後
「久しぶり。」
小野寺さんとの仮婚約発表の日、私は彼にあった。
「氷姫ちゃん。」
「怜?」
婚約発表のその場で、招待された一人らしかった。
私のことを氷姫と呼ぶのは、大学生の同級生の中でも面と向かって言うのは、こいつだけだった。
大人っぽくなっている容姿に、男の子はやっぱりまだ成長するんだと納得する。
思い出に浸っているさなか。
チクチクと刺さるような視線を向けられる。
私は何かしたのだろうか。
そう思うと同時に、あの約束を思い出す。
まだ、覚えてるわけじゃ…ないよね?
「ねえ、氷姫ちゃん。
君は小野寺の御曹司の事をどう思ってるの?」
「怜、それは…。」
「私の婚約者に手を出さないでいただけますか、東寺社長。」
いきなり私の後ろから出てくる。
手を置かれた肩に、ピクリとまだ拒否反応が出る。
いち早く察知し、硬くなるからだを更に抱き寄せる我が婚約者どの。
「私達は愛し合ってここに結ばれるのです。いくら大企業の東寺様とはいえ、難をつけることは許しませんよ。」
「柚姫。この男を愛してるのか?」
イライラとした小野寺さんの空気に恐れをなし、私は彼の前で言う。
「え、え。愛しておりますわ。」
気丈に、言ったつもりだった。
ロングドレスを着ていてよかった。
足の震えが丸見えになる所だった。
「…許せないなあ。」
いきなりの不機嫌な声に、思わず顔を上げる。
「たとえ嘘でも。
君がそんなことを言うなんて。」
「だって…。」
「柚姫。行こう。
東寺社長。これくらいで失礼します。」
そう言って腕を引っ張る小野寺さん。
私は背中から感じる冷気に、思わずゾッとした。
「待て。小野寺。」
早足だった小野寺さんは、不機嫌そうに怜を見やる
「なんでしょう。」
「脅しの結婚は良くないなあ?」
そう言って流れ出したのは、私と父の通話。
そして、小野寺さんと私のお見合いの会話。
全てが流れている。
でもこんなものを流したって、評判が落ちるだけのもの。
会社にとっては痛いことだが、何をしたいのか。
「こんな約束をしたんだ。
政略結婚なんて名前はいいものの、柚姫の父親は娘を売り、それを承知でお前はこいつを買った。
たかだか十三億の為に。」
「だからなんだと言う。
柚姫の許可は得たんだ。」
「こんなの脅しと言わんでなんという。」
冷たく一瞥し、私の腕を取る。
今度はするりと抜け出せた。
「こっちへおいで。
君のお父さんの会社は、俺の系列店が買収した。
こっちにいる意味がない。」
嘘だとわめく小野寺さんに、更に追い打ちをかけるように言う。
「この会社の裏金。
暴力団に回ってるんだって?」
警察に資料提出したから。
そう告げ、私の手をむんずと掴み、外へ出る。
会場は修羅場の中、まだ騒がしい。
立派な黒塗りの車に一緒に押し込められ、そのまま運転手の操縦で発進する車。
「約束は守れよ。」
この時を待っていたんだと言わんばかりに微笑む東寺怜。
こいつがこんなに権力のあるやつだなんて知らなかった。
だって、お金持ちのかよう学校は他にいっぱいあったのだから。
「首輪つけてあげよっか。
足枷もいいね。」
私の頬に手を添わせ太ももあたりに手を置く。
「約束は…。」
「覚えててくれたんだね。
君が嘘でも誰かを愛すのは許さない。
君に触れていいのは俺だけ。」
混乱のさなかであろう会場はもう見えない。
「怜…。」
「可愛い声を出さないで。
運転手がいる。」
「お願い、帰らせ」
「あいつを愛していると言ったんだ。
俺を愛せるよね。」
やっぱりこいつは狂ってる。
でも。
拒否反応はない。
小野寺さんに触られた時のように、震えは来ない。
「随分、楽そうだ。
あの男にだかれている時は…怖がってたのに。」
「安心してるの。
なんだか、とても眠くって。」
ぼーっとする頭は、もう何も考えられない。
「君は、俺だけを見てればいい。」
これは…狂った恋のお話。
これでいったんは終わりますが、番外編を何本か執筆したいとは思います。
お読みいただきありがとうございました。




