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ゆずき  作者: 護守 紫
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私の人生を変えたのは、一本の電話だった。

ちょうどお昼時。

同じファミレスに入った時のこと。


「ゆずちゃん、携帯鳴ってる。」

「でなくていいよ。」


私は初めてかかって来るその着信に驚いたのだが、今更父親との接点なんて必要ない。


「やまないね。」


十秒、二十秒と震えるバイブ音。

私は携帯を持って立ち上がった。


「でるの?」

「すぐに切るから。」


店の外へ出ると、ふわりと涼しい風が私を包む。


これで着信が切れていたらとおもっても、現実は甘くない。


「もしもし。」

「柚姫か?」


私の携帯なのに他に誰が出るって?


「そうよ。今更何?」

「お前は私の娘だ。」

「今更なんなの?」

「投資をしてくれる企業が見つかった。

大企業だ。」


父は、N企業の名前を出す。


「あら、それは良かったわ。

お祖父様までが一生懸命大きくしていた会社ですもの。」

「結婚しろ。」

「…は?」

「企業の御曹司がお前を気に入ったらしい。

写真を見せたら大喜びだ。」

「なにいってんの?」


某然と立ち尽くす。

周囲の事なんて気にしていられない。


「容姿がいい娘を持って助かった。

さっさと仕事を辞めて戻ってこい。

一人二人減った所でどうにでもなるだろう。」

「あんた、今更父親ずらして!」

「ああ。するつもりなんてない。

あの女の子だ。

手元に置いておいたら、不幸になる。

助かったよ。

先方がお前なんかを気に入ってくれて。」


あんたたちが、勝手に私を産んだんじゃない。

あの女の子?

全部あんたが悪いんじゃない。

母の浪費ぐせだって、あんたが家族をほったらかしにしたからじゃない!?


「嫌よ。」

「なに?」

「いやって言ってんのがわからないの?」

「子供みたいなことは言うな。」

「私はあんたに必要とされてないんでしょ?

だったら一人で生きて行くから黙ってて!」


とめどなく涙が流れる。

私にもこんな激しい喜怒哀楽があったんだというくらい。


ハンカチも全部、向こうのカバンだ。


「命令だ。

明日の12時。都内のH寿司に来い。

御園江頼雅さんがお前の婚約者となる。

歳はお前の二つ上の二十五。」


そう言い切ると、ぷつと一方的に切れる電話。


何も考えられないままにフラフラと席に戻ると、心配そうに真琴が顔を覗く。


「ゆずちゃん。」

「まこっちゃん…。親って勝手よ!

私は…私は物じゃない。」


研修時代と逆の立場でオンオン泣き続け、気づいたら昼休みは十分前だった。







ーーーーーーーーーーーーー



「始めまして、小野寺頼雅ともうします。」


欠点の見つからないような人だった。

好青年だし、礼儀正しい。


この場では二人きり。


「今回の話に乗っていただき、大変嬉しく思います。」

「いいえ…。」


会社に昨日のうちに事情を説明し、辞表を出した。

一ヶ月後。

私は正式に辞めることになる。


「やっぱり、お美しい方だ。

さぞお父様には愛されていたのでしょう。」

「は、あ…。」

「写真でお見かけした際、この方しかいないと思ったんです。

貴方は、確かS局の事務でしたよね。

一度あったのですが、覚えていないですか。」


あった気もするが…社長のご子息と話をした思い出はないかと…。


「人の出入りも多いようで。

覚えていないのも無理は無いですね。」


女性を扱うにもなれているよう。


「頼雅さんは、私のような者で良いのでしょうか?」

「御曹司とは名ばかりで、私は恋愛結婚をしたいと思っているのですよ。」


衝撃発言だ。


「だから貴方には、お金の心配なんて考えなくていい。

私が必ず幸せにします。

嫌だと思ったら、断ってもらって構いません。

その場合は資金提供は無しの方向で進めさせていただきますが。」


これは脅しだ。

完璧なる脅しである。

全然好青年じゃあない。


なんでこんなことになったんだろうと、今更ながら振り返る。


父親に認められるにはどうしたらいいか。

そればかり考えていた幼少期から。

私はもう抜け出せていると感じていた。

でもそんなことはなかった。


父が倒れたのも知っている。

それでも会社のために奮闘していた。

すごいと思う自分が憎かった。


どうしたら認めてもらえるかなんて、無理な話だ。

母は美しかった。

それに瓜二つの娘だもの。

政略結婚させるのが一番だと思われて仕方が無い。


ゆずちゃんが言った。

お父様は生きていていいなぁ。

あの時から、辞表を出そうと決めてしまったのかもしれない。

逆らえない自分。


いっちばん、嫌い。


「貴方の口から聞きたい。

私のことを、愛してくださいますか?」


この人は、なんでも自分の思い通りにしてしまう人なのだろう。


「ねえ。柚姫。」

「あ…。」

「君のお父さんの為に。ね?」


どうやら私にとって「お父さん」は禁句らしい。

催眠にかかったように、体の真から震えが来る。


「私…。」

「こんな貴方も可愛いですが、ここで言いなさい。」


上辺だけでもいいのに、愛しますのあの時も出ない。

溢れるのは涙だけ。


「ふふふ…。」


楽しそうだ。

少しずつこちらに近づいて来る。

最初に手を掴み、私の上に覆いかぶさり、頬の涙を舌で掬い舐める。


「下っ端として実力を試されていた時。

貴方に出会いました。

他の女性のように熱い視線を送らず、それでいて噂と違えて、周りが見えている。」


首筋に歯を当てられ、びくりと体が震える。


「柚姫…。言いなさい?」

「あ…愛します…。」


守っていたはずはないが、二十三年間誰にも許さなかった唇は、今奪われた。


離した時に引いた銀色の線は、これからの私の未来を暗示しているようだった。


「もう、私のものだから。」


私にとっては実は、所有者が変わっただけなのかもしれない。









































この時の私は、まだ覚えていなかった。

あの約束を。

怜の、あの言葉を。











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