第59話「意志を貫いた者たち」
いつかはきちんと謝りたかった。彼女の助けになろうとして言葉を掛けておきながら、いざというときには動けなくなってしまった情けない自分をずっと悔いていた。だから、面と向かって謝罪の機会が訪れた事にホッとした。
もし会いたくないとでも言われていたら。そう考えてしまうほど、いつも胸が締め付けられる思いだった。あのときどうして出て行かなかったんだ、この意気地なしめ。そうやって何度も自分を責めてきた。
「あれだけ偉そうな事言って、俺は結局、自分が傷つくのが怖かった。どうなるかなんて目に見えてたし、俺の孤児院での立場もなくなっちまうって……。本当に呆れちまうよな。正直言って、お前に会わす顔もないと思った」
申し訳ない顔をするパイカに、カラスはくすっと笑う。
「仕方ねえじゃん。オレたちはみんな子供だったんだから」
大人に逆らうほどの力を持たない子供が、貧民街の醜さばかりを知っていて、誰もが自分を守りたい頃。逆の立場だったのなら自分でもそうしただろう、とカラスは気にも留めていない。
むしろ感謝さえした。彼のおかげで、全てが良い結果に繋がってくれた。多少の痛い思いも必要な対価だったと思えば悪くない。
もちろん、道半ばで失ったものもある。掛け替えのない存在であったアルメルの死にはかつてないほど心を抉られた。だが後悔はどこにもなかった。自分が魔導師となった事で得られた、たくさんの知恵や知識。それから経験。その全てに支えられて今のカラスは存在している。恨むのはありえなかった。
「ありがとな、パイカ。オレもずっと会いたかった。お前がいなきゃ、オレはとっくに死んでたと思う。……ここに帰って来たとき、ちょっと怖くてさ。でもお前に会えたら、なんかすごく安心した」
ずっと抱えていた不安。いくら体が強くなっても、一度壊れた心は簡単に戻らない。奥深くに根を張った不安定な気持ちを拭いさるには、パイカに会って自分はもう大丈夫だと思う事。それが必要だった。
魔導学院を卒業したら、すぐにでも会おうと思っていた。だからリゼットに連れて来られたとき、不安と同時に、まさかとは考えた。もしこの扉の先にパイカが立っていたら。そう期待せざるを得なかった。
現実は温かい。苦しい事も多かったが、やっとたどり着いた。自分のずっと目指してきた場所へ。憂いなき未来へ。
「こほん。では良いかな、二人共? 私も暇じゃないんだ。ただ会いに来るだけじゃなくて、他に色々とこちらからも用事があってね」
もじもじと初々しいカップルでも見ているかのような気分にうんざりしたリゼットが、ローブの懐から紐で縛ってある丸めた羊皮紙の書簡をふたつ出す。
「ひとつは契約書だ。パイカ・イヴン、お前を正式にホロウバルト公爵家の雇用としたいとしてアンゼルムから提案があった。お前が個人的に雇っていた貧民街の住人も同様にだ。今後、新たな活動についても話し合いたいと」
いつまでも支援という形ではなく、貧民街が少しずつ雰囲気を変え始めた事から、ホロウバルト公爵家が正式に間に入って改革に着手する。これまでとは違う切り口で貧困そのものを減らしていく新たな試み。その中心をパイカ・イヴンたちに任せたいというアンゼルムの作った契約書に、彼は今にも泣きそうだった。
「あの男は公爵という地位にあっても他者の努力を否定しないよく出来た男だ。騎士としての実力だけじゃない。だからこそ公爵として認められるに値している。……お前はよくやったよ、パイカ・イヴン。期日は明日の朝────」
「いえ、すぐにサインします。俺がずっと頑張ってきた事ですから」
カラスを見捨ててしまった日から、どうありたいかを胸の中に刻んで生きてきた。もう誰かが傷つかずに済むように、自分が変わらなければ周りも変わっていかない現実と向き合って戦って来た。
魔導師のように魔法は使えないし、騎士たちのように剣を振るう事もできない。どちらの才能も彼にはなかった。だが決して諦めなかった。自分の両手には、まだ他に使い道があるはずだ。出来の悪い頭でもやれる事はあるはずだ。両足はまだ歩けるはずだ。そう奮い立たせて。
「この機会に感謝します、リゼット・ヒルデブラントさん」
「私は頼まれた仕事を済ませに来ただけだ。……ああ、それともうひとつ」
残った書簡の紐を解き、カラスに向けて広げた。
「会うついでに済ませてやろうと思ってな。正式な場は改めて設ける事になるが、この方が友人に報いる証明にもなるだろう」
広げた羊皮紙には『魔塔階位認定──第四位』と書かれてある。
「リゼットさん……あの、これってもしかして?」
「学院には当然通ってもらうが、今回の功績は大きく無視はできない」
こほん、と咳払いをして彼女はにやりとする。
「ここに魔塔主リゼット・ヒルデブラントが証明しよう。カラス・ウォリック、お前を大魔導師に認定する。魔塔階位は我々が協議した結果、第四位となった。そしてお前に与えられる〝二つ名〟は────」




