(四)邪魔されなくなる
◆ (十)少しだけ気をつける
翌日から、変な差分は少し減った。
劇的に、ではない。
誰かが謝ったわけでもない。
盗んだ者が名乗り出たわけでもない。
倉庫番が急に理人を認めたわけでもない。
ただ、少しずつ変わった。
北棚の古い袋は、端に寄せられた。
湿りの印がある袋は、荷役獣に直接出されなくなった。
大袋と小袋は、同じ山に積まれなくなった。
使いかけの袋は、口を縛って別に置かれるようになった。
薬草包みも、少しだけ分けられた。
匂いの強いもの。魔物除けに使うもの。傷に使うもの。古いもの。
リナが全部を分けたわけではない。
荷運びの男の一人が、気を利かせて置き直した。
厩舎の片足の男が、古い袋を置く場所を少し空けた。
別の作業者が、使いかけの袋に小石を一つ置いた。
誰かに命じられたわけではない。
ただ、見られていると分かったから。
あとで数え直すと分かったから。
曖昧なまま流すと、また面倒になると分かったから。
人は、少しだけ気をつけるようになった。
その結果、変な差分は一気に減った。
完全には消えない。
だが、昨日までのように、朝と夕で理由もなく数が変わることは減った。
理人は、その変化を見ていた。
間違って管理していた者もいただろう。
急ぎの作業で、棚を移したことを忘れていた者もいただろう。
湿った袋を嫌がって、勝手に別の袋へ差し替えた者もいたかもしれない。
あるいは、本当に少しだけ持ち出していた者もいたかもしれない。
だが、誰が犯人なのかは分からない。
そもそも、犯人と呼べる一人がいたのかも分からない。
それでも、状況は良くなった。
理人は、そこに意味があると思った。
犯人を捕まえたからではない。
責める相手を決めたからでもない。
ただ、差分が見えるようになった。
だから、人が少し気をつけるようになった。
それだけで、現場は少し変わる。
◆ (十一)邪魔されなくなる
倉庫番は、理人を好きになったわけではなかった。
それは明らかだった。
理人が近づくと、今でも眉間にしわが寄る。
木片を見る目も、まだ面白くなさそうだった。
リナが印をつけていると、何か言いたげに口を開きかけることもある。
だが、前ほど強くは止めない。
北棚の古い袋を分けた日、荷役獣の食べ残しは減った。
薬草包みを種類ごとに置いた翌朝、数の食い違いも減った。
夕方の積み替え後に、荷運びの男とリナが一緒に数えた日は、翌朝の騒ぎが起きなかった。
倉庫番も、それを見ていた。
認めたくはない。
だが、何かが良くなっていることは分かる。
その顔だった。
理人は、倉庫番と目が合った。
倉庫番はすぐに視線をそらした。
礼はない。謝罪もない。協力するという言葉もない。
ただ、その日の夕方、倉庫番はリナが北棚の前に立つのを止めなかった。
それだけだった。
理人は、それで十分だと思った。
信用は、拍手で増えるとは限らない。
邪魔されなくなる。
それも、かなり大きな前進だった。
一方で、理人への見方は二つに割れた。
面倒な男。
そう見る者がいた。
言葉も怪しい。
帳簿も読めない。
それなのに、袋を分けろ、時間を見ろ、石を置けと言う。
手間を増やされた者からすれば、好ましい相手ではない。
それは理人にも分かっていた。
一方で、少し違う目を向ける者もいた。
荷運びの男の一人は、北棚の袋を出す前に匂いを嗅いだ。
別の男は、薬草包みを種類別に置き直した。
厩舎の入口にいた片足の男は、何も言わないまま、古い袋を置く場所を少し空けた。
理人はその男を見た。
男は視線を合わせなかった。
ただ、空けた場所は、北棚の古い袋を分けるにはちょうどよかった。
理人は軽く頭を下げた。
男は、また鼻を鳴らしただけだった。
リナは、その様子を見て、少しだけ口元を緩めた。
理人には、その理由がまだ分からない。
※第7話「差分は犯人を知っている」は全六回です。
続きます。
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