世界一平和と呼ばれた国
その少年は昔、一人ぼっちだった。父と兄は優秀な国の戦士であり、母は優秀な学者だった。当の本人には秀でた能力は何一つなく、家族から除け者扱いされ、いじめを受けていた。
しかしそんな彼にも支えてくれる人はいた。それが祖母だった。家族の中で一人ぼっちでも祖母がいてくれたから笑っていられた。泣かずに頑張ってこれた。しかしそんな日々も長くは続かない。九十歳を超えていた祖母は、その少年が十歳の時に亡くなってしまった。
もう誰もその少年を支えてくれる人はいない。生まれ変われたら必ず幸せになりたい。そう思う日も多くなった。
家族からのいじめはますますエスカレートしていくばかり。
そんなある日、少年が持っていた祖母の唯一の形見を父と兄が壊してしまった。
その瞬間、彼の心の中は真っ黒に染まり、気づいた時には家族全員を手にかけていた。
家族が自分の足元で倒れている姿を見て、ニヤリと笑った。
少年の足元には黒い薔薇が一本、綺麗に咲き誇っていた。
「あんな小船、港に泊まってたか?」
「あぁ、そういえば数日前から泊まってるな。でも誰も乗ってた人を見てないし、この国に入ったかもわかんねぇ」
「あはは!そりゃそうだ。この国に侵入者なんて入ってくるわけねぇだろ」
「もし入ってきたら大事件だなぁ」
港の見張り番は声を揃えて笑った。
この国の名はデイジーリーブ。誕生して百年以上経つ歴史がある国だが、一度も戦争をしたことがない世界で一番平和な国として有名だった。
国の東には大きな港があり、新鮮な魚たちが毎朝水揚げされ、海鮮やお刺身などで有名になっている。
反対に国の西側には、大きな花畑が広がっており、四季折々いろんな花が咲き誇っている。
「とあっ!てぃあ!はっ!」
「まだまだ!そんなんじゃ敵は倒せんぞ!」
「くっ!」
パンッ!
「いでっ!」
「はっはっはっ!まだまだだなぁアリア!」
「痛いよお父さん!手加減してよ!」
アリアはこの国の王子だ。世界で一番平和な国とはいえ、いつ敵が襲ってくるかはわからない。いざという時のためにいつも竹刀で稽古を行っていた。
「何を言う!敵はお前みたいな十歳の子供が相手だとはいえ、手加減などしてくれんぞ!さぁ立て!」
「もう……いいじゃん!この国は戦争しないんでしょ?!やる意味ないじゃん!」
アリアは半べそをかきながら竹刀を投げ捨てた。
「アリア、気持ちは分からんでもないが、この国が襲われた時、誰が国民たちを守るんだ?」
「そりゃ……この国の兵士の人たちじゃん?」
「そうかもしれないが、その兵士たちは誰が守るんだ?」
アリアは地面に寝転がり、投げ捨てた竹刀を見つめていた。
「稽古をするもしないもお前次第だが、いざという時に兵士を守れないようじゃ国王の座はいつまで経っても渡すことはできんぞ」
目にいっぱいに溜まっていた涙を拭い、竹刀を掴み再び立ち上がった。
「来い!」
「よし!いいぞ!その調子だアリア!今日は稽古が終わったら公園に遊びにいっていいからな!」
「ほんと?!」
「あぁほんとだぞ!」
その様子を母親はベランダから笑顔で見つめていた。
ーーブーッブーッ
王宮にブザー音が鳴り響く。昼の休憩を知らせる合図だ。
「お、ブザーだぞ」
「やーっと昼飯かぁ!」
「じゃあ柵ちゃんと閉めて鍵もしておけよ」
「うーっす」
この王宮には特別なルールがあった。
昼のブザーが聞こえた時、夜のブザーが聞こえた時は全ての門番、兵士たちは業務をやめ、休憩を取ること。
平和な国だからこそ通用するルールだった。
兵士や門番が全て王宮へと引き上げていく。その様子を黒いフードを被った男が物陰から見つめていた。
「はぁ…はぁ…」
「アリア、よく頑張ったな。これで国の未来は安心だぞ」
アリアは嬉しそうに微笑んだ。
「いつかお父さんのことも超えてみせるよ」
たった一日の稽古でここまで言えるようになるのか……。子供の成長とは末恐ろしいものだ。
「そうか…楽しみにしてるよ。さぁ、ご飯にしよう」
その日の昼食はいつもより豪華になっていた。
「今日すごーい!どうしたのお母さん!今日なんかの日?」
「今日はねアリアが頑張った記念日だよ」
「おいおい、それじゃ毎日記念日じゃないか」
家族団欒の時間。お父さんとお母さんに囲まれて他愛もない会話をしながら一緒にご飯を食べる。アリアはこの時間が大好きだった。
「お腹いっぱーい!ご馳走様!ねぇ遊びに行ってもいい?!」
「おいおい食べてそんな急に動いたらこの前みたいにお腹痛くなっちゃうぞ」
「大丈夫!ちゃんと歩いていくから!」
「うふふ。この間、歩いて公園に行ったら、お腹が痛くならなかったんですって」
「そうか」
そう言いながら父親は微笑ましくアリアの背中を見つめていた。
アリアは王宮の門の前で自分の目の前に立ちはだかる柵を腕を組んで見つめていた。
「ううん……。新たな障害発見!アリア隊員突破せよ!」
アリアは柵をよじ登り、王宮の外へと出ていった。
「脱出完了であります」
王宮に向かって敬礼をした。
「さて、公園いこーっと」
ーーデイジーリーブ、南の森。
ザザッ……ザザッ……
「こちらコードネーム ウツギ」
「どうだ?」
「やはり、ブザーが聞こえた際は門番や兵士たちが皆王宮に戻るため、手薄になります」
「そうか……攻めるならそこだと?」
「えぇ。おっしゃる通りだと思われます」
「わかった。お前は作戦の準備に取り掛かれ、実行は今日の夜のブザーだ。いいな」
「了解」
ガチャッ
ーー柵を飛び越えて王宮の外に出たアリアは公園へと向かっていた。
「あら?アリアじゃないかい。おでかけかい?」
「肉屋のおじさん!今日はね公園に行くの!」
「そうかそうか。楽しんでおいで」
次期国王が一人で王宮の外を歩いている。普通は異常な光景ではあるが、この国では当たり前のことだった。
「おーい!みんなー!」
「あ!きたきた!おせーよアリア!もう始めるぞ!」
「ちょっと待ってよ!」
公園にはいつも一緒に遊ぶメンバーがすでに集まっていた。
「今日は何するの?」
「今日はね。……じゃーん!」
「おぉー!」
子供たちから歓声が上がった。
「リック!お前それどうしたんだ?!」
「お父さんに買ってもらったんだよ!みんなに貸せる分もある!やろうぜ!」
リックが取り出したのはおもちゃのヘルメットにおもちゃの銃だった。
この国の子供達の間では戦争ごっこが流行り、こういった商品が多く発売されていた。最初は批判も多くあったようだが、いつしかそういった声もなくなっていった。
「よっしゃ!じゃあ三対三な。ルールは頭につけてる風船を割られたらその人は退場。この公園のどこを使ってもいい」
「よし!早速やろうぜ!」
「よぉーし…戦闘開始!」
バンッ!バンッ!
おもちゃの銃弾が公園に飛び交う。
「よっしゃー!」
「くっそー!」
アリアのチームが一人、風船を割られてしまった。
「もう一発!」
パンッ!
「うわ!まじかよー」
もう一人脱落。アリアのチームは残り一人となった。
「リック!アリアいたか?!」
「いや、いねぇ。あいつまた影でこそこそ隠れてんじゃ……」
パンッ!パンッ!
「おぉ?!」
「え?!」
リックチームの二人が風船を割られた。残るはリックとアリアの一人ずつ。
「くそ!出てこいアリア!出てこないとお前の秘密を言っちゃうぞ!」
「え?!ちょっとやめてよ!」
バンッ!
「あ…」
アリアは頭の風船を割られた。
「もー……何やってんだよー……いつになったらリックに騙されなくなるんだ?」
「ごめーん」
「あっはっは!まだまだ単純だなアリア!お前には負ける気がしないわ!」
「なにー!もう一回だ!」
「いいだろう!受けて立つ!」
その後も子供たちは公園で銃撃戦を繰り広げた。何度も何度もチームを入れ替えながら、日が暮れるまで夢中で遊んでいた。
ーー東の港
「何者だ!貴様ら!」
港には入港許可のない大きな船が停泊していた。
「いいじゃねぇか。……そう堅いこと言うなよ……」
「そうはいかない!」
「チッ!うるせぇな!」
真っ黒なコートに真っ黒な仮面をつけた男が船首から飛び降りてきた。
「で……でかい……」
港の見張り番は二人とも背が高かったが、それでも見上げるほどだった。
「どけよ……」
「は?」
「どけって言ったんだよ!」
男が怒鳴り声を上げた瞬間、突風が吹きつけてきた。
見張り番の二人は体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。
「なんなんだお前……おい、王宮に戻って伝えてこい!侵入者が来たと!」
「行かせるわけねぇだろ!」
男はその場で殴り飛ばした。
「……っ!」
見張り番は地面に叩きつけられ、そのまま気を失った。
「世界一平和な国か……その名の通りだな……見張り番がこんなに弱いとは……」
男はその場で座り込み、身動きが取れなくなっている見張り番を蹴り飛ばした。
「うおぁ!」
見張り番は勢いよく飛んでいき、民家へと突っ込んでいった。
「キャー!」
「逃げろ!なんだこいつら!」
「こっちはダメだ!国の中心に逃げるんだ!」
その光景を見ていた国民たちが、慌てて逃げ出した。
「おいお前ら。全員降りてこい。この国を落とすぞ」
「了解」
ーー公園内。
「はぁ……はぁ……もうさすがに疲れた……」
「どうだ……はぁ……リック……参ったか」
「お前には一回も撃たれてねぇよ!」
「あれ?そうだっけ?」
「今日はもう帰ろうぜ……」
アリアは公園の時計で時間を確認する。
「あっ!もう十八時過ぎてた!夜ご飯に遅れちゃう!」
「ガキか……」
「リックも歳変わらねぇだろ!」
「おい……アリア」
「ん?」
「王宮ってあんなにオレンジ色だったか?」
「は?」
王宮に目をやると、いつもよりもオレンジ色に輝き、黒い煙がその周りと空を覆っていた。
「馬鹿野郎!あれは光ってんじゃねぇよ!火事だ!」
「え?!」
「急いで戻れ!」
アリアは公園を勢いよく飛び出し、王宮へ戻ろうとした。
「待ちなさい!アリア!ここにいたのか!」
声をかけてきたのは肉屋のおじさんだった。
「おじさん!王宮が!」
「わかってる……でも今はそれどころじゃない。お前……今すぐこの国を出るんだ!」
「は?」




