない。
代わりに、皿の向きを直し、湯を足し、私の上着を椅子に掛ける。
その細やかな所作に、彼女の内面が滲んでいた。
誕生日を祝った夜、ケーキの甘さが残る口で、私は何かを言いかけてやめた。
未来の話は、ここでは重すぎた。
ユキはそれを察したのか、話題を変え、カラオケの選曲に集中する。
ONE OK ROCKを入れると、彼女は目を伏せ、一拍遅れて歌い出す。
遅れはためらいで、ためらいは誠実さだった。
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2016年、日常の濃度が増す
2016年、会う頻度はさらに増えた。
神泉のホテル、フェアリー。
映画を流し、途中で止め、続きを次に回す。
続きを先送りにすることが、続いていく証のように思えた。
高尾山に登った日、息を切らしながら見た景色は、ただの景色だった。
非日常に見える場所ほど、私たちは日常を繰り返していた。
はるひ野での泊まりは、境界を溶かした。
猫の気配、洗濯物の匂い、朝のコーヒー。
ユキは朝になると少しだけ静かになる。
責任を着込む音がする。
私はその音を聞きながら、触れない選択を覚えた。
触れないことが、長く続くための技術だと、いつからか分かっていた。
ユキはこの頃も、別れを考えていなかった。
むしろ、あきらと過ごす時間が“自分の居場所”になりつつあることに気づき、
その事実に怯えていた。
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2017年、沈黙の質が変わる
2017年、私たちは記念日を増やさなかった。
一周年は過ぎ、二年目も三年目も、同じテンポで進む。
映画を観て、ラーメンを食べ、ホテルに寄り、車で送る。
車内で流れる音楽が切れると、沈黙が入る。
沈黙は不安ではなく、確認だった。
まだ、ここにいる。
けれど、その沈黙の質が少し変わった。
ユキは時折、視線を外し、言葉を選ぶ前に飲み込む。
家庭の話はしない。
しないことが、二人の間の約束になっていた。
私はその約束を守る代わりに、期待を育ててしまった。
ある日の帰り道、車を停めた瞬間、ユキがふと口を開いた。
「……あきらくんって、優しいよね」
その言葉は褒め言葉ではなかった。
どこか遠くを見るような声だった。
「ユキがそう思ってくれるなら、それでいいよ」
私がそう返すと、ユキは小さく首を振った。
「そうじゃなくて……優しすぎるの。私には、もったいないくらい」
その言葉の意味を、私は深く考えなかった。
優しいと言われることは、悪い気がしない。
だが今思えば、あれは“警告”だった。
——私は、あなたの期待に応えられない。
ユキはそう言いたかったのだ。
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2017年の冬、静かな変化
2017年の終わり頃、ユキは少し痩せた。
頬がこけたわけではない。
ただ、輪郭が鋭くなった。
私が「忙しいの?」と聞くと、ユキは笑って「ううん、大丈夫」と答えた。
その“大丈夫”が、いちばん大丈夫ではないことを、私は知らなかった。
ユキはこの頃も、別れを考えていなかった。
むしろ、あきらを失うことのほうが怖かった。
だからこそ、沈黙が増えた。
言葉にすれば、何かが壊れる気がした。
私たちは、日常を積み重ねることで関係を強くしたつもりでいた。
だが実際には、日常の重さはユキの肩にだけ積もっていた。
私はユキの沈黙を“安心”だと誤読し、
ユキは私の優しさを“重荷”だと理解していた。
同じ時間を過ごしながら、私たちは少しずつ違う方向へ歩いていた。
そのズレはまだ小さかった。
けれど放っておけば、いずれ取り返しのつかない距離になる。
2017年の冬、帰り際にユキが言った。
「……あきらくんといると、時間が早いね」
私は嬉しくなって、「そうだね」と返した。
だがユキは続けた。
「早すぎて、怖くなるときがある」
その言葉の意味を、私は理解できなかった。
理解しようともしていなかった。
私にとって、時間が早いのは幸福の証だった。
ユキにとっては、現実から遠ざかる危険信号だった。
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深まりと歪みの始まり
2015年から2017年にかけて、私たちは確かに愛を重ねていた。
回数でも、強度でもなく、濃度として。
だが同時に、その濃度は歪みを生み始めていた。
日常に近づきすぎた関係は、もはや逃げ場を失っていた。
まだ破綻はしていない。
だが歯車は確実にズレ始めていた。
私はそれを、見ないふりをしていた。
見なければ、続くと信じていたからだ。
そしてユキは、
別れを考えないまま、深みに落ちていった。




