↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

第八話

「あれ? そういえばトモカちゃんは?」


 二人は嫌な予感と熱戦を繰り広げていたため気付かなかったが、いつの間にか和己達の前からトモカの姿が消えていた。


「こんな時にどこ行ったんや……あれだけ案内する言うてたのに」


 思わずぼやく和己。状況が状況であるため、このまま放って置いて帰りたい衝動に駆られる和己であったが、この町に来てからなんだかんだとお世話になっている手前、そういうわけにもいかないかと、トモカを探すことにした二人。しばらく探していると、遠くからこちらに近づいてくるトモカの姿を見付けることができた。


「あ、いたいた! もぉ~二人共一体どこに行ってたんですかー!」

「いやそのセリフそのままそっくり返したるわ。お前こそどこほっつき歩いとったんや?」

「そやでトモカちゃん! おっさん二人だけでこんなところに置いとかれたら変な目で見られるやろ!」

「てっきりお二人が動物に夢中になりすぎて、私からはぐれたのだとばかり思ってました!」

「どう考えても逆やろ。まぁなんにせよ、見付かってよかったわ。トモカそろそろ帰るで」

「夕飯! 夕飯!」


 そう言って足早に動物園の出口へと向かおうとする二人。


「あーちょっと待ってください! 最後にあそこだけ行きましょう! 私、以前からすっごく行きたかった場所なんです!」


 そんな二人を制止し、トモカが指差した先は、サーカスが開催されていたテントの裏手に当たるところで、目玉になるような物は特に何も無さそうな場所であった。


「ここだけの話、知る人ぞ知る穴場スポットなんですよー! ほんとすっごいんですから!」


 と、キラキラした目でそう語るトモカ。その言動に若干の違和感を覚える和己。


「(こいつサーカスに来んの今回が初めてや言うてなかったか?)」

「もーとにかく、早く行きましょう! 二人共、絶対満足するはずですから!」


 そう言う否や、和己達の手首をつかみ、トモカは目的の場所へと歩き出した。


「お、おい! 急になんやねん! って、トモカ強ぅ握りすぎや!」

「ちょっ!? トモカちゃん痛い痛い! ホントに痛いから! ねぇ、聞いてるトモカちゃん?! ……トモカちゃん? おーい、聞こえますかぁ? 無視ですかぁ? 泣きますよぉ?」


 有無を言わせないその態度と、想像よりも遥かに強い力に少々面食らう二人。そして、半ば強制的に先ほどトモカが指し示していた場所に連れて行かれるのであった。




「着きましたよ! さぁ中に入りましょう!」


 二人が連れて来られた場所は、メイン会場ほどではないものの、そこそこの大きさを誇るテントであった。そこには、練習用と思われる様々な器具がそこかしこに置かれており、おそらくここでサーカス団員達が日々鍛錬に励んでいるのであろうことがうかがえた。しかし逆を言えば、それだけであり、二人にはとても見所のありそうな物があるとは思えなかった。

 そして、ようやくトモカから解放された二人は、掴まれていた手首をなでさすりながら辺りを見回す。


「そんな言うほどのもんは何も無さそうなんやけど……っていうか勝手に入ってよかったんか?」

「まさかこんなところに連れ込んで……待って! 今、心の準備するからっ!」

「はい大丈夫ですよ! ほんとすっごいんですから!」


 いぶかしげな表情で質問をする和己に、トモカは満面の笑顔で答える。

 謎の準備を始める正義に対しては全くのスルーであった。


「なんやそれ。答えになっとらんやないか」

「よし! トモカちゃんいつでもオッケーだよ!」


 和己のツッコミにに全く動揺……どころか返事すらせず、トモカは辺りをきょろきょろし始める。正義の準備完了の宣言に至っては、元から無いものとして扱われていた。


「ちょっと待って下さいね。そろそろ来るはずなんですけど……あ、来た来た。では、紹介しますね! このサーカス団の団長を務めるキーノさんです!」


 トモカはテントの奥から出てきた男を、実に親しげに和己達に紹介する。

 トモカからキーノと呼ばれた男は、全身を派手な色で着飾っており、実にサーカス団長らしい服装であると言えた。その一方で、顔はシンプルな白一色のベネチアンマスクのような仮面を付けており、口元以外の表情を確認することはできなかった。

 和己はその男が、会場で開幕の宣言をしていた人物であったことを思い出す。しかし、外見が一緒というだけで、今、目の前の男から受ける印象は、その時とは全く違うものであった。薄暗いテントの中では、派手な色の服装が若干鳴りを潜め、逆にシンプルな仮面が際立つ結果となり、遠目から見るとまるで生首が浮いているようであった。その様を見た和己は、近づいてくる男の口元が笑っているにも関わらず、一瞬怖気おぞけ立つ。


「ご紹介にあずかりました、このサーカスで団長を務めております、キーノと申します」


 二人の前で、流れるような動作で礼をするキーノ。そして、顔を上げた直後から和己達に送られてくるキーノの熱い視線に、和己は妙な威圧感を覚え、正義は背中に悪寒が族単位で大爆走していた。


「なんで初めてサーカスに来たトモカが団長と知り合いやねん」

「実はさっき会ったばかりなんですよね! でも、すぐに仲良くなっちゃったんですよ! で、その時何気なく二人のことも話したら、ここに連れて来てもいいって言うもんですから、思わず連れてきちゃいました!」


 舌を出し茶目っ気たっぷりな表情をするトモカ。トモカは基本表情豊かな女の子であり、和己達もここに来るまでにトモカの様々な表情を見てきたが、今見せた表情はそのどれとも違うものであった。


「初対面の人の言うこと、そんなホイホイ聞くなや……」

「だって……」

「そうやでトモカちゃん。知らないおじちゃんに付いて行ったら、大概あんなことやこんなことに……ぐふっ」

「おい、今何想像したんや……顔がエグいことになっとったで」

「そ、それはトモカちゃんの前ではちょっと……」


 二人のいつものやり取りにも全く反応を見せず、トモカは恍惚こうこつとした表情でぼそりと呟く。


「だって仕方無いじゃないですか……」


 そして、妖しい笑みを浮かべながら和己達に……


「あんなテクニック見せられちゃったら従っちゃいますよ」


 ハイライトの消えた目を向け、優しくそう語り掛けるのであった。




「……お前、トモカに何をしたんや?」

「心外ですね。そんな変なことはしていませんよ? ただ魅力的な女性でしたので……ちょちょいとね」

「ちょ、ちょちょいですと?!」

「いやん」


 トモカは頬に両手を添え、顔を赤らめてクネクネ恥ずかしがっている。

 そして、正義はちょちょいの詳細が知りたくて知りたくてたまらなさそうにグネグネしていた。


「お前の辞書に貞操観念いう文字は無いんか……」

「和己さん達もそんなこと言っていられるのも今の内だけですよ?」

「……は?」


 呆れる和己に対し、トモカは反論しながらゆっくりとキーノに近付いていく。その後、キーノの腕に胸を押し当てるように絡みつき、舌舐めずりをしながら妖艶な顔つきで呟いた。


「あれを味わったらきっと二人も……ふふ、そうですよね? キーノさん」

「いや、俺らそっちのは無いんやけど」

「そ、そやでトモカちゃん! って、今まで俺らをそんな腐った目で見てたんか?!」


 トモカの発言にドン引きする和己と、30歳そこそこのおっさん同士の絡みを所望していると勝手に勘違いして、そのあまりのマイナー性癖に驚愕する正義。

 そんな和己達一行の会話に爆弾を投下してくる男がいた。


「あ、その点でしたら大丈夫ですよ。私こう見えてもバイセクシャルなものですから」


 トモカ同様、舌舐めずりをするキーノ。全身鳥肌を越えてサメ肌まみれになる二人。


「お前がよくてもこっちはよくないねん!」

「こ、こんなところで新境地を開拓するつもりなんて絶対無いんだからねっ!」


 二人の心のマントルから吹き上げる熱い絶叫が、テント内に響き渡るのであった。




「ナンチャラカンチャラパトローナー!」

「おいちょっと待て! それは色んな意味で反則やろ!」


 キーノの掌から放たれる魔法を必死に避ける和己。


「(なんとかあいつの後ろに回り込まんと……)」


 戦闘開始直後、和己は正義を引っ張り、辺りにある練習器具の後ろへと姿を隠した。そして、正義に今考えた作戦を伝える。

 その内容であるが、現状、攻撃手段が正義の膝爆弾のみな和己達にとって、和己は今回の戦闘ではキーノには近づかず回避に専念し、和己がキーノの攻撃を回避しながらキーノの後ろに回り込み、正義と和己で挟み撃ちの状況にする。そして、隙を見て正義がキーノの背後へ膝爆弾を叩きこむといったものであった。

 その後、作戦を伝え終えた和己は障害物から飛び出し、キーノの攻撃を避けながら、作戦通り後ろに回り込むタイミングを計っていた。


「(一発ももらわれへんいうのはしんどいのぉ!)」


 そう思いながらも、こちらの世界に来て強化された身体はよく動いてくれており、回避にさえ専念していれば、どうにか問題無いレベルで避け続けることができた。

 本来であれば、少しでもキーノの注意を引くために攻撃をする振りだけでもできればいいのだが、キーノの使用している魔法が障害物や地面に当たっても全く影響を及ぼしていないところを確認している和己は、あの魔法がトモカを狂わせた元凶であると当たりを付け、とにかく距離をとって回避をし続けるのであった。


「どうしたんですか? 避けてばかりではどうしようもありませんよー? 諦めて早く私の物になってくださいよー」

「だからその気は無い言うてるやろっ!」

「あ~ん! キーノ様かっこいぃ!」


 華麗な動きで魔法を放ち続けるキーノに、黄色い声援が届く。


「あのアホ……元に戻ったら覚えとれよ……」


 しばらく避けながらゆっくりと確実に正義と挟み込める形に持っていく和己。


「私の攻撃をよくもここまで避けられますね。こんなことはあなたが初めてですよ! すごいすごい!」


 そう言って、大仰なジェスチャーで和己を賛美するキーノ。


「でも避けられてばかりも面白くありませんね……トモカあの人を捕まえなさい。無事捕まえられたらご褒美をあげましょう」

「きゃー! 私、がんばります!」


 そう言って、和己のもとへ物凄い勢いで走ってくるトモカ。キーノの魔法だけでも神経を使うのに、そこにトモカが加わったことで、和己の神経は加速度的に擦り減っていく。そしてついに……


「キーノ様、今です!」

「こらトモカ、離さんかい!」

「トモカでかしましたよ! これで終わりです!」


 腕に抱きつかれて動きが止まる和己。必死に引きはがそうとするが、トモカの人間離れした力にそれもかなわない。


「一緒にあの感覚を味わいましょー!」

「嫌じゃボケ! 一人で勝手に味わっとけ!」


 キーノから放たれた魔法は、和己がトモカを盾代わりにすることによって、どうにか事なきを得る。


「ああん! これサイコー!」


 ボンッ!


 そして、魔法が直撃したトモカは、そう叫ぶや否や、爆発音と共に小さな兎へと変化するのであった。その周辺には先ほどまでトモカが着ていた修道服が散乱していた。

 和己の足元では、口をもぞもぞさせながら首を傾げる小さな兎。


「まじかいな……」

「あなたももうすぐこうなるんですよ! そして、私のサーカス団の一員として、私に大金を貢ぐ人気キャラクターになってもらいますからね!」

「冗談言うならもっと笑えるもんにした方がええで!」


 和己は動揺しながらも、正義との位置関係を確認しながらゆっくりと動いていた。そしてついに、正義がキーノの背後を取れる位置へと移動を完了する。様子見として顔だけ出していた正義に視線で合図を送ると、正義がキーノの背後にある障害物から姿を現す。


「どっせーい!」


 パーン!!


 膝を上げ地面に足を叩きつける正義。そして爆発する膝。そこから発せられた血流がキーノに向かってほとばしる。そのまま直撃するかと思われたその時、背後から迫るそれをなんなくかわすキーノ。


「何か企んでいると思っていたらこういうことだったのですね。威力はそこそこあるみたいですが、そんな単純な攻撃、私に当たるとでも思ったのでしょうか?」


 和己が想定できる最高のタイミングで膝爆弾は放たれたにも関わらず、それをキーノは後ろすら見ずに簡単に避けた。今思えば、正義のことを全く気する素振りを見せていなかったのも、和己達の手の内を確認しようとするキーノの思惑だったのかと気付き、和己は歯がみする。


「(どないする?! こいつは後ろに目があんのかっちゅーくらい、気配に敏感みたいや。こうなると俺が危険を承知であいつに抱きついて、動きを止めるしかあらへんか……自分にも治療って効くんやろうか? 試しといたらよかったわ!)」

「もうおしまいですか? それでは今度こそ終わりにいたしましょう!」


 そう言って、キーノは和己に向かって走り出す。


「(早っ!)」


 和己が気がついた時には、既にキーノは目前にまで迫っていた。


「ぐふっ!」

「カズッ!」


 そして放たれるボディーブロー。悶絶もんぜつし膝を付く和己。


「では、せいぜい私のために働いてくださいね」


 手をゆっくりと和己に添え、今まさに魔法を唱えんとするキーノ。


「カズゥ! カズが動物になってもちゃんと面倒は見るさかい!」

「(そう思うんやったらはよ助けんかい!)」


 論点がずれた叫び声をあげる正義。キーノに食らったボディーブローのせいで息ができず、心の中でツッコむ和己。そして……


「……ん?」

「……おや?」

「……はずれ?」


 いつまで経っても魔法が放たれないことに首をひねる和己とキーノと正義。


「おかしいですね……こんなこと今まで無かったのですが……ナンチャラカンチャラパトローナー!」


 さっきまで事も無げに放っていた魔法が、この段階で出ないことが理解できず、この戦闘で初めてうろたえるキーノ。そして、他の異変にも気付く。


「か、体が……」


 和己に手を添えた状態から、ピクリとも体が動かせないようであった。


「な、なんだこれは!? なぜ動かないのです!」


 口だけは動くのか、ここにきてさすがに動揺を隠すことができなくなったキーノは絶叫する。


「マ、マサ……い、今や……」


 どうにか呼吸できるところまで回復した和己は、かすれた声で正義にそう呟いた。


「う、うぉりゃぁあああ!」


 パーン!!


「がはぁっ!」


 背後から膝爆弾をくらい、キーノは盛大に和己の後方にぶっとんでいった。すかさず和己の元に駆けつける正義。


「カズ! 大丈夫か!?」

「な、なんとかな……しかし、なんであいつ急になんもでけへんようなったんや? マサお前なんかしたんか?」

「ふふふ、マサ、実はな……なんもやってない!」

「聞いた俺がアホやったわ。でもそれやったら……一体何がどうなったんや?」

「よかった……間に合ったようね」


 二人の疑問は唐突な声によって明らかになった。

 テントの入口から黒いフードを被った人が現れる。


「まさかあんたが……あいつの動きを止めてくれたんか?」

「ええ。と言っても急なことだったから、魔法を阻止して動きを止めることだけしかできなかったけどね」

「いや、そんだけできたら十分やろ……」

「伊達に黒フードなんて中二病アイテム身に付けてへんな!」

「ちゅうにびょう?」


 戦闘の緊張感から解放され、和己はふと浮かんだ疑問を口にするが、黒フードからの返答に驚愕を通り越してただただ呆れる。正義は黒フードを褒めたつもりであったが、いまいち伝わらなかったようである。


「あ、こいつの話はまともに聞かんでええよ。……んで、あんさん誰やねん」

「まぁ自己紹介はちょっと後にしておこっか。それよりも先に……」


 そう言って倒れているキーノに目を向け近付く黒フード。


「そやな。そっちが先決や」


 その後に続く二人。


「うわぁ、自分がやったことながら、割りと結構なことになってんなぁ……」


 和己がキーノの容態を確認すると背中からまともに膝爆弾を食らったのが原因で、背骨が折れているようであった。重傷ではあったが、和己のスキルがあれば治せない怪我ではない。治してまた暴れられるのも困るので和己達は近くに落ちていたロープでキーノを縛り上げる。


「これでとりあえずは大丈夫やろう。で、急に現れた、あんさんは誰で、なんでこんなところに来たんや?」

「そうね。まずはそこから説明しましょうか。まず私の名前はカーサって言うの。それで……」


 カーサが言うには、三日前にカマランからほど近い町に滞在していた時に、ご神託を授かったのだという。その内容であるが『カマランのサーカス会場に30歳そこそこのおっさん二人が三日後現れる。その者達を見付けだし助力せよ』とのことであった。カーサは昨日からここに滞在していたのだが、ご神託を授かった日から三日後となる今日、その指示に従いサーカス会場付近を捜索していたところ、急にこの場所から嫌な魔力を感じて、もしかしてと思い駆け付けたということであった。


「またご神託かいな……まぁでも今回はほんま助かったわ。下手すりゃ一生ここで動物として金儲けの道具になるところやったからな。ほんまおおきに」

「ふふ……どういたしまして」

「カズがもし動物になったら……やっぱり兎? いやそれは無いな。虎? 熊? ん~……なんやろ?」


 カーサは黒フードから見えるわずかな表情を崩し、ほほ笑んだ。

 正義はどうでもいいことに頭を使い、和己とカーサの会話は全く聞いていないようである。


「……それにこっちも手間がはぶけたからね」

「ん? なんか言うたか?」

「ううん、なんでもないわ。それよりご神託もかなえたし、私はそろそろここを出るわね」

「そやな。こんなところにずっとおんのも気分悪いし。俺らもとりあえず、トモカを元の姿に戻させた後、こいつを衛兵に突き出してくるわ」


 そう言って、和己はキーノの頭をはたいた。


「じゃぁ私はこれで」

「次会うたら、飯でもおごるわ」


 カーサは出口方向に振り向き、和己達に背を向けた状態で手を振りながら去っていった。


「あなた達とは、どこかでまた会えそうだけどね」


 カーサの独り言は、テントの外から聞こえる喧騒にかき消され二人の耳に入ることはなかった。

 帰り際に彼女が見せた笑顔に、なぜか妙な不安感を募らせる和己であった。




「さて、ええかげん。トモカ元に戻してもらわんとな」

「……わかった!」

「なんやねん急にびっくりするやないか!」

「きっとマグロや! カズは止まると死ぬくらいせわしい奴やし!」

「ってまだ考えとったんか! それ止まる止まらへん以前に、ここで変身したら即、死んでまうやないか!」

「ほんまや! じゃぁ……」

「ああ、もう考えんでええ。それよりこいつ治療するからちょっと手伝え」

「あいよー」


 そう言って、和己はアイテムボックスから針を取り出す。現在、アイテムボックスには以前しまっていたジッポではなく、十数本の針と、数個のお灸を緊急時の回復用アイテムとして入れておくことにした和己であった。


「戻すにも体を先に治さんと無理やろうしな……ほんまけったいな魔法使いよってからに……これに懲りたら二度とこんなことせんこっちゃな」


 和己はそうぼやきながら、まずは患部である背中に即効性の回復力がある針を差す。すると……


『グ、ガァ! ガァアアア!』


 急に苦しみ暴れだすキーノ。そして数秒後、そこには全く動かなくなったキーノの姿があった。


「お、おいおいおい……」

「カズ……出所祝いは何がええ?」

「シャレにならんこと言うなや……」


 思わず自分の治療が失敗し、生まれて初めて人間を殺してしまったのかと、和己は肝を冷やした。しかしその考えは幸い杞憂に終わる。

 和己が針を打った箇所からキーノの体はみるみる溶けていった。そして後には、腹部に穴を空けた大きなゴリラのような姿の動物が横たわっているのであった。


「人間ちゃうんかったんかい……」

「カズよかったな……臭い飯食わんで済んで」


 ボンッ


 直後、爆発音が近くでしたので、慌てて二人がそちらに目を向けると、そこには元の人間の姿に戻ったトモカが寝そべっていた。


「うおっ!」

「おおお! こ、これは! これはぁぁああ!」


 もちろん全裸であった。赤面しながらも、そっとトモカが着ていた修道服を掛ける紳士的な和己。一方、手で両手を覆ってはいるものの、指の間を全開にして、全く隠す気もなくガン見する正義。

 同時に、テントの外が急に騒がしくなってきていることに気付いた二人。


「な、なんだ?!」「動物が急に人間に!?」「これもショーの一環か?!」「いやでもみんな裸……」「ねぇママ、あの人、おまたに象さんがいるよー」「あんな貧相な小象、見ちゃいけません!」「やったー! 元の姿に戻ったぞー!」「きゃー! 何これぇ!?」「衛兵を! 誰か衛兵を!」


 わーわーきゃーきゃーてんやわんや……


 外は大混乱であった。それもそのはずで、和己達は知る由も無いが、サーカス団にいた動物は全員もれなく元人間だったのである。そんな動物達が一斉に元の姿に戻ったらどうなるか。その光景は港町ということも相まってヌーディストビーチよろしく、大変青少年にはよろしくない肌色の光景が動物園内を席巻するのであった。


「わ、割りとトモカちゃんって胸あんねんな。ちょ、ちょっとぐらいなら触っt……ぐへぁ!」

「あほ! んなこと言っとらんとはよ服着せい! 脱出するで!」


 トモカをまじまじと見つめて生唾を飲むだけで、一向に着替えが済まない正義を蹴飛ばし、和己が素早くトモカに服を着せ背負い、急いでサーカス会場兼動物園を後にする和己達御一行であった。




 その後は、肌色事変の混乱に乗じたため、特にトラブル無く宿屋まで帰ってこれた和己達御一行。

 宿屋に着いた段階でもまだ目が覚めないトモカ。そして、和己に背負われて宿屋に入ってきたそんなトモカを見て、宿主は焦った様子で心配していたが、和己がなだめ事無きを得る。おそらく、正義が同様のことをすれば、即衛兵行きだったであろう。人は見かけによるのである。

 部屋に入りやっと一息つくことができた二人であったが、部屋が部屋たる根底を覆されている部屋の様子を見て、そうだったと思い出し、凹む二人。

 とりあえず、今日はもう遅いため、一晩だけここで休むことにして、早朝に出ていくことを心に固く誓う二人であった。

 しばらくするとベッドで寝かせていたトモカがやっと目を覚ます。


「トモカ、俺らが分かるか?」

「ええ、和己さんと……肉塊さんですよね。どうしたんですか? そんな当たり前のことを聞いて……」

「ちょ!?」


 トモカの雰囲気を察するに、どうやら洗脳は解けているようであった。


「一体何が……私どうして宿のベッドで寝ているんですか?」

「動物園でのこと、どこまで覚えとんねん」

「ええと……会場で二人と動物観賞していたら……確か後ろからイケメンに声を掛けられてそれで……」

「ああーもうええわ。なんとなくわかった」

「すいません……」


 ため息をつきながら、和己はトモカの話を手で制す。


「一つ言うとくで」

「はい……なんでしょうか?」

「面食いもほどほどにしときや。顔だけで判断してたらいつか痛い目みるで」

「へぇあ!? 私何かやっちゃったんですか!?」

「……知らんほうがええ。それにいずれ分かるやろう」

「いっそのこと今教えてくれませんか!? じわじわ嬲られるのは趣味じゃないんです!」

「ト、トモカちゃん……まじか……」


 トモカのまっすぐな目に、和己はそれならばと覚悟を決める。後ろでは、トモカの性癖を若干垣間見れたと正義が若干興奮していた。もちろん気のせいである。


「……後悔すんなよ?」

「遅かれ早かれです!」


 トモカが記憶を失ってから今までの経緯を説明する和己。正義はその間に既にベッドで眠っていた。それゆえ、余計な合いの手が一切入ることの無くなったトモカに対する事情説明は、それはもうスムーズに完了したのであった。直後、うなだれるトモカ。


「そ、そんな……私にそんな破廉恥な素質があったなんて……うう、シスター失格です」

「まぁ洗脳されてからは本能全開って感じやったから、別にトモカがどーこー言うわけやないんやろう。あんまり塞ぎ込むこともあらへんと思うで」

「ううう……精進します」


 その説明と合わせて、明日の朝、カマランを発つことも伝える。


「トモカはどうする?」

「私は……テルンに戻りたいと思います」

「そやな。そうした方がええやろう。町までは送るさかい」

「ありがとうございます。本当にお世話するつもりが逆にお世話されっぱなしで……なんと言っていいのやら……」

「まぁ今日はもうゆっくり休んで、明日に備えるで」

「はい!」


 和己達一行は、その日の残りをゆっくりと休養しようとしたが、部屋の隙間風に邪魔され、それすらままならなかったのは言うまでもない。

 そして、和己達がカマランを発って二~三日後。そこには……


「どうしてこうなった」

「太陽が目に染みるね……あれ? なんだろう? かすんでよく見えないや……」


 今乗ってきた船の出航を見送る二人の姿があった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。