コミカライズ記念後日談
リリアージュは怒っていた。
「絶対に私の方が正しいですのに、アルベルト様はわからずやですわ」
昼過ぎに婚家であるセスティン侯爵家から突然戻ってきたかと思えば、プリプリしながら母親と刺繍をする妹の姿に、兄のフェルナンは首を傾げる。
妹夫婦は少し前の王城の夜会までは、すったもんだがあったようだが、すれ違いと誤解が解けた今では、夫のアルベルトから溺愛されているという噂は、リリアージュの実家であるマーシャル伯爵家まで届いていた。
それなのにリリアージュはアルベルトと喧嘩をしたという。
悩みを溜め込みがちな妹は、アルベルトと両思いになってから、だいぶ気持ちを吐露するようになっていた。
それは良い変化だが、今回はだいぶお冠らしい。
だが昔からアルベルトがリリアージュを溺愛していることは家族からしてみれば分かりやす過ぎる位わかりやすかったので、また犬も食わない理由のような気がするのはフェルナンだけだろうか?
ふと視線を向ければ、母親は久しぶりに帰ってきた娘と刺繍が出来るのが嬉しいようで、ニコニコしながら針を刺しているし、侍女たちもお茶を淹れたり刺繍糸を差し出したりして楽しそうにしている。
理由を聞いたら脱力する予感しかしない中、フェルナンがどうしたものかと考えている間に、執事がにこやかな笑顔でやってきた。
「お嬢様、アルベルト様がお見えでございます」
「え? アルベルト様が?」
一瞬、嬉しそうに顔を上げたリリアージュ。
しかしすぐに拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
「……お兄様、申し訳ありませんが代わりに応対してくださいませ」
「え? 私が? 自分で行ったらいいじゃないか」
呆れたように正論を返すフェルナンに、母親が苦笑する。
「フェルナン、そう言わずに少し様子を見てきてあげなさいな」
母親にそう言われてしまえば断ることはできなくて、フェルナンが応接室へ向かうと室内をウロウロしているアルベルトの姿があった。
「アルベルト、お前仕事はどうした?」
フェルナンの問いかけにアルベルトは盛大に眉間に皺を寄せる。
「リジーが出て行ったと聞かされたんですよ? そんなもの放ってきたに決まっているじゃないですか!」
「王宮騎士の仕事をそんなものって、お前な……」
「私の働き方に不満があるなら、いつでもすぐに辞めると伝えてありますので問題ありません」
言い切ったアルベルトにフェルナンは唖然とするしかない。
実際の所アルベルトは伯爵家を継ぐので、騎士の仕事をする必要はないのだが、それでも騎士をしているのはリリアージュが幼い頃に騎士が格好いいと言ったかららしい。
だが、言った本人が覚えていない位昔のことなので真意のほどはわからない。
しかし騎士になった経緯はともかく、有能なアルベルトに辞められると騎士団は非常に困った事態になるらしく、前回の退職騒ぎでは王太子も王女も国王にこってりと絞られ、王太子は厳しい教育のやり直しを余儀なくされ、王女は大好きな婚約者である隣国の王子に結婚するまで会えないという罰を言い渡されていた。
たぶん、今も脅して無理やり帰ってきたんだろうなぁと、フェルナンは少しだけ王太子に同情する。
そんなフェルナンなどお構いなしに、アルベルトは鬼気迫る眼光で言い募った。
「そんなことより私のリジーはどこです?」
「あ~、今は会いたくないそうだ」
「! そんな!」
正直に答えただけで、そんなつもりはなかったが、結果的にばっさりと切り捨てたフェルナンに、この世の終わりとばかりにアルベルトは膝をつく。
しかし、彼を救う女神はすぐに現れた。
「あ、会いたくないとは言っていません!」
「リジー!」
慌てたように否定しながら登場したリリアージュに、アルベルトが復活を遂げる。
そんな彼を見てパッと表情を輝かせたリリアージュだったが、すぐさま顔を顰めて兄のフェルナンに詰め寄った。
「お兄様、私の旦那様に嘘は仰らないでくださいませ」
「いや、代わりに対応しろと言ったのはリリアじゃないか。アルベルトに会いたくなかったからだろう?」
「ですから、会いたくないとは言っていませんわ!」
「妹が理不尽!」
フェルナンが思わず零した本音に、アルベルトがすかさず反論する。
「リジーは理不尽ではありません。こんなに可愛い天使なのだから」
「アルベルト様」
義兄の前だと言うのに真顔で惚気るアルベルトにフェルナンが「お前、紅蓮の静謐って言われてなかったか?」と心の中でツッコみつつ胡乱な眼差しを向けるものの二人は気が付かない。
「リジー、君が実家に帰ったと聞いて生きた心地がしなかった」
「ごめんなさい。でも私、どうしても納得できなかったんです」
「リジーが怒っているのは、あのこと? だが本当のことなのだが……」
「違います! 絶対に違います! 私の方が……」
「いや、そればかりは断固私の方が正しいと言い切れる」
リリアージュの言うことならば全肯定するアルベルトにしては珍しく譲らない様子に、遅れてやってきていた母親が助け舟を出すべく割って入った。
「リリア、一体何が原因で大好きなアルベルト様と喧嘩をしたの?」
大好きなと言われて、リリアージュばかりかアルベルトまで赤面している。
「だから、紅蓮の静謐はどこいった?」というフェルナンの再びのツッコミは、これ以上話が広がっても面倒なので、またしても心の中だけでしている間に、リリアージュが拗ねたように呟いた。
「その……アルベルト様が私のことを世界一好きだと仰るので、私の方が好きだと申し上げたら、自分の好きの重さには叶わないって言い張るのですもの」
「本当のことだ。リジーは俺がどれだけ深く重く君を好きなのかわかっていない。俺の愛は誰にも負けない」
「私だってアルベルト様を愛していますわ! 絶対に好きの重さは負けていません!」
本人たちは至って真剣だが、痴話喧嘩にしか見えない言い合いを始めた娘夫婦を、母親も侍女たちも「あら、まぁ」と眉尻を下げながら見守っている。
みんなリリアージュが幸せそうなのが嬉しくて堪らないのだ。
そんなほっこりとした空気の中、ただ一人青筋を浮かべた人物がいた。
予想はしていたが、思ったよりも数倍くだらない理由に、フェルナンのこめかみがピキピキと引き攣る。
「お前ら本当に……いい加減にしろ! すぐに帰れ! さっさと帰れー!」
兄に怒鳴られた二人はキョトンとしていたが、早く二人になりたいアルベルトは、これ幸いとリリアージュを横抱きにすると、いい笑顔で伯爵邸を後にしていった。
数日後、結局二人の好きは同じ位重いと結論づけたらしいと、母親から聞かされたフェルナンは死んだ魚のような目をして「お兄ちゃんは疲れたよ……」と零したのだった。
アルベルトは興奮すると一人称が私ではなく俺になります。
この設定を本文に入れるの忘れてましたね。すみません。
ギャグよりな後日談でしたが、ご高覧くださりありがとうございました。
皆さまが読んでくださったおかげのコミカライズです。感謝です。




