(四)白倉村現地確認に関する追加指示
◆ (九)読了メモ
エルネストは、小さな紙を一枚取り出した。
まずは、正式な記録として残す短いメモを書く。
カランタ分院照会、読了。
神託否定ではない。
予言待機ではなく、条件確認。
未到達対象の照合。
白倉村を含む川沿い村落について、現地確認を要する。
報告者名を保存。
山科理人。
現地確認結果を受領後、再評価。
短い文だった。
神託に関する思想は書かない。
報告書の扱いと、次に行うことだけを残す。
エルネストは、その紙を照会文へ添えた。
次に、別の紙を取り出した。
こちらは、公の記録ではない。
◆ (十)秘匿メモ
小さな紙の上部へ、日付だけを書く。
宛先はない。
署名も最後にしか入れない。
エルネストは、慎重に言葉を選んだ。
神託を未来予知としてのみ扱うことについて、以前より疑義あり。
神託は、すでに発生している異常、未到達の危険、祈りまたは記録の対象から外れた場所を、人間へ警告するものである可能性。
カランタ分院からの報告者、山科理人は、神託文を予言ではなく現場確認の条件として扱っている。
神託否定なし。
信仰上の主張なし。
記録照合により、未到達対象を抽出。
エルネストは、そこで筆を止めた。
この先を書くべきか迷う。
中央神殿の地下には、限られた者しか立ち入れない場所がある。
降託の間。
神託が降りる場所。
古い神託が保管される場所。
神官長であるエルネストにも、そのすべてが分かっているわけではない。
管理の手順は継承されている。
祈りの順番も、記録の方法も決められている。
だが、なぜその形で神託が現れるのか。
誰も完全には説明できない。
そこへ、神殿に属さない者を近づける。
本来なら考えるべきことではない。
それでも、エルネストは一行を書き足した。
現地確認の結果が報告内容と一致する場合、降託の間および奥の記録室への接触を検討。
書き終えると、すぐに紙を伏せた。
まだ早い。
一つの報告書だけで、地下へ近づけることはできない。
まず、現地確認。
白倉村に何もなければ、それも結果だ。
報告者の仮説が外れていたことが分かる。
もし、本当に現在の注意が届いていない異常が見つかるなら。
その時、山科理人は、神託の外側にいるだけの男ではなくなる。
エルネストは秘匿メモを封じ、自らの保管箱へ入れた。
◆ (十一)現地確認指示
エルネストは、新しい紙を取った。
カランタ分院宛ての正式な指示だった。
雨期前水祓い巡回に関する追加指示。
筆は迷わなかった。
カランタ分院管轄の川沿い村落について、神殿台帳、水祓い対象、巡回記録、荷運び記録、祭礼参加、冒険者ギルドへの依頼頻度を再照合せよ。
白倉村を優先確認候補に含めること。
雨期前巡察の日程を前倒しし、可能な限り降雨前に現地の状況を確認すること。
確認項目には、川の水位、濁り、流路、倉の位置、荷の保管状況、村との連絡状況を含めること。
現地の判断に必要な場合、報告者・山科理人の同席を妨げない。
冒険者ギルドおよび荷運び関係者の協力を求めてよい。
確認結果は、異常の有無にかかわらず中央神殿へ再報告すること。
エルネストは読み返した。
山科理人を同行させよ、とは書いていない。
外部者を神殿の正式な巡察員に加えるには、まだ根拠が足りない。
だが、同席を妨げないと書いた。
分院が必要と判断すれば、現地へ連れていくことができる。
そして、異常がなくても報告させる。
何もなかったという結果も、消させない。
エルネストは指示書へ印を押した。
次に見るべきものは、紙の上にはない。
白倉村にある。
◆ (十二)返書
中央からの返書がカランタ分院へ届いたのは、さらに二日後だった。
分院長は封を切り、文面を読んだ。
水祓い対象の再照合。
白倉村の優先確認。
巡察日程の前倒し。
異常の有無にかかわらず、中央へ報告。
そして、報告者・山科理人の同席を妨げない。
分院長は、最後の一文をもう一度読んだ。
「妨げない、か」
呼べとは書いていない。
だが、外すなとも読める。
中央は、外部者による神託解釈を認めたわけではない。
それでも、その男が現地を見ることを許した。
分院長は、机の端に置いていた報告書へ目を向けた。
山科理人。
神殿の者ではない。
魔法も使えない。
だが、中央神殿がその名を拾った。
分院長は書記役を呼んだ。
「冒険者ギルドへ使いを出せ」
「用件は」
「川沿い村落の確認について、山科理人に話を聞きたいと伝えよ」
分院長は少し考え、続けた。
「セリア殿にも同席を願う。報告書の提出者だ」
「承知しました」
書記役が頭を下げる。
「巡察の日程は?」
「前倒しする。白倉村を先に回る」
「雨はまだ先でしょうか」
分院長は窓の外を見た。
低い雲が、町の上に広がっている。
「空に聞いても答えは出ない」
分院長は中央からの指示書をたたんだ。
「降る前に行く」
※第16話「神託は予言ではない」は全五回です。
続きます。
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