幼女魔法講師は考える
「ヴォルー、ちょっと考えたんだけどさぁ」
「どうした」
「ボクは別にこのままクビになっても構わないんだけどね、それって子どもたちから魔法という成長を取り上げるということにならないか、と思って」
「何故そんな考えに至った?」
「ほら、理事長が『魔術と魔法の違いを教えるのもボクの仕事』って言ってたじゃん? よくよく考えなくてもそんな基本中の基本教えるのはボクの仕事じゃないと思うわけ。もうとっくに他の講師が教えてて当然のことなんだけど。『聖杯』や『天秤』を見せた様子から言ってまず無理じゃん。だったら、雛から育てるんじゃなくて卵から孵したほうが、余計な刷り込みもない分いいかなって」
まさか魔術の専門学校を名乗るイヴロッサ・アウル・カレッジがここまで魔法に無知で魔術に明るくないとは思ってなかったけどさ。
厭味ともとれる事実を呟きながら、雅琵は分厚い今度書く論文のための参考資料である「魔術陣解析学と屈折における魔法行使の矛盾について」を閉じて、背後でソファーになってくれているヴォルをちらりと見る。
交差した両前脚の上に頭をおいて寝そべっていたヴォルは、器用に赤い左目だけを開けると、鼻を鳴らした。
「いいんじゃないか? 余計な手垢がついてないほうがお前もやりやすいだろう」
「だよねー! まずは講師に教えて、その講師から生徒に……ってなると必ずどこかで捻じ曲げられるし、だったら理事長サマの言う通りに生徒たちにボクが直接指導したほうが早いかなって」
「まずは『魔法とは』というところから入らなければならんがな」
「だよね、あー!! 面倒くせぇ!」
「口が悪い」
シンプルな罵倒! と雅琵は笑う。ふぁさりとヴォルの大きな尻尾が一度揺れ、また目を閉ざした。
「あ、資料とか用意したほうがいいかな? でも基本的に魔術が理解出来てればいらないからいっか」
「相手がどこまで無知かわからん以上用意はしておくべきだと思うが?」
「いや、さすがに魔術の最高学府名乗ってるんならこれくらいは」
「その最高学府で魔術と魔法の違いも答えられなかったのだろう」
「あー……あー、ね。うーん……。でももう資料作るの面倒くさくなったから良いや、もし必要そうなら授業のあとに作って今度配ろ」
「そうか」
絶対に必要になるだろうな。
そんなことを思ったヴォルだったが、雅琵がいらないと判断したならそれでやってみればいい、後悔することは確定だが。
鋭い牙を見せながら大きくあくびをしたヴォルにつられてあくびをした雅琵が寒くないよう、大きな尻尾を布団代わりに乗せて一人と一匹は暫しの昼寝に入ったのだった。