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第5話「ヘルメストリス魔導学院」




 ヘルメストリス魔導学院は十六歳、あるいは十七歳から多くの魔導師を目指す者たちが通う、見習いたちの学び舎だ。広大な敷地はひとつの町を形成しており、ハウスタウンと呼ばれる三つある区画で、生徒たちは寮生活で社会性を学びながら魔導師としても才能を開花させていく。


 当然、入学には審査が必要だ。まず最も重要視されるのが魔力。誰でも生まれた時から持っているわけではなく遺伝的な要素とも言い難い。親が魔導師であれば可能性は高くなるが、まったく魔力を持った事のない家系でも、ある日突然に子供が魔力を有する事もある。


 代表的な例でいえば、カラスは後者。母親はそもそも貧しい娼婦であったし、父親はどこの誰とも分からない男であったが、普通の貴族だという事だけは母親からときどき聞かされていた。


「今日からここで暮らすんだ……」


 カラスが前にしたのは背の高い壁に囲まれたヘルメストリス魔導学院の敷地で、それほど大きくない二枚の格子門によって道を固く閉ざされている。通るには事前の申請で送られる『入学許可証』あるいは『通行証』が必要になる。そして前者の場合には身分証の提示も求められ、魔導に関する情報が外部に漏れないよう徹底された規則があった。


 もちろんカラスも用意はしてある。大きなトランクを開けて取り出すのにもたついたのもあって、初っ端から冷たい視線を浴びはしたものの、入学許可証に加えて身分証も一緒に渡すと、門番らしい騎士の男がこくんと頷く。


「公爵家の印がありますね、中へどうぞ」


 ホロウバルト公爵家の家紋であるユニコーンの印鑑は代々仕えているシモン家の人間によって魔力が込められているので偽造が出来ないため、カラスが公爵家からの支援を受けての入学である他にない証明となった。


 門を潜った先でアルメルが手を振って「こっちですよ」と声を掛けたので、不安いっぱいだったカラスもホッと胸をなでおろす。


「先に来てたんだ、アルメルさん」


「あなたのサポートを任されましたので当然です」


 じっとカラスを見て、ふうむ、と顎に手を添える。


「髪を切ったんですね。いつも長かったのにどうして短く?」


「邪魔になるかなと思ってさ。オレには似合うだろ」


 髪を手で梳いて、ほんの少し自慢げな顔をする。


「最近流行の……なんだっけ、うるふなんとか(・・・・・・・)っていう髪型だってさ」


「ウルフカットの事ですね。私は君の長い髪も好きでしたけど」


 髪型などの決まりは特にない。魔法薬学を専攻する場合は髪を短くする者も多いが、カラスの場合はまだ決めていなかったので、アルメルには少し勿体なく見えた。彼女が長い髪が好きで自身もそうであるからなのが最もな理由だが。


「まあ良いじゃん。そのうち伸ばすよ」


「ええ、今の髪型も似合ってますよ。では行きましょうか」


 二人で煉瓦と石畳の世界を歩く。見れば見るほど普通の町で、少し違うのは行き交う人々のほぼ全てが色彩の異なったローブを着ている事だ。


「アルメルさん、なんで皆ローブの色が違うんだ?」


「あれは学年を指してるんです。ローブは生徒の証なんですよ」


 一年は黒色。二年は青色。三年は緑色と定められている。当然、今日からヘルメストリスで生活するカラスもまた先に支給された黒いローブを着ていた。


「ふ~ん。生徒の数ってどれくらい?」


 気になって尋ねてみると、アルメルもう~んと考え込む。


「このヘルメストリス学院の敷地が小さい町程の規模ですから、二千人もいれば多いくらいではないでしょうか? 私も具体的な事は知らないんです」


 ヘルメストリスには象徴的ともいえる巨大な校舎が三つあり、通いやすいよう学年ごとに分けられたハウスタウン区画の傍に設置されている。過去にはアルメルもそうして通い、同学年だけでも数百人はいたのを思い出す。


「学年それぞれに学科で二百人くらいでしたかね。私は基礎学という魔法全般の知識における技術発展のための学問を専攻していたので……」


「基礎学……オレもその学科で授業を受ければいいってわけ?」


 アルメルは静かに首を横に振った。


「いいえ、選ぶ権利はありますよ。基礎学科は大魔導師を目指す方が多く、他にも騎士団を目指すなら騎士学科、もうひとつが武術学科ですね。こちらは今の時代だとは合いませんが昔の名残でして、意外と人気なんですよ」


「へえ。なんだか楽しそうだなあ」


 かつては今ほど結界技術が発展しておらず、魔物との戦いで身体能力が追い付かない、大怪我をしたときに助かる可能性をあげるために考案されたのが、武装に頼らない戦い方だ。極めれば肉体そのものが武装とも言えるほどの練度に至る事もある。


 ただ、現在ではそれほどに需要があるわけでもない。結界石の加工が可能になった事で各地に魔導師が滞在する必要がなくなり、武術を学ぶのも『ひとつの道』として捉えられるようになった。


「あまりオススメはしませんよ。体を鍛えるのが好きな方向けの学科ですし、大魔導師を目指す場合は基礎学科、騎士を目指すなら騎士学科。基本はこのふたつから選ぶ事になるでしょう。あえて止めたりはしませんけど」


 少し首を捻ったカラスは『何になりたいか』と問われたときに、やはり大魔導師だろうと思い、「オレはやっぱり基礎学科だな」と答えてアルメルを喜ばせた。


 シモン家に教えを受けながら大魔導師以外の選択肢があるのだろうか。アンゼルムに恩を返す意味でも騎士学科は十分にあり(・・)だったが、ずっと傍で魔法について教えてくれたアルメルの期待に応えたい気持ちが大きかった。


「それは素晴らしいですよ、カラス。私も嬉しいです。……さあ、本校舎に着きましたよ。今は講義では使われてはいませんが」


「本校舎なのに使ってないのか? 立派な建物なのに」


 敷地の中央にある最も立派な魔塔を模した建物は、かつてヘルメストリス魔導学院が建設された時から修繕を重ねて作られているので老朽化が目立ち始めている。ハウスタウン地区が出来た際に近くに新たに校舎をそれぞれ建てたのもあって、今は取り壊して広場に作り替える案も出ていた。


「講師の方々が寝泊まりしたり、各学科の実技試験などで使われたりはしてますけど、それも他の校舎を増築する話で纏まってきたんですよね。学院長も少し思い入れはあるみたいで、ちょっと嫌がってますけど」


 くすっと笑って塔を見上げるアルメルも、少し残念そうだった。


「とりあえず学院長に挨拶に伺いましょうか。本来ならもう皆さん入学式は終えたんですが、こちらでカラスの新しい身分を用意するのに手間取ってしまって……すみません。本当は入学式もあなたに見せてあげたかったのに」


 孤児であるカラスの身分を用意するのは難しい。公爵家ともなればおいそれと私生児を養子に迎える事も出来ず──古い習慣とはいえ公爵家が迎えたとなると周囲からの信頼を失いかねないので──、ラウムという姓もカラスの母親のものであり、娼婦である事実は邪魔になる。


 だから新しい身分を偽造した(・・・・)。アンゼルムほどの人物となれば、それくらいは簡単に用意できる。いくら騎士団長といえども、正義感だけで生きているわけではない。カラスという未来への投資に彼は賭けた。


「別にいいよ、入学式くらい。オレに賭けてくれただけでありがたいさ。この三年間、本当に、なんて言えばいいか分かんないくらい感謝してんだから」


 がしっとアルメルの背中から抱き着いてヘヘッと笑う。


「これからも頼むよ、お師匠さん」


「……ええ、こちらこそです」

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