(二)返事の仕方を選ぶ
◆ (五)白い女性
床を走る線が一つずつ灯った。
壁の奥で低い音が響く。
やがて、部屋の中央に白い影が結ばれ始めた。
淡い光の布。
長い髪。
白い衣。
中央神殿の女神像によく似た、穏やかな女性の姿だった。
そこに立っているようで、立ってはいない。
足元は石床へ触れていない。
輪郭はわずかに揺れ、向こう側の壁が透けて見える。
若い神官が、その場へ膝をついた。
「女神様……」
リナも息を呑んだ。
「出てきた」
エルネストは胸に手を当て、深く頭を下げた。
理人だけが、膝をつかなかった。
白い女性は美しかった。
慈悲深く見える。
怖くない。
人間が祈りたくなる姿だった。
だが、理人は別のところを見ていた。
声が先に返った。
姿は後から現れた。
輪郭は女神像に似すぎている。
足元は床へ接していない。
口元は動いているが、声と完全には合っていない。
理人はノートへ書き足した。
白い女性型表示。
中央神殿女神像に類似。
輪郭透過。
足元非接地。
音声と口元に僅かな差。
受け手向け表示形式の可能性。
本体なのか、投影された姿なのか。
まだ分からない。
◆ (六)応答形式
白い女性は、穏やかに理人を見ていた。
『あなたの問いを聞いています』
「応答形式を確認したい」
若い神官が顔を上げる。
「応答、形式……?」
白い女性の微笑みは変わらなかった。
『応答形式を確認します』
続いた言葉は、先ほどまでとは違った。
『現在選択可能な応答形式は、以下です』
空中に淡い文字が並ぶ。
『一、祈祷応答。
祈り、願い、祝詞に対して、古い神託語および象徴表現で応答します』
『二、神託応答。
危険条件、予測、未到達情報を、神託文として圧縮出力します』
『三、照会応答。
入力された問いに対して、確認可能な条件、観測情報、予測値を優先して応答します』
『四、記録用応答。
神殿記録、現場記録、照合作業に適した簡潔な形式で応答します』
『五、対話応答。
会話の継続を優先し、受け手の理解度に合わせて応答します』
若い神官は完全に固まっていた。
リナも文字を見上げている。
「女神さまが、返事の仕方を選ばせてくれてる?」
理人はノートへ、五つの形式を書き写した。
◆ (七)照会応答
エルネストは白い女性を見上げたまま動かない。
その顔に怒りはなかった。
長年、開け方の分からなかった扉が、目の前で開いたような顔だった。
理人は白い女性を見る。
「照会応答で」
『照会応答を選択しました』
即座に返ってきた。
神に祈ったというより、返答方法を選んだ感覚に近い。
若い神官が震える声で言う。
「神官長……これは、どういう」
エルネストは低く答えた。
「私にも、初めて見る応答です」
理人はノートへ書いた。
照会応答、選択。
選択後、即時反映。
白い女性型表示は継続。
表情変化なし。
リナが恐る恐る尋ねる。
「女神さま、話し方を変えられるの?」
「たぶん、返し方を変えられる」
「人でも、相手によって話し方を変えるよ」
「そうだな」
理人は白い女性を見る。
「でも、これは話し方だけじゃない。返ってくる情報の形を選んでいる」
「情報の形?」
「何を、どう並べて返すか」
リナは少し考えた。
「分かりやすく答えてくださいって頼めるの?」
「今のところは、そう見える」
◆ (八)水害リスク
理人は、白倉村で確認したかったことを口にした。
「白倉村周辺の水害リスクを、現地で確認できる条件で返してください」
白い女性は怒らなかった。
微笑みも、声の柔らかさも変わらない。
『照会対象、白倉村周辺水害リスク』
空中に文字が並ぶ。
『支流水路未登録。
低所倉庫あり。
巡回間隔過大。
連絡頻度低下。
雨後濁流到達遅延あり。
総合判定、優先確認対象』
若い神官が口を開けたまま固まった。
リナが小さく言う。
「女神さま、急に帳面みたいになった」
「形式を選んだからだ」
「さっきと同じ女神さまなのに?」
「同じ姿で、同じ声だ」
理人はノートへ書いた。
白い女性型表示。
照会応答。
条件列挙。
神託応答より情報粒度が高い。
仮説。
女神の姿と、応答内容の生成は分かれている可能性。
エルネストは白い女性を見上げたまま呟いた。
「これが、同じ御声なのか」
若い神官が顔色を変える。
「神官長、これは」
「記録を取りなさい」
「ですが」
「記録を」
若い神官は慌てて筆を取った。
※第19話「祈りではなく、問い合わせ」は全五回です。
続きます。
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