幼女魔法講師は呆れる
教壇に再び立った雅琵に向けられたのは、敵意に満ちた視線が一つ、他は好奇心や訝しげ、興味なさげな瞳たちだった。
(面倒くせぇ)
教壇にいながらも、つまらなそうに大きくあくびをすると。
敵意に満ちた視線を向けていた、胸元までの黒髪をお下げに巻いた金目の制服を着た生徒が肩を怒らせ立ち上がった。三つのうちのどこかの寮の寮長なのだろう。
「あなたは教育者として良識に欠けている!」
「へー」
「それどころか協調性のかけらもなく、授業も行わない!!」
「ほー」
「故にあなたを教師として認められない!」
「大変だー」
「……こっ! ……のっ!!」
左右非対称のツインテールの毛先をつまらなそうにいじり、まるで意に介さない雅琵の態度。
猛然といかに雅琵が教師に相応しくないかを叫んでいた生徒は悔し気に歯軋りをした。
「ソラユキ先生、なんで授業しねぇんだ?」
「んー?」
講堂に、一つの疑問が落ちた。
こちらは不思議そうに首を傾げている、赤い髪に褐色の肌、黄色の目元に戦化粧のように赤いラインを入れている生徒だ。ただ、私服だから多分とつくが、若いからきっとそう。
「あー、そうだね。君たちがくだらないからだよ」
「「「なっ」」」
その言葉には生徒を含めた、他教科の教師たちも言葉を失った。
イヴロッサ・アウル・カレッジは、歴史は古く名声は高く影響力は大きく広い。
この学校に入れるのを誇りとする者は多いし、ここで働いているとなれば世間体も良い。
それを「くだらない」の一言で纏めた幼女に向けられる視線は、けして優しいものではなかった。
「魔術と魔法の違いもろくにわかっちゃいないくせに知ったような口で語る。バカでもわかる? だったらお前たちはバカ以下だっつの。叡智? 真理? そんな曖昧で蒙昧で容易い言葉で魔法は語れないんだよ!!」
吠えた口調のまま、雅琵は言葉を続ける。
「言い方を間違えた、謝罪しよう。君たちはくだらないんじゃない、無知なだけだ。何故授業をしないか? 授業できるレベルまで君たちが達していないからだよ」
教育のない幼児に魔法の何たるかを説いたところで無駄骨じゃないか。
皮肉気に、暗に教員の責任だと告げれば、数名の教員が目をそらす。かと思えば先程の生徒よりもアイメイクをした目力の強い教員が、すっと黒い手袋のはまった左手をあげる。
「発言をしても?」
「構わないよ」
「私たちの教育がなっていないというのなら、あなたは教育者としてどれほどのものなのか、実績を聞かせて頂きたい」
「ないね、教員なんてこれが初めてだから」
周りから白けた視線と、密やかな嘲笑が巻き起こる。
やったこともないものを批判するとはどれだけ厚顔なのか。
さらに追撃しようとしたアイメイクの教員が言葉を重ねる前に、雅琵は言い放った。
「ただ一つ、わかることは。いまのままじゃイヴロッサ・アウル・カレッジでは魔法使いなんて絶対に生まれないってことかな」
もし、この学校が最高学府なら魔法使いの弟子のほうがまだ希望が持てるかもしれないね。
にっこり、貼り付けた笑顔で雅琵は返したのだった。