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20 短い夏休み

 夏休み前の試験は無事に終わった。無事だったかな。先生方に「傷心ですものね」ってちょっと悲しそうな顔をされたような。

 別に落第ギリギリとかじゃなかったんだよ。僕だってかなり勉強した。

 ただ、なんていうか……。リャニスのサポート力が高すぎるんだよ。


 ともかく夏休みである。

 帰省するための船に乗り込もうとしたとき、王子に声をかけられた。

 彼は一角獣で移動らしく、一緒の船には乗らない。


「会いたくなったらいつでも呼んでくれ。ポメ化していても、していなくても」

「ありがとうございます」

 僕はニコリと笑ってお礼を言うだけにとどめた。

 王子も忙しいだろうが、実のところ僕の方も忙しい。ポメ化している暇などないのである。


 ガーデンパーティーに向けての衣装決めだとか、試験のあいだにため込んでいた手紙の処理とか、予習だってしなきゃだし。

 まず大きな問題は、衣装かな。

 母から「そろそろ自分で選んでみなさい」と言われちゃったので、今回は生地から自分の目で確認する必要がある。

 普段、丸投げしてるのバレたかな。


 今日僕についてくれるのは侍女のジョアンだ。

 ライラは昨日帰宅するや否や母上に拉致された。おそらく、婚活パーティー的なあれだろう。悲鳴を上げて拒むライラを今回も僕は見送ることしかできなかった。うーん、デジャブ。


 てか母上は、まずジョアンの面倒を見てあげたほうがいいと思うよ。

 連れ去られるライラをジョアンが物陰からのぞいていたんだけど、にじみ出る嫉妬のオーラが相変わらずのホラーだった。さっそくポメ化するところだった。


 昼過ぎ、テーラーさんが来て僕のサイズを一通り測った。

 ちなみに僕の専属は三十歳くらいのふっくらした女性だ。

「すこし、お痩せになりましたか?」

「そんなまさか! 走り込みをしているんですが、がっしりしてきたとかないですか⁉」

 思わず詰め寄ると、彼女は「うーん」と頬に手を当て困っていた。

 

 僕はすごすごとソファーに座り、生地見本と衣装のデザイン案を眺めた。

 今年はド派手に行こうかな。

 去年のアイリーザ様くらいに。いや、あの派手さを演出するのは、僕には少々難しい。

 ならばより一層奇抜に、ハロウィンのコスプレみたいにするとか。仮装と言えば――。


「クワガタ?」

 そうだ、クワガタのコスプレならさすがの王子もドン引きかもな。


 コンセプトが決まれば話は早い。

 僕はこっくりした茶色の布を指さした。真っ黒なクワガタもカッコいいけど、バイオリンみたいな赤みがかった色の個体にも憧れがある。


「これをメインにしてください! んで、こっちの透ける布は後翅にします!」

「うしろばね……?」

「そうです。この薄い黄色の生地に茶色の糸で模様を入れたら翅っぽくないですか」

「はあ」

 テーラーさんがきょとんとしているが、僕は自分の妄想を完成させるほうを優先した。

 

 クワガタらしさを出すには、足よりもやはりツノだろうか。

 昆虫の裏面ってちょっと気持ち悪いもんね。


「そうだ。黒い石を瞳に見立てるのはどうだろう。こう、ツルっとした感じの、丸いやつ」

「坊ちゃま、もう一色選んでいただけますか」

 ジョアンに言われて、僕は上の空で赤ワインっぽい色の布を指さした。


 そして気づいたら、話し合いが終わってた。

「あれ? 僕の意見、ちゃんと伝わったかな?」

「もちろんですとも。お任せください」

 ジョアンが淡々と請け負うので、とりあえず信じることにした。何せ僕は、忙しいのだ。


 といってもライラが不在なので、できることは勉強か手紙の処理くらいだ。勉強の方がまだマシだな。

 僕はしばらく机に向かっていたのだが、ふと手元が暗いことに気付いて、窓の外を見た。

 空は暗く、今にも雨が降り出しそうだった。


 夕食は父上と二人でとった。ちょっと珍しい。

「では、リャニスはこの休み、戻らないのですね」

「そう聞いているよ」

 この世界の夏休みは短いから仕方ない。

 だけど、秋には帰ってくるよね?

 父上には悪いが、その日の夕食は味気ないものとなった。




 朝は訓練だ!

 張りきっていたのだが、そういえばライラは帰って来たのだろうか。姿を探してギョッとした。

 なんか、やつれてるんだけど。


「ライラ、大丈夫? 疲れたんなら休んでていいんだよ」

「ですが、坊ちゃまはこれから訓練ですよね」

「まあ一応」

「お供いたします。是非一緒に走らせてください」


 なんか必死だったので止めきれず、結局いつも寮でしているようにライラと走った。

 今日のライラはすごい。鬼気迫る勢いだ。僕がノルマを終えてもまだ止まらない。そろそろ戻らないと朝食の時間に遅刻しちゃうな。


 そわっとしたのがわかったのか、ライラはイノシシみたいに駆けてきて、僕の前でピタッと止まった。彼女は息を切らしているものの、走ってすっきりしたのか、顔色はむしろ良くなっている。数回頷いて力説した。

「やっぱり、あたしは坊ちゃまと走るほうが楽しいです!」

「そ、そう? よかったよ」


 こっちは跳ね飛ばされちゃうかと思ったけどね。

 僕が若干引いてしまったことには気づかなかったようで、ライラは言葉をつづけた。

「あたしはやはり、ああいった場所は苦手です」

 うお、また表情が死んじゃった。

 

 着替えの仕上げを手伝ってもらいながら、僕はライラの話に耳を傾けた。


「奥様が今のままではダメだとおっしゃったんです」

「というと?」

「自分の実力を他人にたやすく気取られるなと」


 僕はニコッと笑いつつ内心で首を傾げた。ライラは昨日、武者修行に行ったんだっけ?

 なんでもライラは、母上から叱られてしまったらしい。

 僕の想像だけど、たぶんこんな感じ。


 ライラ、あなたは強くなりました。ですがそろそろ荒ぶる戦意を隠すことも覚えなくてはなりません。真の強者とはその実力を、たやすく相手に気取らせないものです。


 とかなんとか言ったんだろう。

「だけど、母上だって隠せてないよね?」

「いいえ、奥様が本気を出したところ、あたしはまだ見たことがありません」

 そうなの? ゾッとしちゃうね。


「相手に実力を気取られないようにする、というところまでは納得できたんです」

 続きは食堂へ移動しながら聞くことにした。

 どうやらライラはかなりがんばってしおらしく振る舞ったらしい。ところがそれをいいことに、図々しい態度を取った男性がいたようだ。

「言葉だけではうまく躱せなくて。次回のガーデンパーティーでも、実力行使は禁じられてしまいましたし」

 そりゃそうだよ。

 とはいえどうしたもんかなあ……。

 ライラがずーんと沈んでしまうのを見ていたくなくて、僕は必死に頭を働かせた。


「わかった。僕に考えがあるよ!」

 ライラに請け負って、僕は母上に約束を取り付けた。




 こうして慌ただしく夏休みが終わり、授業が再開した。

 その数日後のことだ。

 サンサールが遠慮がちに声をかけてきた。

「ノエムート様、今年は奉仕活動に出かけないのですか。リャニスがいないとやはり難しいですか?」

「奉仕活動!」

 なんてこった。すっかり忘れてたよ。





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