閑話:NNNとNJN
揺らぎの中の夜は静かだ。
嘘みたいに音が消えて、
誰かが動く気配だけが残る。
ミケは棚の上で丸くなり、
サンは湯を沸かしている。
ゴロネは椅子に腰掛け、
シキは壁にもたれて目を閉じていた。
ニナは少し離れたところで、
何も言わずこちらを見ている。
「なあ、ちょっと真面目な話していい?」
俺がそう切り出すと、
ミケが露骨に嫌そうな顔をした。
「やだ」
「まだ内容言ってないだろ」
「絶対やなやつ」
「いや、そんなんじゃないよ」
苦笑しながらも、俺はそのまま続けた。
「俺ね、この世界の人間じゃないのよ」
一瞬、空気が止まる。
サンが小さく息を吸い、
ゴロネが目を瞬かせた。
「……え?」
「別の世界から来たの。地球って星」
言葉にしてみると、
思ったより普通に出てきた。
「丸い星で、人間ばっかの星」
「魔法もないし、獣人も基本いない」
ミケが目を丸くする。
「なにそれ。退屈そう」
「正解。クソ退屈だった」
即答すると、
サンが少しだけ肩の力を抜いた。
「でもな、それが普通だったんだ。
家族もいたし、友達も、学校もあった」
朝は七時に起きて、講義に出る。
ダラダラして、夜更かしして、
それだけの毎日だった。
「……急に、ここに来たんですか?」
サンの問いに、俺は肩をすくめる。
「うん。ある日いきなりね」
今でも、来た直後の事を思い出すと、
少し納得いかないし、気持ち悪い。
「正直さ、来た直後は変だった。」
「怖いとか寂しいとか、
そういう感情が全部薄かったんだよ」
笑ってもどこか他人事で、
泣く気にもならなかったしなあ。
自分じゃない感じで、怖かったはず。
なのに、それすらも均されてたもんな。
ニナの指が、わずかに動く。
「……怖いですね」
「うん、怖かったなあ」
「自分が壊れてるんだなって思った」
一度息を吐いてから、続きを話す。
「でもさ、変な法則を見つけたんだ」
「気持ちが均されるのは朝七時なんだよ」
「だから、七時には外に出たら大丈夫って」
「そうするとさ、妙に胸がざわつくんだ」
「前の日の感情が残ってるんだよね」
シキが小さく頷いた。
「本で読んだわ、身体の記憶って奴ね」
「多分、そういうのかな」
それからのことを思い返す。
「手を振ってくれた子がいた」
「嬉しいって思えて心に残ってたんだよ」
子の母の、ニナが瞳を閉じる。
「でも、死んじゃってさ」
「だから、次は助けたいなって思ってた」
だからフロウムで子供探したんだ。
自己満足で、正義の味方なんかじゃない。
「みんなと暮らして、飯食って、文句言って、
子供探して、指輪渡して……」
自分で言って、少し笑ってしまう。
「気付いたら、ちゃんと感情戻ってた」
ニナが目を伏せたまま、静かに聞いている。
「……戻りたいとは、思わないんですか?」
少しだけ間を置いて、答えた。
「思わないよ」
「懐かしいのは本当だし、
家族のこと思い出すと胸も痛む」
「でも、俺は皆で生きて死ぬって決めた」
誰も口を挟まなかった。
「で、ここからが本題な」
咳払いすると、ミケが身構える。
「……やだ」
「まだ何も言ってない」
「絶対それ、ろくな話じゃない」
「地球人さ、猫獣人に弱いんだよ」
「俺と同じ日本人だと特にな」
シキの視線が鋭くなる。
「語尾が『にゃ』じゃない猫獣人なんて」
「……ありえない。世界観が壊れる」
ミケが呆れて言う。
「知らない、そんなの」
「あとな」
ここだけ、少しだけ真面目な声になる。
「地球から来たの、俺だけじゃないかも」
全員の視線が集まる。
「見つける方法はあるんだ」
「猫獣人の『にゃ』には絶対反応する」
ミケを真っすぐに見る。
「だから、今のうちに付けといて」
「地球人を見つけるためにも、さ」
沈黙。
シキが即座に言った。
「鼻の孔がピクピクしてる。嘘ね」
「……半分は否定しない」
ミケが棚から飛び降りる。
「最低」
そして、振り返りざまに叫んだ。
「ブンペイ最低にゃ!」
そのまま走り去る。
しばらくの沈黙のあと、俺は天井を見上げて小さく頷いた。
「『にゃ』か、やはりあれは良いものだ」
シキがため息をつく。
「救いようがないわね」
ニナは困ったように笑っていたが、
誰も本気で嫌そうではなかった。
「まあ、いいや。俺はここで生きるし、
猫獣人には『にゃ』を付けさせたい」
どっちも本心だ。
揺らぎの中は今日も静かで、
少しだけ居心地がいい。
逃げたミケの足音だけが、
まだ耳に残っていた。
真のNNN会員であるならば、
『猫獣人ネットワーク』略してNJNも
立ち上げないとな。




