俺のリジー
傍目には無表情のため気づかれていなかったが、苛立つアルベルトに気が付いた王太子は呆れたように微笑んだ。
「いい加減、機嫌を直してくれないかな?私とリズの可愛い嫌がらせをいつまで怒っているんだ?」
「世間ではそれをパワハラと呼びます」
「新婚のアルベルトをこき使ったのは悪かったと思ってるって」
王太子がヤレヤレと両手をあげると、隣の席にいたエリザベス王女がひょっこりと顔を出す。
「そういえばアルベルト、ネックレスはちゃんと奥様に渡したの?」
「渡しました」
アルベルトはなるべく平然と答えたが王太子と王女が顔を見合わせクスクスと笑う。
「その調子では渡せても愛の告白はできなかったみたいだね~」
「何年初恋を拗らせてるのよ? あら? もしかして結婚したのに、その……まだしてない……とか?」
王女の言葉に「えええ⁉︎」っと騒ぐ同僚たちをアルベルトが睨んで黙らせる。それを見ていた王太子が王女にメッと優しくデコピンをしながら、アルベルトに苦笑した。
「リズも言い過ぎだけど、アルベルト、顔に黙れクソ女って書いてあるよ」
王太子の言葉に王女がむくれる。
「本当に失礼な男よね、むっつりヘタレのくせに。こんな男と結婚するなんて、可愛らしい子だけど男を見る目はないのね」
「誰がむっつりヘタレですか!」
王女にアルベルトが抗議の声をあげる。先程からアルベルトの後方をチラチラと見ていた王女はリリアージュを見ていたのだろう。
不敬にさえならなければアルベルトだって王族席に尻を向けてリリアージュを見ていたかった。
挨拶に来て揶揄われ、初夜がまだだと暴露され、挙句に不名誉な呼び名を言われたアルベルトが本気で退職を考え遠い目になったとき王女が焦ったような声をあげる。
「ねえ、それよりもアルベルトの奥様、いなくなっちゃったけどいいの?」
普段と違い心配そうな王女の声にアルベルトが慌てて後ろを振り返り会場を見渡すがリリアージュの姿がない。
さーっと血の気が引くのがわかった。王宮主催の夜会とはいえ若い娘が1人で会場の外を歩いていたらよからぬことを考える輩がいてもおかしくない。
リリアージュが他の男に適当な部屋に引き摺りこまれたらと考えただけで気が触れそうだった。
アルベルトは王族席を駆け降りる。
普段無表情で『紅蓮の静謐』などと渾名されているアルベルトの鬼気迫った表情に周囲がざわついているが知ったことではなかった。
(リジー! 俺のリジーが‼︎)
雑踏を抜け会場中を目を皿のようにして捜したが見つからずバルコニーへ向かう。
アルベルトがバルコニーの扉へ手をかけると外からリリアージュの声が聞こえてきた。
「……私……、私、うちに帰りたい……」
「それはダメだ‼︎」
気が付けばアルベルトは咄嗟に叫んでいた。
バルコニーには男に抱かれたリリアージュがいてアルベルトの頭が沸騰する。我慢ができずに引き離そうと手を伸ばすと制止するようにアルベルトの手は払われた。
「アルベルト。これは一体どういうことだ? 妹は、リリアは何故泣いている?」
リリアージュを抱きしめていたのは彼女の兄のフェルナンだった。
そのことに気が付いてアルベルトが安堵したのも束の間、フェルナンの問いに思考が止まる。
どういうことかはアルベルトが聞きたかった。リリアージュはこんなところで泣いて訴えるほど自分と結婚するのが嫌だったのかと考え目の前が真っ暗になる。だがアルベルトはどうしてもリリアージュと別れたくなかった。
「リリアージュ、君が私との結婚を嫌がっていたことは知っている。それでも私は君を手放したくない」
「え?」
アルベルトの言葉にリリアージュは驚いているようだった。
「何故驚く⁉︎」とアルベルトは思ったがヘタレを返上して叫ぶ。
「好きなんだ。リリアージュ! 君を狂おしいほど愛している!」
「そんな……嘘……ですよね? だってそんなこと……」
どうしてリリアージュが自分の言葉を否定するのか解らなくてアルベルトはずっと秘めていた心の内を暴露する。
「嘘じゃない‼︎ 君が他の奴を好きだと言っても俺は君のことを諦めない! 絶対に逃がさないか「私も好きです!」」
「絶対に逃がさないからな」という他人が聞いたらドン引きする科白はリリアージュの告白によって遮られた。
アルベルトが間の抜けた声で聞き返すと、リリアージュは真っ赤な顔でもう一度答えた。
「ですから私もアルベルト様が好きです」
「だが君はあの日泣いていて……本当に、俺のことを?」
「はい、好きです。アルベルト様こそ本当に私を?」
「好きだ。大好きだ!」
「アルベルト様」
「リリアージュ」
漸く両思いだったことに気が付き抱き合う2人は呆れるフェルナンに促され夜会の会場を後にした。
帰路の馬車の中ですったもんだはあったが結果的にこれまでの誤解は解け、その夜アルベルトは待ち望んだ初夜を無事に終えた。
翌日、執事に「退職願」を騎士団へ届けさせたアルベルトの元へ王太子と王女が押しかけ平謝りで平伏してきた。
「アルベルト、すまん‼︎ お前を揶揄うと楽しくて、つい悪ノリし過ぎた。お前がいないと仕事が片付かない! お願いだから辞めるなんて言わないでくれ! 私もリズもこの通り深く猛省している!」
「ごめんなさい。私より先にむっつりヘタれアルベルトが初恋の彼女と結婚したのが悔しくて、嫌がらせをしすぎたわ。お願い、将来お兄様の右腕になれるのは貴方だけなの! 私が安心して隣国へ嫁ぐためにも、どうかお兄様の側にいてあげて」
何だか少し棘のある言い方だったが誠心誠意謝罪する2人にアルベルトも少し溜飲を下げる。
リリアージュは王族が頭を下げる状況についていけないようで宵闇色の瞳をこれでもかと見開いて硬直していた。
結局、アルベルトは2人の謝罪を受け入れ退職願は破棄された。
王太子と王女はホッとしたように顔を見合わせるとリリアージュにも謝罪をした。
その行為に完全にフリーズしたリリアージュをアルベルトが優しく撫でる。
アルベルトのその顔は緩み切っており「紅蓮の静謐」の面影は微塵もなかった。
その後もアルベルトは終始リリアージュの何処かしらに触れ続け、そのことに気が付いた王女が帰り際にボソッと呟いた。
「むっつりヘタれな上に愛が重すぎるわ……私なら絶対にこんな男ご免だわね」
その言葉はアルベルトには聞こえなかったが、リリアージュには聞こえたようで彼女は一瞬驚いた顔をしたが次に花が咲いたように微笑んだ。
その笑顔に王女は一瞬呆け眉尻を下げると王太子とともに王城へ帰って行った。
帰城する王太子たちを見送ったリリアージュはアルベルトに後ろから抱きしめられる。
「リジー、俺以外にあの笑顔をするのは禁止ね」
にこやかに言ってはいるが有無を言わさないアルベルトの強い口調にリリアージュがコクコクと頷く。
「うん、いい子だ。俺のリジー、愛してるよ」
「私も……愛しています」
重い重いアルベルトの愛を受け入れたリリアージュをアルベルトは横抱きにすると、額にキスをしてゆっくりと屋敷の中へ戻っていった。
あれ?最後なんか怖い感じになってしまいました?
別に監禁とかはないですよ。溺愛されるだけです。
最後までご高覧いただきまして、ありがとうございました。