第33話:エルフの宴と、味覚の革命
霧の湿地帯から戻った俺たちを、
警備隊長と長老たちが、
幽霊でも見るような目で迎えた。
「あの磁場の狂った森を、
迷いなく進むとは……」
「それに、あのウルフの死体……」
「頭を一撃で……魔法ではないのか?」
彼らは、ミケが引きずってきた
巨大な狼の死骸を見て、
絶句している。
「ま、まあ!」
「私の魔道具による支援と、
彼らの独自の技術の融合だよ!」
フィリアが眼鏡を光らせて
ドヤ顔で前に出た。
「私の計算通りだ」
「すべては『理』に基づいている」
嘘は言ってないけど、かなり盛ってるな。
まあ、面倒な説明は彼女に任せておこう。
子供たちが親元に駆け寄る。
涙、涙の再会だ。
それを見て、ニナが
ほっとしたように微笑んでいる。
「礼をしたい」
長老が、重々しく言った。
「人間の知恵と勇気に敬意を表し、
今夜は宴を開こう」
「リェンの最高のもてなしを
受けてくれ」
「宴! ご飯だ!」
サンの目が輝く。
俺も正直、腹が減っていた。
エルフの美食、期待していいよな?
……数時間後。
俺たちは、
絶望の淵に立たされていた。
広場に用意された、美しい木のテーブル。
そこに並べられた、
「最高のもてなし」の数々。
「……これ、何?」
ミケが、
皿の上をつまんで持ち上げた。
それは、どう見ても
「生の葉っぱ」だった。
他にも、
「茹でただけの豆」
「切っただけの木の実」
「味のしない透明なスープ」
以上。
「リェンの森の恵みだ」
長老が誇らしげに言う。
「素材の生命力を、
そのまま頂くのが我らの流儀」
「火を通しすぎたり、
味を足すのは不純だ」
……マジかよ。
完全菜食主義とか
そういうレベルじゃない。
これはもう「餌」だ。
「……ブンペイ」
「私、これ無理」
ミケが耳を伏せて、
今にも泣き出しそうだ。
肉食獣の彼女に、
この草責めは拷問だろう。
サンもゴロネも、
フォークを持ったまま固まっている。
ニナは気を使って食べようとしている。
が、明らかに喉を通っていない。
シキはまあ、兎だからまだマシか。
「……はぁ」
俺はため息をついた。
せっかく命がけで戦ったんだ。
こんな侘しい飯で終われるかよ。
「長老、すみません」
「俺たち、育ちが悪いもんで」
「ちょっと『不純』なこと、
してもいいですか?」
「む?」
俺は立ち上がり、
『揺らぎ』を開いた。
取り出したのは、
カセットコンロと中華鍋。
そして、
俺の世界の「調味料セット」だ。
「フィリア、火を貸してくれ」
「な、何を始める気だ?」
「料理だよ」
「本当の『食事』を見せてやる」
俺は、店にあった巨大な赤身肉を
一口大にカットする。
コンロに着火。
油を引く。
ニンニクとショウガを放り込む。
ジュワァァァ……!!
爆ぜる音と共に、
強烈な香りが広場に充満した。
「な、なんだこの匂いは!?」
「刺激臭だ!」
「だが……何故か唾液が出る……」
エルフたちがざわつく。
俺は構わず肉を投入。
表面を焼き固め、
そこに大量の野菜(エルフの草)を
放り込む。
鍋を振る、食材が躍る。
最後に、
醤油とオイスターソース、
酒と砂糖を合わせた
特製ダレを回し入れる。
ジューーーーーッ!!
醤油の焦げる香ばしい匂い。
これぞ、暴力的なまでの
「食欲の香り」だ。
「はい、完成」
「赤身肉と野菜のスタミナ炒め」
俺は大皿にドサッと盛り付けた。
湯気と共に、
テラテラと輝く脂とタレ。
「いっただっきまーす!」
我慢の限界だったミケが、
フォークを突き刺して肉を頬張る。
「んーーっ!!」
「これこれ! これだにゃ!」
「味がする! 濃い! 美味い!」
ミケの尻尾が
扇風機みたいに回っている。
やっと「にゃ」が出たな。
飯食う時だけかよ、現金なやつ。
サンたちもガツガツと食べ始めた。
白いご飯(これも出した)が
飛ぶように消えていく。
「……ふん」
「野蛮な料理だ」
「脂と塩の塊ではないか」
フィリアが、
離れた場所で腕を組んで見ていた。
「食べる?」
俺は小皿に取り分けて差し出した。
「いらん」
「私の脳は、糖分しか欲して……」
「……いや」
匂いに釣られて、
フィリアの喉がゴクリと鳴った。
本能には逆らえないらしい。
「……研究だ」
「異文化のサンプリングとして、
味見だけしてやる」
フィリアは、震える手で肉を口に運ぶ。
そして、ゆっくりと咀嚼する。
カッ!
フィリアの目が、
かつてないほど見開かれた。
「……なんだ、これは?」
「脳が……痺れる……」
「舌の上で、旨味が爆発している……」
「これが……料理?」
「私が今まで食べていたのは、
ただの燃料だったのか……?」
フィリアの手が止まらない。
二切れ、三切れ。
ご飯をかき込む。
「美味い! 美味いぞブンペイ!」
「この黒い液体は何だ!?」
「魔法薬か!?」
「醤油だよ」
「ショウユ……恐ろしい技術だ」
「質量保存の法則を無視するほど
幸福感が増幅されている!」
周りのエルフたちも、
たまらず集まってきた。
「一口くれ」
「私もだ」
結局、俺が作った大皿料理は
一瞬で空になった。
長老までもが、
口の周りをタレだらけにして
「……悪くない」
と呟いている。
リェンの静寂な広場は、
俺の料理のせいで、
すっかり「下町の定食屋」のような
熱気に包まれていた。
俺は鍋を振りながら、苦笑いした。
やれやれ。
魔法もダメ、料理もダメ。
この世界のエルフたち、
頭は良いけど、人生損しすぎだろ。
「ブンペイさん!」
「おかわり!」
ニナが笑顔で皿を突き出してくる。
その顔が見られただけで、
まあ、作った甲斐はあったかな。
「はいよ」
「今日はとことん食わせてやるよ!」
俺の「餌付け作戦」は、
こうして大成功を収めたのだった。
……特に、
あの残念美人な天才に対しては。




