11/06/某日 本庁オフィス:趣味、北朝鮮研究?
前話に続く、番外編というより官庁訪問の再現
人事課との会話含めて8割実話(ただし大学の部分は他の学生の失敗例となります)
あと学生の外見は適当です
朝の一一時、もう少ししたらお昼。
休憩に入れるし頑張ろう。
内線が鳴る。
「はい、流川です」
「弥生ちゃん、時間大丈夫? 官庁訪問の学生の面接頼みたいんだけど」
「東大法学部なら拒否権を行使させていただきます」
「大丈夫、弥生ちゃんと同じK大だよ」
それならラッキー!
しばらく隣に座る相性最悪なネズミ面上司を見なくて済む。
電話を切って、段原補佐に声を掛ける。
「すみません。面接呼ばれたので行ってきます」
「いいねえ、キャリアさんは。何度も遊ぶ時間作れてさ」
遊びじゃねえよ!
お前こそ何度同じ嫌味を言えば気が済む!
……とは言えない、こんなバカでも一応は上司だ。
頭を下げる。
「忙しい中抜けさせてもらい申し訳ございません」
段原補佐がフンと鼻を鳴らす。
「先日みたいに慌てて帰ってくることないから、ゆっくりしておいで」
死にやがれ!
※※※
──人事課に寄って応接室に入る。
待っていた学生は色白な小太りさん。
中途半端に伸ばした髪に、ほっぺたはもちもちつるつるした下ぶくれ。
一見して大人しそうなおかめさん。
しかし細い目の奥には攻撃性を秘めている。
正直、あまり良い第一印象とは言えない。
小太りは仕方ないんだけど、髪は切ってきてほしかった。
「お待たせしました。初めまして、流川弥生と申します」
「K大経済学部、古江真一です。よろしくお願いします」
公安庁に限らずだが、官庁訪問では同じ大学出身の職員を紹介することがままある。
職員は話題を振りやすいし、学生もリラックスして話しやすいから。
というわけで、早速話を振ってみる。
「K大なんですか。私もそうなんですよ」
「そうですか。私、あまり学校行ってないのでK大のことはよくわからないんです」
いきなり話が途切れてしまった。
「ゼミは?」
「入ってません」
「サークルは?」
「入ってません」
「大学入学したての頃も?」
「K大のみんなってチャラそうなので、抵抗ありまして」
K大だと四割はゼミに入れないし、最近じゃサークル離れ進んでるからこんなものかもしれない。
だから他に話せることがあるなら、ここで特段マイナスにするつもりはない。
でもチャラいだけじゃなく、漫研とかのオタク向け文化系や司法研などの意識高い系団体だってあるんだけどな。
行動に積極性がない点と自ら話題を作ろうとしない辺りで、ますます負の印象を強めてしまっている。
仕方ない、普通に面接しよう。
訪問票を見る……。
「趣味、北朝鮮研究?」
目に入った瞬間、つい呟いてしまった。
その途端、古江さんが目を爛爛と輝かせる。
「はい!」
俺は何か地雷を踏んでしまった。
そのことは悟った。
古江さんが声を張り上げる。
「ぜひ、私の研究の成果を聞いて下さい」
聞いて下さいって。
普通は「聞いていただけますか?」あるいは「話しても構いませんか」だろう。
会話は相手があって成り立つもの。
まずは意向を確認することから始めないと独りよがりという印象を与えてしまう。
もうこの時点で俺の評価は決まってしまったようなものだが……。
ただ自己PRに繋げるのかもしれない。
評価に反映させるのは、話を聞いてからでも遅くはない。
どっちにしろ話したいというものを断れないし、ここは最後のチャンスと思って聞いてあげよう。
「どうぞ」
「現在の北朝鮮における戦力は……」
いや、そんなところから話す必要ないんだが。
というか、普通は「どんな仕事をやってるんですか?」って聞くだろう。
勢いに押されて北朝鮮担当なのを言いそびれてしまった。
──一〇分後。
「北朝鮮の核開発の状況は……」
あのさ、相手を見てから説明してくれないか?
なんせ役所にいる間はひたすら北朝鮮、北朝鮮、北朝鮮。
ずっと北朝鮮漬けなんだから、嫌でも詳しくなる。
学生相手に威張っても仕方ないが古江さんが今話していることよりは遥かに知っている。
北朝鮮分析始めて数ヶ月の俺ですら。
というか私生活でまで北朝鮮研究するなんて、俺から見たら狂気の沙汰としか思えない。
あるいは「知っていても楽しませる」ように話してほしい。
その場合は話術を評価できるのだから。
──二〇分後。
「金正日の健康状態に不安がある現在……」
どっかで俺が読んだ雑誌記事をそのままなぞって話してる。
記憶力は認めてあげよう。
でも、それを鵜呑みにしているのを晒すのはむしろマイナスだぞ。
その記事をどういう人がどういう背景を持って書いているのか。
表に出てない事情を知れとは言わないが、せめて独自の着眼点が欲しい。
──三〇分後。
「日本国内においても本国の工作員が潜伏しており……」
普通ここまで話すなら「続けてもいいですか」くらい聞くのが筋だ。
にっこり笑い続けてられる俺って成長したよなあ。
ああ、そうだ。
その話続けていられる肺活量は認めてあげよう。
──四〇分後。
「科協が……」
今日のお昼は何食べようかなあ。
有楽町まで出るの面倒だしなあ。
地価の社員食堂でいいや。
高い割に美味しくないけど、銀ムツの照り焼き定食だけはお薦めと思う。
──五〇分後。
「※※※※※※」
○×△□、○×△□、▼■○×△□。
○×△□、○×△□、▼■○×△□……。
──六〇分後。
「警察庁は在日を罪状でっちあげてでも全員逮捕して我が国から根絶やしにすべき、自衛隊は今すぐ先制攻撃をかけて平壌を陥落すべき。以上が私の主張となります」
やっと終わったか。
最後は治安官庁を回るにあたって、絶対言ってはいけない言葉で締めやがった。
「素晴らしい! 貴重なお話を聴かせていただきありがとうございました!」
古江さんの細い目から歓喜の涙が流れる。
「私こそです! ずっと私の話を頷きながら聞き入って下さって、こんな方初めてです!」
悪いけど何一つ覚えちゃいねえよ。
「ところで第一志望は公安調査庁、第二志望は警察庁、第三志望は防衛省ということでしたよね」
「はい」
「本当にそうなんですか? 先程も警察庁と自衛隊で話をしめくくりましたよね」
内局と制服組を一緒にするのもどうかと思うが。
「いえ、本当です」
「公安調査庁の面接は本音ベースで大丈夫ですから。ここだけの話、私も警察庁落とされて、仕方なく公安調査庁に入ったんですよ」
大嘘だけどな。
俺は最初から公安調査庁しか考えてなかった。
無理ゲー大好きなドMゲーマーゆえ、三流官庁のし上げる方が面白そうに感じたから。
「実はその通り、警察庁が第一志望です──」
古江さんが気まずそうにおずおずと口を開く。
「──でも、流川さんみたいな素晴らしい方がいらっしゃるなら、本当に公安調査庁を第一志望にしたいです!」
「官庁訪問は人生の大勝負。職員の印象なんかで軽々しく希望を変更しちゃダメです。行きたいところ回らないと絶対に後悔しますよ」
「そうでしょうか……」
ここぞとばかりに、にっこり笑う。
「そうですとも。私も古江さんを応援しますから!」
「ありがとうございます! 警察庁、頑張ってみます!」
「頑張って下さい!」
古江さんが退出した。
──チェックシートに「×」をつけて、人事課に持っていく。
受け取った横川さんが不満げに叱責してくる。
「弥生ちゃん、時間掛かりすぎ。三〇分で切ってくれないと」
「私に言わないでください! よくもまた、落としたい学生回してくれましたね……」
同じ学校だからと思いきや。
完全に裏をかかれた。
「きっとサクッと切ってくれるかなって。正直予想外だよ」
「来客の話はこちらから遮れない、これは社会のマナーと思いますが」
「あんな自分のことしか考えてない学生にマナーなんて考える必要ないよ。間違いなく、どこの官庁も内定出さないから」
「当たり前ですね」
民族差別に北朝鮮開戦を口にする学生なんて危なくて採用できるか。
特に後者は、そういう事態を回避するために俺達が働いてるんだから。
「でも、また来たらと思うと頭痛いなあ。あのタイプってお引き取りしてくれないから」
「警察庁に誘導しといたから大丈夫だと思いますよ」
「あなたのため」を装って厄介払いするのは官僚の基本的な会話術。
あんなのに乗せられる程度では、いずれにせよ霞ヶ関は無理だ。
警察庁よ、超一流官庁の務めとして俺達の代わりに彼から恨まれてくれ。
「さすが弥生ちゃん」
「というわけで、今度こそまともな学生回して下さいね」
──お昼を済ませたら一三時を回ってしまっていた。
休憩も取らず二‐三に戻る。
すると段原補佐が例のごとく嫌味を言ってきた。
「一一時に出て行って帰ってきたのは一三時すぎ。さすが貴族暮らしなキャリアの弥生君、ゆっくり心ゆくまで休憩とれて羨ましいなあ」
警察庁の誰かさん。
あなたの昼休憩も潰れてしまうこと、心より祈ってます。
やっぱり不幸はみんなでわかちあわないとね!
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