4 ポーション作り
カードがそろったところでポーションを作ることになる。
僕とレアサーラは結局、毛染めの材料しか集められなかった。
「これが強制力か……」
「ノエムート様がイレオス様のおっかけなんてしてるから」
「おっかけてなどおりませぬ」
僕は慌てて否定して背後を振り返った。いまは授業中だ。王子がいるわけもないのだが。イレオスの話になるとひょいと現れるから油断できない。
「みなさん、カードを持って集まってください」
先生の号令に従い、まずは僕が進み出る。こういう時はいつも僕が最初なんだよね、なんとなく身分順になる。
紋章家に身分の上下はないのだけど、リャニスが僕をたてるのと、レアサーラとクリスティラがこだわりのない感じなので。
「あら、これは……? ノエムートさん、これはどこで見つけましたか?」
先生がつまみ上げたのは、白紙のカードだった。
僕はレアサーラと顔を見合わせた。
あれは、カード探しもいよいよ最終日となった午後のことだった。
「はー、これでようやくノエムート様のお守りから解放されますね」
なんて肩をトントン叩くレアサーラをしり目に僕は集中力を発揮していた。
最後だと思うとやる気になるアレである。
「ここだ!」
自信満々で石造の裏を覗き込んだその時、体がぶるると震えた。
え、なに今の。なにやらおぞけが。
だけどこの感覚は知っている。ときどき、イレオスに感じる恐怖と似ている。
「ノエムート様!?」
どうやらポメ化してしまったが、僕は好奇心を優先させた。だって、カードが、ここに!
爪でカードをカリカリしていると、レアサーラは僕と一緒に回収してくれた。
「あら? このカード何かおかしいですね」
「見せて見せて!」
彼女の腕の中で身を乗り出すと「暴れない」と一喝されてしまった。ごめんね。
レアサーラは近くのベンチに僕を運んで隣に座ると、カードを見せてくれた。
「白紙?」
「いいえ、表面に何か書いてありますね」
確かに書いてはあるけど、やけにシンプルだ。書かれている文字も変だった。
「これ日本語に見えない?」
レアサーラはそんなまさかと否定するが、見れば見るほど「ワ」だった。本来のカードなら数字が書いてあるところにはなぜかカタカナでシとある。
「僕、こっちの世界でほかにも日本語を見たことがあるんだよね。馬糞変換装置のそばで。『ウマノフン』って書いてあった」
「なんですかそれは」
「わかんないけど、それも暗号っぽくない?」
「イタズラでは?」
「僕たちのように前世を持つ人がいて、コンタクトを取ろうとしているのかも」
わくわくする僕に対して、レアサーラは静かな声で呟いた。
「もしくは、何かの罠か」
彼女がとことん否定的なので、僕はちょっと呆れてしまった。
考えてもわからなかったので、ひとまず知らんふりで提出しようという話に落ち着いたのだ。
僕が回想しているうちに、先生へ返事をしたのはレアサーラだ。
「温室のそばです。何か問題がありましたか?」
「それ、わたくしも持っています」
「私もです」
クラスメイト達からも声があがった。
「あー、それ……」
「サンサールも見つけたの?」
興味本位で尋ねると、彼はギュムっと眉を寄せ、マスケリーを指さす。
「見かけたんだけど、こいつが怪しいものには触るなっていうから」
「私のせいにするな。おまえが蛇に気を取られたんだろうが」
へびってことは、あのときかな。
「ノエムート様、申し訳ありません。もしやご興味が?」
「まあ少しね。けど謝る必要はないよ」
僕だってあのときは近くにいたのだ。
というわけで、結局集まった白紙のカードは僕が見つけた分を含めて三枚。それぞれ「ワ」「ク」「ブ」と読める。
なんだこれ?
「先生、それ貰ってもいいですか」
「そうですねえ……危険がないか調べたあとなら」
先生の反応を見る限り、学校側で用意したものではないらしい。やっぱり誰かのイタズラなんだろうか。
「はい。それでいいです」
たぶん課題のカードと同じなら四枚集めればいいはずだ。最後の文字が非常に気になる。
だが今はとにかくポーション作りだ。
僕とレアサーラはカードと交換で四本の小瓶と滑石を貰った。
瓶の中身は粉で、色の三原色+白色が入っている。つまりマゼンタ、シアン、イエロー。
これで好きな色を作りなさいってことらしい。
レアサーラは心底嫌そうにため息をついた。
「どうしたの?」
「原材料にどうしても抵抗が……」
「あー」
この粉の原材料はカラーパウダーバタフライ。つまり、蝶の姿に似た魔獣である。よく見ると、それほど昆虫っぽさはないんだけどね。触った感じはどちらかというと貝殻みたいだ。
それでも粉に加工された状態で良かった。
奴らの色素は大変強いもんで、鱗粉をすこし浴びただけで体も服もカラフルになっちゃうんだよ。春先に大量発生すると本当に大変なんだ。
しかしうまく加工することで、化粧品になったり毛染めになったりするわけだ。
うちでは事業にしていないけど、確かドードゴラン家あたりが荒稼ぎしていたはずだ。
毛染めをつくるには、色粉と削った滑石の粉、それにオイルが必要だ。
オイルや水、塩なんかは共有の材料を使うようだ。
そういえばリャニスはなにを作るのかなと覗きに行って驚いた。
「え、リャニスそれって」
惚れ薬の材料じゃない!?
驚いているとリャニスは困ったように微笑んだ。
「ええ、はい。そうなんです」
「え、どうする気!?」
自分で飲むの? それともクリスティラ様と交換で!?
それとも――ぐるぐる混乱していると、レアサーラに襟首を引っ張られてしまった。
「はいはい。まずは自分たちのぶんですよ!」
「ふぁい」
でも僕は気になって、滑石をやすりで削りながら何度もリャニスたちを盗み見た。
レアサーラが隣で激しくくしゃみするのも構わずゴリゴリして、鼻をつままれるなどの一幕があった。
「真面目にやりなさい!」
レアサーラの口調もお母さんじみてきた。
まあね、余所事に気を取られてうっかり髪をドブ色に染めちゃ大惨事だしね。
聖女の代わりに「それはそれで可愛いよ」なんて王子のキラキラを浴びる羽目になっちゃう。
そんな失敗、悪役令息の名がすたるってもんよ!
僕も調合に集中するぞ。
色粉、滑石の粉、そして油を少々。乳鉢で混ぜながらギフトを込めていけばいい。肌荒れしないかなって心配になるけれど、自分で作ったポーションなら副作用も少ないハズ。
それにしてもどうやって染めよう。
テストの際は自分の髪につけるわけだけど、侍女を呼ぶわけにもいかないし、上から適当に振りかけるってわけにもいかないだろう。制服まで汚しちゃいそうだ。
最初は、洗えば落ちるヘアワックスを作ろうと考えた。
けど、面白みに欠けるかな。
毛先にちょっと付けただけで、バケツツールばりに一瞬で染まれば、パフォーマンスとしては楽しいよね。
どうやったら実現できるかな。
吸取紙ならぬ吸取髪を目指せばいい?
媒染液のように、髪にギフトをみなぎらせてから毛染めを染み渡らせるとか。
みんな驚くかな。考え出すとわくわくしてしまう。
色はどうしよう。
マゼンタと白、それにほんのり黄色も入れようか。目指すは桜色だ。
絵を描くのも、こういう時の練習になるのかもな。
混ぜるうちにとろりとしたクリーム状になったけど、理想としては、もう少し水っぽくしたい。
授業時間いっぱい工夫を凝らして、僕のポーションは完成した。
とはいえ、試用は来週の授業までお預けである。くーっ、気を持たせるね。
「レアサーラは何色にしたの?」
「黒ですね」
おー、それはだいぶ雰囲気が変わるね。彼女の髪は明るいオレンジ色だから。
納得しかけた僕だけど、疑問が残った。
「ピンクにしないの?」
「ご冗談を。必要ありません」
必要ない、とは?
いや、そうか。いま彼女は王子と丁度いい距離感を保っている。それなら、あえて嫌われる理由もないか。