第九話
二人が船を見送った日から遡ること二~三日前。
「この辺りにふた~り! いい歳したおっさん達がいる! 誰だ!? お前らか?!」
「ち、違います!」
「では、お前らか?!」
「い、いや、拙者ではござらぬ!」
「くそっ! 一体どこにいるというのだ!」
「隊長! あちらにそれらしきおっさん達がいます!」
「よし! かくほー!」
「はっ!」
ドタドタドタドタ……
朝出発しようと帰り支度を整えている和己達一行に、宿屋の外から男達の怒号が聞こえてきたのであった。思わず和己と正義は顔を見合わせる。そして二人同時にうなずくと……
「トモカすまん! 悪いが予定変更や。昨日は町まで送る言うてたけど、ここでお別れや」
「えぇ! ど、どうしてなのですか!?」
「詳しくは言えん。そんな時間も無さそうやしな……マサ行くで!」
「あいよ! トモカちゃん送られへんでごめんね!」
「え?! ちょ、ちょっと和己さん! って正義さんまで!? い、行っちゃった……村に戻ったら改めて歓待しようと思ってたのに……」
二人のあまりにも唐突な行動に理解が追いつかず、ただただ呆然と見送るしかないトモカであった。
「裏は……オッケー! 大丈夫や。マサ行くで!」
「こちらコードネームマサーク。これからカマラン脱出任務を遂行する!」
「あほなこと言うとらんとはよ来い! 捕まっても知らんぞ!」
「ま、待ってよカズコーン!」
裏口には二人を探している者の姿はなく、そのままこそっと宿屋を後にする。その後、カマランに来た時に利用した出入り口の場所まで辿り着いたまではよかったのだが……
「どうだ!? 見付かったか?!」
「いえ、ここにはまだ来ておりません!」
「そうか。では引き続きその調子で頼む!」
「はっ! ここに来たおっさん一匹通しはいたしません!」
出口は既に衛兵らしき人達が検問を張っているようで、この町にいるおっさん達はもうまともな方法では脱出できそうにない状況であった。
「せめておっさんの単位ぐらい人間扱いせいや……」
「カズどうする? このままやと……」
「……あれしかないか」
「まさか……女装?!」
「そやな、こうフリフリのやつで……はぁ、なんかツッコむのもあほらしなってきた……」
「ツッコミ放棄は重罪ですよ!」
「そんなこと言うとる場合やないやろ! 俺が言いたかったんはあれやあれ!」
そう言って視線と指を向ける和己。その先には港に停泊している船の姿があった。
「マジで? あっちも同じように見張られとるんと違う?」
「んなこと言っても、ここでボーっとしとるよりましやろ。とりあえず行くで!」
「アラホラサッサー!」
急いで港に向かう二人。途中、衛兵に見付かるトラブルもあったが、正義の「普通のおっさんがこんなデブなわけないやないですか~」というファインプレーで事無きを得たのであった。
「さてと……港の状況はどうなっとるかな。ってぶつぶつうるさいねん!」
「デブはやっぱり普通やないんやろうか……」
見ると確かに港に見張りらしき者はいるものの、先に徒歩や馬車での脱出が可能な町の出入り口である門を優先しているためか、まだ少数のようであった。
「こっちの方がまだ可能性はありそうやな……船ってどうやって乗るんやろ?」
「そらやっぱり、チケット売り場が近くにあるんやないの?」
「俺らの常識ではな。ここどこやと思っとんねん。そう簡単にいくとは思えんやろ」
「そらそうか……」
「お前さん達、あの船に乗りたいのかい?」
「うおっ!」
「ひぃ!」
急に後ろから声を掛けられ、慌てて振り返るとそこには老婆がいた。ただ、老婆なのは顔だけで体はもうどっかの元州知事の全盛期を思い出すくらい筋骨隆々であった。
「なんなら、あたしが手引きしてやろうかい?」
「ほんまか?! それは助かるんやけど……何が狙いやねん」
「ウィッヒッヒ! 別にそんな狙いなんてありゃせんよ。単なる余生の暇つぶしじゃて……まぁでも強いて言うなら……」
そう言って筋肉老婆は和己に向かってそっと手を出す。
「……いくらや?」
「ん~一人頭10万ってところかねぇ」
「高っ!」
「こっちもそれなりのリスクを背負うんだい。それくらいもらっても罰は当たらないさね」
「……しゃ~ない。ただし、絶対に成功させるんやで?」
「ウィッヒッヒ! その辺は任せときな。あたしを誰だと思ってるんだい」
筋肉老婆は和己から二人分の手引き料である20万円を受け取ると、そのまま船着き場の隣にあるチケット売り場へ向かうのであった。
「大人二枚もらえるかねぇ」
「はい! 大人二枚ですね……合わせて7000円になります」
「ウィッヒッヒ!」
「「……」」
そして、戻って来て和己達にチケットを渡す筋肉老婆。
「はい、これが約束のチケットだよ」
「おい! なんぼなんでもぼったりくりすぎやろ!」
「どんだけー!」
「ウィッヒッヒ! そんなわけないだろう。さすがにこれだけならあたしも10万なんて大金要求しないよ。このチケットは一応の保険ってやつさね。あとはまぁいいからあたしに付いてきな」
そういうと近くの店に入っていく。その後を怪訝な表情で渋々付いていく二人。
「いらっしゃい。今日は何にするんだい?」
「そうさね~そういやちょうど酒が切れたんだったねぇ~6本……いや今回は大奮発だ。10本ほどもらえるかい?」
「……あいよ。丁度裏に置いてあるから勝手に取っていきな」
「ウィッヒッヒ!」
そう言うと店主らしき男は、親指で店の奥のドアを指し、筋肉老婆は和己達を率いて店の奥へと進むのであった。
「今のが合言葉なんか?」
「ウィッヒッヒ! 今回はそうさね。ただし、真似しようと思っちゃいけないよ。合言葉なんて日によって変わっちまうんだしね」
「ああ、分かっとる。確認しただけや」
「な、なんか映画観てるみたいや……」
「ちょっと、付いてこいとは行ったが、さすがに近すぎるんだよ!」
「ふぁ、ふぁい……」
元の世界では見たことがない行為を目の当たりにし、鼻息をフーフー出しながら興奮覚めやらない正義。その鼻息の洗礼を受け、筋肉老婆の後ろ髪が揺らめく。そして、イラっとした筋肉老婆に怒られシュンとする正義。引きこもりニートは怒られることに慣れていないのである。
そして、奥の部屋にあった地下へ続く階段を下りそのまま進んでいく。
「ここは……」
「貨物専用の倉庫さね。あんたらにはここに入ってもらうよ」
筋肉老婆は奥にある木の箱を指差した。大きさは大体小さなプレハブくらいの大きさであった。その箱に入る和己達。大人一人だと十分なスペースなのであろうが、おっさん二人……しかも片方デブとなると息苦さを感じざるを得ない。
「もうちょい大きい箱無いんか?」
「暗いよ狭いよ怖いよー!」
「どんだけ我がまま言ってもそれ以上の大きさは無いさね。一応飢え死にしない程度に保存食と飲み物を入れておいたから、航海中はそれで耐え忍ぶんだね」
しばらくその箱の中で待機していると、ガタンという音と共に箱が揺れ始める。ただの木の箱なのでもちろん外を見る窓なんて物は無く、暗闇の中でただただ不安と格闘する和己達であった。
二人が入った箱は無事船内へと運ばれ、その様子を筋肉老婆は見守っていた。そして……
「これでよかったのかね?」
「ええ、十分よ」
筋肉老婆が暗闇の中に声を掛ける。そこから出てきたのは黒いフードを被った女性であった。
「あの子達には、こんなところで捕まってもらっちゃ色々まずいからね」
「……まぁ深くは聞かないが、全部終わったら酒でもおごるんだよ」
「うふふ……そうね。全部終わったら……ね」
そう言って、黒フードの女性……カーサはにやりと笑うのであった。
「ふぅ。なんとか乗り込めたみたいやな」
「でもめっちゃ狭いんやけど」
「まぁ確かにそれはそうやな」
船の出航音を聞き、無事に出航できたのかと胸を撫で下ろす二人。船の揺れはそれほど感じることはなく、かなりのサイズの船であることがうかがえた。そして、人間とは欲深い生き物で、最低限のことが確保されれば、次は快適さを求めてしまうもの。そうして、二人もご多分に漏れずつい愚痴を言ってしまっていた。
「お前がもっと痩せとったらこんな思いせんで済むんやけどなぁ」
「誠心誠意努力はしとるんですよ?!」
「分かった分かった! 分かったから叫ぶな響くねん!」
ドンッ!
「……え?」
「か、壁ドン?!」
ドンドンッ!
「す、すんません!」
「黙ります!」
コンコンッ
「ゆ、許されたんやろか?」
「案外優しいお隣さんでよかったな」
元の世界でも噂でしか聞いたことがなかった壁ドン。その初体験を異世界でする二人であった。
残りの航海中はそれもう静かに過ごしましたとさ。
そんなこんなで二~三日後、日数が曖昧なのは、日の光が入らないところで引き籠っていたからである。二人を載せた木の箱は無事倉庫まで運ばれ、そこで既に話が通っていた者に空けてもらい、外へと案内される。
久しぶりの外に大きく背伸びをしながら深呼吸をする二人。
「ふぅ……やっと着いたな」
「とりあえず、ご飯食べよ! ご飯!」
「そやな。さすがに保存食だけで……は……」
ボォーー!
先ほどまで乗っていた船の出発の合図をバックに二人は辺りを見回す。そこには……
「どうしてこうなった」
「太陽が目に染みるね……あれ? なんだろう? かすんでよく見えないや……」
魚の顔をした全身ヌメヌメの人型の何か……俗に言う魚人達が日常生活を送る光景があった。
「ギョ!? ここはサンバルという町だギョ! よく来たな人間! 歓迎するギョ!」
「そ、そらまぁどうも……」
「この町は漁業が盛んな町だギョ! みんな良いギョなのでギョまったことがあれば、きギョねなくギョうだんするギョ!」
「は、はぁ……」
「ギョういえば、ギョうのギョど屋はギョう、ギョまってるギョ?」
「え……あ、ああ、いやまだです」
「ギョれなら、ギョギョをギョっすぐギョッたとギョろに、ギョ貝類がギョいしいギョど屋があるギョ! ギョうせなら、ギョこにギョギョってギョギョギョ!」
「え? あ……はい」
「ギョギョギョ!」
二人は近くを通りかかった魚人にいきなり話掛けられ、戸惑う和己達を尻目に色々とこの町の情報を教えてくれているようであった。ただし、人はそれをおせっかいとも親切の押し売りとも言うことを魚人が理解しているかは別である。
「なんか俺一生分のギョを聞いた気がするわ……後半なんて完全に何言うとるか分からんだし……あれ絶対わざとやろ……」
「俺も耳に魚ができそうや……」
若干げんなりしている二人。そして和己はふと思ったことを口にする。
「やっぱ、ああいう姿の種族って、語尾にああいうの付くんやな……」
「あっ! 俺、元の世界でもああいう風に話す人間一人知っとるで!」
「それ以上言うな。色々まずい……」
変なところに感心する和己と、ギリギリのところを攻める正義。
「で、この町で何するん?」
「とりあえず、なんも分からんと乗り込んだからな……ここがどこか、周囲がどんなんか、いう情報だけでも調べなあかんわな。他にも……俺ら以外の人間とかもおったりするんやろか?」
和己達は知らないが、この町にいる魚人族という種族は、基本非常に温厚な性格で、人柄もよく、人間族とも友好的な関係を築いている種族の一つである。しかしながら、体表は常にヌメヌメとした保護粘膜に覆われているため、生理的嫌悪感を抱く人間も少なくはなく、よっぽどのことが無い限り、魚人族の町に人間が住むことはない。つまり何が言いたいかというと……現状、この町に和己達以外の人間はいないということである。
本来ならば、貿易関連の人間がもう少しいてもいいのであるが、貿易船が先ほど出航したばかりであるため、そのような人達すらいなかった。
そして、逆に魚人族からは、この町に来た人間族が相当に珍しいのか、興味本位の視線がちらちらと和己達に降り注ぐ。ただ、その視線の大半は友好的であることが、せめてもの救いであった。
和己達は降り注ぐ数ある視線の中から一つを選び、その先にいる一人の魚人に話掛ける。
「あの~すんません」
「は、はい! なんでしょう!?」
「(あれ? ギョとちゃう?)」
その魚人からは色々と話を聞くことができた。
この町がサンバルという町であることは、先ほどいきなり話掛けてきた魚人から聞いてはいたが、この国がカートゥン公国ということまでは聞いておらず驚く二人。和己達にとって、そんなつもりはさらさらなかったのだが、いつの間にか国境を越えてしまっているようであった。どうやらパスポートなどは必要無いらしい。
そして、この町は魚料理が有名であるらしく、二人は一瞬「共食いになるのでは?」とも考えたが、深く考えるのはやめておくことにした。おそらく人間が牛を食べるような感覚なのであろう。
それから、この国の治安であるが、基本この国も、町の外にでれば魔物がはびこっている場所はあるものの、国自体は平和そのもので町の中にいるなら、それほどの危険も無いということであった。
そんな中、今回の話の中で和己達を一番驚愕させたこと。それは……魚人族は基本語尾に「ギョ」は付けないという事実であった。先ほどのギョ人さんは、この町でも有名魚らしく、たまに来る人間をああしておちょくるのが趣味という、魚人にしては珍しいタチの悪い方の魚人であった。しかしながら、特にそれ以外の害は無いということで、他の魚人達も、別段問題視はしていないようである。
「あのギョ人……今度あったら覚えとれよ……」
「でも俺らたぶん区別つかんで?」
「くっ!」
珍しく吐く正義の正論に珍しく反論できない和己。そんな珍事なやりとりをしながらも、魚人との会話は続いた。
一通りの話を聞けて和己達はかなり助かったのだが、ふと和己が地面を見ると、話し出した時とはあきらかに影の長さが違っていることに気が付いた。いつの間にか、かなりの時間が経ってしまっていたようである。和己はさすがに悪いと思い、お礼に何かご馳走をと提案したのであるが、その魚人は顔と突き出した両手を大きく左右に振りながら「大したことはしていませんから!」と恐縮する。その後、多少気まずさを感じる和己達であったが、別れ際に魚人が「みんなに自慢しちゃおっと!」と言いながらスキップ交じりで走り去っていく姿に、和己達の罪悪感は少しばかり和らいだのであった。
「誰か、誰か助けてください!」
海沿いの町を歩きながら、まずは飯かと食べるところを選んでいた二人の耳に、女性の叫び声が聞こえてくる。その方向に目をやると、お腹の大きな女性の魚人、そして沖には子供の魚人らしき魚影があった。手をバタバタさせているところから、どうやら溺れてるようである。
「ウチの子供はかなづちなんです! なのに、目を離した隙に、気が付いたらいつの間にかあんなところまで!」
「エラ呼吸は?! まだエラ呼吸はできないのか?!」
「子供にエラ呼吸なんてまだできるわけが無いだろ!」
「あの子は最近少しずつエラ呼吸ができるようにはなってきましたが、まだまだ未熟で……」
色々ツッコみたかった和己ではあるが、元の世界のことわざでも『猿も木から落ちる』『かっぱの川流れ』『笑点の最終回』などもあるのだからと無理矢理自身を納得させ、救出に向かう。
「おい! 人間が飛び込んだぞ!」
「だ、大丈夫なのか?! おお、泳いでいるぞ!」
「がんばれ人間! 負けるな人間!」
「に・ん・げん! に・ん・げん!」
「いや、助けに行かんの?!」
浜辺に響き渡る人間コール。そんな様子にさすがの正義もツッコまざるを得ないようであった。
和己が必死で魚人の子供のところまで泳ぎ、掴み、運ぶ。そしてついに、浜辺に魚人の子供を打ち上げる。その周辺に先ほどまで人間コールをしていた魚人達が集まる。
「駄目だ! 息をしてない! 誰か魚工呼吸を魚工呼吸をお願いします!」
そして駆け付けたライフセイバーっぽい魚人が、子供の魚人のエラの部分から必死に空気を送り込む。和己は「エラ呼吸でけへんのにそっから空気入れるんや」とも思ったが、もう細かいことをいちいち気にするのは止めておくことにした。
「けぽっ! ごほっ! ごほっ!」
「やったー! 息を吹き返したぞ!」
「子供が助かったぞー!」
「やったー! やったー!」
「ぎょ・じ・ん! ぎょ・じ・ん!」
打って変っての魚人コールに呆然とする和己達。そこに先ほど絶叫していたお腹の大きな女性の魚人が近付いてくるのであった。
「ありがとうございます! どこのどなたか存じませんが、本当にありがとうございます!」
「いやいや、別にかまへんよ。今度からは目ぇ離したらあかんで」
「はい! ありがとうございます! よろしければ、お礼にお食事でもご馳走させてください。私こう見えても料理の腕には自信があるんです!」
そう言って、力こぶを作るお腹の大きな女性の魚人。
「おう! この子の料理は絶品だぜ! 俺が保証する!」
「そうギョ! 是非ギョ馳走になったギョうがいいギョ!」
「そ、そこまで言うなら……なぁカズぅ~ご馳走になろうや!」
「マサちょっと待て! 今確かにあいつの声がしたはずなんや!」
お腹の大きな女性の魚人の猛烈なアピールと周囲からの後押し、そして、正義自身の我慢の限界が相まって、なんだかんだでおよばれになる和己達。ちなみに、例のギョ人は結局発見することができず、感情をあまり激しく表に出すことのない和己にしては珍しく、地団駄を踏んで悔しがっていた。人間が魚人の町に来るという珍事から、立て続けに起こる珍事。もしかしたら珍事は珍事を呼ぶのかもしれない。
「はふはふっ! ほふほふっ! うめぇうめぇ!」
「そ、そんなに慌てなくてもまだまだお代わりはありますよ」
目を血走らせながらがっつく正義に、若干額に汗をにじませながらも笑顔で対応するお腹の大きな魚人の女性。名はシーベラというらしい。シーベラの料理は確かに絶品で、和己も舌鼓を打ちながら上機嫌でいただいた。しばらく、雑談をしながら久しぶりののどかな時間を十二分に満喫する二人。
「そういえば、お二人はこれからどこへ向かおうとお考えなのですか?」
「えっと、そやな……この国に着いてまだ間もないから、そこらへん疎いんやけど……とりあえずは、この国の首都に行こうかなって思っとるよ」
「首都……ですか?」
「ああ、えっとな……王様……ってここは公国か。大公さん? が、住んでるところって言うんかな?」
「ああ! それでしたら、この町がそうですよ!」
「ほーそうやったんか」
「この家の外からでも見ることができると思いますが、ここから少し行ったところにある岬のお城に、大公様が住んでいらっしゃるんですよ。でも、なぜそのようなところに?」
「まぁちょっとな……せっかく国越えたんやから、その国一番の町は、観光しておきたいやん? 大公さんがおる町がやっぱり一番栄えとるかなと思てな」
「なるほどー確かにそれはそうですね! では、ゆっくりと観光していってくださいね!」
「お代わり!」
「お前はもうちょっとそっと出さんかい!」
「へぶしっ!」
和己はもちろん観光目的でそんなことを聞いたのではない。ただ、元の世界へ帰る条件が今のところ『この世界である程度活躍すること』という情報しかなかったため、ある程度の活躍をするならば大きい町、それも大公が近くにいるような場所ではないかと考え、シーベラに聞いたのである。
そんな中、全く空気を読まない正義に怒りを覚え思わず頭をはたく和己。和己はともかく、正義は魚人達にツッコミを入れていただけなので、この制裁は当然であると言えよう。
「ちなみに、ここの大公さんはどんな感じなん?」
「と、言いますと?」
「いやなんていうか……その、圧政敷いてたりとか、そういうことあったりせえへんの?」
「そんなとんでもない! 一昔前ならいざ知らず、今の世の中でそんなことをするなんて、おそらくどこの国にもいないんじゃないでしょうか?」
「そうなんか……」
「あ、でも最近、大公様を見かける回数は減った気がします。前は最低でも月に一度は民衆に顔を見せたりしていたと思いますが、ここ何カ月かは顔を出していないですね。体調不良とかではないとのことなのですが……」
「そりゃちょっと心配やな。まぁでも公式に発表されるまでは、そこまで気を揉むこともあらへんと思うで? ちなみに大公さんの名前ってなんて言うん?」
「ハンヌ様ですよ。とてもお美しい方です。機会があれば是非一度ご覧になってみてください! きっとびっくりしますから!」
「……そん時はそうさせてもらうわ」
「えーでも俺ら顔の……へぶはっ!」
「ど、どうされました?!」
「い、いや! なんでもあらへん! ちょっとマサの頭がかゆそうやったから! な?! マサ!」
「そ、そやねん! カズ丁度かゆかってん! ありがとう! だ、だからもう少しその……」
「ま、正義さん?! 顔から物凄い量の汗が吹き出していますけど本当に大丈夫なんですか?!」
「ママー! あの人、私達と一緒でヌメヌメー!」
「はうっ!」
「こ、こら! お客様にそういうこと言っちゃいけません!」
机の上では頭をはたきながら、机の下では足を踏むという行動を同時に行うマルチタスクの和己。そして、無垢な子供の魚人による心の奥底を貫く一突き。キューピッドの放った矢とは真逆の衝撃を受け苦しむ正義。そんなやり取りをしながらも、つかの間の平和な時間は過ぎていくのであった。
二人はその後、近くに宿を取り、そこを起点に情報収集を始めた。中々有用な情報は集まらなかったが、その代わりご近所付き合いはとてもうまくいっており、シーベラ達とも家族ぐるみの付き合いをするまでに至っていた。この間、特にトラブルも無く、実に平和であった。
しかし、そんな時間は当然、長く続くことはなく、数日後……
「な、なんやこれ……」
「行く? 綺麗らしいで?」
「まさか……」
二人はある看板の前で呆然と立ち尽くす。目の前の看板には次のような文字が書かれていた。
『魚人以外の者、大公との謁見を許可する』
もちろんただの看板ではなく……俗に言う国からのお触れが、この町の中心部に突き刺さっているのであった。




