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3 発声練習

 早朝、トルシカ家の庭に僕の声が響き渡る。

「あえいうえおあお!」

「声が小さい! 腹から出しなさい!」


 うん、母上の声のほうが響いてるね。

 母上は忙しいので、こうして早朝にレッスンを受けている。これが済んだら朝食で、そのあとは脚本を読んだり、舞台についての勉強。昼食前にストレッチと筋トレ。食後は睡魔と戦いながら社交の知識を身に着ける。ダンスレッスンのあと発声練習。お風呂に入って夕食後は母に本日の成果を発表する。


「ぴゃ ぺ ぴ ぴゅ ぺぴょぴゃぴょ!」

「その調子で進めなさい」

「……はい」


 この後ようやく自由時間なのだけど、すでにへとへとで何もできそうもない。だけど、自室に入るまでは姿勢を崩すわけにはいかなかった。すれ違う使用人たちは母の目だと思っていい。


「兄上!」


 あと数歩で休めるぞと思った時、後ろからリャニスに声をかけられた。

「リャニス、仕事は終わったの?」

「まだですが、少し休憩をいただきました」


 リャニスはトルシカ家の当主になるため、父上にくっついて回っている。

「そっか、まだなんだ」

「はい。父上の仕事が終わるまでは」

「立派だなあ……。僕はもう疲れたよ。リャニス、あまり無理はしないようにね」

「はい、兄上も」


 リャニスは真面目に答えたあと、そっと身をかがめた。

「おやすみなさい。――それだけ言いに来ました」


 何だろう、微笑まれたわけでもないし、王子みたいに触れてくるわけでもない。それでも注がれるまなざしにとんでもない熱量を感じた。

 え、前からこうだった?


 僕は少々とまどって、口元をふにゃふにゃさせたまま頷いた。

「う、うん。おやすみ、リャニス」

 リャニスの要件は本当にそれだけだったらしく、ほんの一瞬頬をゆるめて僕に背を向けた。


 ぱたんと扉を閉めたあと。僕は腕を組み余裕の笑みを浮かべた。


「なるほどね?」

 内心は、かなり混乱していた。


 リャニスが婚約者候補に名乗りを上げたとき、当然断るつもりだった。

 義理とはいえ弟が婚約者だなんて変だし。

 だけど「チャンスをください」などと懇願されて、断り切れなかった。

 僕は自覚のあるタイプのブラコンで、弟にはすこぶる弱い。なんでも叶えてあげたくなっちゃうんだよね。


 ……いや、さすがに今回は違うだろって思ったよ。

 ただ、「ではこのまま殿下と結婚する気ですか」と問われて迷っちゃったんだよね!

 キアノのことは好きだ。だけどそれはライクであってラブではない。

 

 僕は彼の花嫁になるにはいろいろと不足……というかポメ化という余計な要素がくっついている。あと病弱と思われている。そのため反対の声も大きいのだ。反対派の筆頭で旗を振るのはキアノのお母上!


 キアノには悪いけど、艱難辛苦を乗り越えて絶対結婚するって程の情熱がないんだよ。

 そう、リャニスの提案は、自分なら猶予を捻出できますよというものだった。

 さすがだよ。絶妙に断りにくいところをついてくるんだから。

 

 だけどリャニスの執着心も侮れない。

 なんせずっと行方不明だった長兄とその息子を探し出し、後継者問題を鮮やかに解決。両親を味方につけ、神々の後押しまで――。

 そうやって、婚約者候補に踊り出たのだから。


 なぜそこまでして兄を娶ろうとするのかな!

 キアノもリャニスも、ひょっとして僕の性別忘れているんじゃ……。

 裸踊りでもしたら正気に戻るかな。


 なんて馬鹿なことを考えていたせいか、その日はなかなか寝付けなかった。


 翌日、僕は母上に連れられてわが家で働く人々の仕事ぶりを見学をしていた。

 掃除や洗濯など忙しそうにしている。

 ――というか、母がいるのでとてもやりづらそうである。


「実技はいいんですか?」

 僕は前世持ちなので、雑巾がけだって出来ちゃうよ。

「ペースが乱れては迷惑です。掃除の練習なら自分の部屋でなさい」

「なるほど、そうします」


 とにかく見て覚えろということらしい。調理場をのぞき、庭師の仕事に感心し、あちこちぐるぐる回る。

「あの、一日で全部覚えるのは無理なんじゃないでしょうか」

「イメージできることが大事なのです」

 母は重々しく答えた。


「午後は市井(しせい)を見ていらっしゃい」

「え、いいんですか!?」

「遊びに行くわけではありませんよ。生活を見に行くのです。もちろんそのままではいけません。トルシカ家の子息だと、バレないようになさいね。おかしなポーションやらずいぶんため込んでいるのでしょう」

「ご、ご存じでしたか……」


 スクールの二年生で習って以降、僕はポーション作りにはまっている。

 そりゃ髪や目の色を変えたり、わざと薄汚れた感じに見せたりするくらいはできるけど……。

「ですが母上、多少の変装くらいでは僕の可愛さは隠せませんよ!」

「それはそうでしょう。ですがあなたには、他にも手だてがあるでしょう」

「まさか、母上……!」


 そのまさかだった。母上は、僕にポメ化して街へ出かけろと言うのだ。

 犬の姿では自分を守ることすらできなんですけど!?




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