(二)誰がやった
◆ (四)薬草箱の一包み
次に、薬草箱。
リナは、昨日より慎重に木片を置いた。
夜前。
薬草包み、六。
犬が吠えた。
理由、不明。後で確認。
朝。
薬草包み、五。
理人は石を一つ横へ出す。
差分、一。
倉庫番が遠くからこちらを見ている。
面白くなさそうな顔だった。
理人は、薬草包みを一つ取ろうとして、すぐに手を止めた。
勝手に触るのはまずい。
リナを見る。
リナが代わりに包みを二つ取り出す。
大きさが違う。匂いも違う。結び目も違う。
理人は、その二つを見比べた。
数としては、どちらも一。
だが、中身は違う。
用途も違うかもしれない。
リナはそれぞれに別の呼び名を言った。
理人はうなずいた。
薬草包み、一。
その記録だけでは足りない。
何の包みが一つ減ったのか。
そこが分からなければ、原因も分からない。
理人は木片に新しい印を描いた。
包みの種類。
リナは少し困った顔をした。
分けるのが面倒なのではない。
分け方が多すぎるのだ。
理人は小さく息を吐いた。
「データは、まだ汚いな」
通じない。
だが、リナは理人が困っていることだけは分かったらしい。
少しだけ笑った。
理人も、少しだけ肩の力を抜いた。
薬草包みの問題は、飼料袋よりさらに厄介だった。
個数だけなら、五と六。
差分は一。
だが、その一が何なのかが分からない。
魔物除けに使うものなのか。
傷に使うものなのか。
匂いの強いものなのか。
古くなったものなのか。
同じ一包みとして扱っている限り、答えは見えない。
理人は、包みの種類を示す印を三つ描いた。
正確ではない。
だが、全部を同じ印にするよりはましだった。
◆ (五)誰がやった
差分の石が二つ並んだ時、倉庫の空気が変わった。
飼料袋。薬草包み。
どちらも、何かが合っていない。
それが見えた瞬間、人の目は自然に人を探す。
誰が触った。
誰が運んだ。
誰が鍵を持っていた。
誰が最後に見た。
誰が一人で倉庫にいた。
倉庫番が荷運びの男を見る。
荷運びの男が倉庫番を見る。
別の男がリナを見る。
そして、誰かが理人を見た。
当然だ。
よそ者。
言葉の怪しい男。
石を並べ、木片に印をつけ、倉庫を騒がせている。
理人は、その視線を受け止めた。
疑われること自体には驚かなかった。
信用が足りない。
それは知っている。
ただ、このままではまた誰か一人に責任が寄っていく。
昨日はリナだった。
今日は倉庫番かもしれない。
荷運びの男かもしれない。
理人自身かもしれない。
誰でもいい。
一人を犯人にすれば、場は一瞬楽になる。
だが、差分の出方は見えなくなる。
理人は床の石を見た。
差分は一つではない。
場所も一つではない。
時間も一つではない。
飼料袋と薬草包みでは、起きていることの種類も違う。
それを一人の名前で片づけるのは、まだ早い。
早すぎる。
理人は、石を一つ指で押さえた。
誰かのせいにする前に、まだ見るものがある。
◆ (六)誰、まだ
理人は、床の石を指した。
次に、周囲の大人たちを見た。
「誰。まだ」
倉庫番が眉をひそめる。
理人はもう一度、首を横に振った。
「誰、まだ。早い」
言葉は粗い。
だが、リナが横で小さく補った。
理人の言葉を、リナが現地語で言い直す。
完璧ではない。
けれど、理人よりはずっと通じる。
リナは、南棚と北棚の印を指した。
それから、朝と夕の印を指す。
倉庫の大人たちへ向けて、少し震える声で言った。
この人は、誰が悪いかを先に言っていない。
どこで数が変わるかを見ている。
いつ変わるかを見ている。
そんな意味のことを、リナは言った。
理人は驚いた。
リナが自分のやり方を、説明している。
完全に理解しているわけではないだろう。
それでも、彼女は昨日守られた記録を、今日は自分の言葉で守ろうとしていた。
倉庫番は不機嫌そうだった。
だが、荷運びの男の一人は、少し考える顔になった。
誰かを責めるより先に、どこで変わったかを見る。
その考えが、わずかに場へ残った。
理人はリナを見た。
リナはまだ緊張している。
声も小さい。
だが、昨日のように下を向いているだけではなかった。
木片を胸に抱えるのではなく、床に置き、皆が見えるようにしている。
それは、小さな変化だった。
※第7話「差分は犯人を知っている」は全六回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/irregular-reincarnation-top/




