幕間 兄たちの暗躍
薄暗い部屋の中、豪奢な衣装を纏い椅子にどっかりと腰掛けるのは、キアノの兄ガエタンだ。
キアノは彼の前に跪き、兄が指でひじ掛けを叩く耳障りな音にじっと耐えていた。
「急に呼び出してすまなかった」
「いいえ、兄上のお呼びとあらば」
キアノは顔をあげぬまま答えたが、ガエタンの視線がじっとりと絡みつくのを感じた。
ガエタンは王位を欲している。そして、自分の望む価値ある立場を、誰もが狙っていると思い込んでいる。
キアノの望みはノエムを花嫁として迎えることだ。もともと男の花嫁を与えられた身だというのに、今になって王位争いの中に投げ込まれても興味など持てるはずもないのだ。
だが、ガエタンにはそれが理解できないらしい。
キアノのことを危険だと思っている。だからこうして、大した用もないのに呼びつけて自分に忠実か試そうとするのだ。
「面をあげよ」
指示に従い、キアノはほんの少し頭を上げる。二度目の許しで顔をあげると、ガエタンは満足そうに口の端を上げていた。
ガエタンを次期王にと推す声が多いのは、やはりこの一見扱いやすそうに見えるところにあるのだろう。
礼節を守り、下手に出れば彼を動かせるのだと。
残念ながら、そこまで単純ではない。
「ずいぶんとめかしこんでいるようだが、誰と会うつもりだったのだ」
「ノエムートです」
そう、ガエタンに呼びつけられさえしなければ、今頃ノエムに癒されていたはずだった。押し込めていた不満を隠すため、キアノは笑みを浮かべた。
ガエタンはキアノの言葉の裏を探るように目を細めた。
「本当です、兄上。私の花嫁と会うつもりでした」
「花嫁という割に、なかなか婚約を結ばないではないか」
「ノエムートの意思を尊重したいのです」
キアノとて婚約できるものならしておきたい。なんなら今すぐにでも式を挙げたい。けれどノエムの意思を踏みにじる気はない。
けれどこちらの事情など知りもせず、ガエタンはおそらくこう考える。男の花嫁を貰う予定だというのは目くらましで、本当はキアノが王座を欲しており、背後から自分を刺すつもりなのではと。
「男を惑わすトルシカの血筋か。理解に苦しむな」
嘲笑されてホッとするというのもおかしな話だが、もしもノエムを望むと言われたら、全力でガエタンを追い落とさなくてはならない。
平和が一番だと微笑んだところで、ふと視線を斜めに上げた。
「思えばエシャーサの時もひと騒動あったな。いや、今でもあやつは騒動の中心か」
その口ぶりに、キアノはガエタンを見澄ました。
「ノエムートの兄のエシャーサですか。兄上は、あの者と交流があるのですか」
「便りをよこすのはジレイシーだ。……そうか、ではこれも知らぬか。エシャーサは魔女との間に男児をもうけたそうだぞ」
キアノはほんの一瞬だが、目を見張ってしまった。
トルシカ家は行方不明のエシャーサの代わりに、リャニスランを養子としたはずだ。
この事実を、ノエムや彼の両親は知っているのだろうか。
動揺を悟られたのは失敗だが、ガエタンは気を良くしたようで、さらに言葉をつづけた。
「今、あやつはザロンにいるそうだ」
「ザロンですか」
リャニスランがいるのもザロンだ。
これは偶然か?
いや、それよりも。
情報源がジレイシーであるならば、この件イレオスも知っている可能性が高い。だが、キアノは何も聞いていなかった。
遅れを取った――。
舌打ちしたい気分をぐっと抑え込む。
旅の紋章家のジレイシー、嵐の紋章家のイレオス、そしてガエタンは同年だ。二人がガエタンに与すると言っても別に驚くことでもないが、問題はリャニスランだ。
あのリャニスランが、ノエムの側を離れるからには何かあるのだろうと思っていたが……。
彼はエシャーサのことを、知っていたのだろうか。
キアノは表情を繕うことも忘れて考え込んだ。視界の隅ではガエタンが勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。




