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非正規転生 ~転生したけど最弱スキルすらもらってない~  作者: KEI
第6話 記録した者を罰するな

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(二)書いたから減ったのではない

◆ (五)黙っている男


倉庫の入口近くに、片足を少しかばう男がいた。

年は四十を少し越えたくらいだろうか。

手には馬具の革紐を持っている。

厩舎仕事か、馬具の修繕に関わる男だと理人は思った。


男は、ずっと黙っていた。

倉庫番がリナを責めた時、その男の手がわずかに動いた。

革紐を握る指に力が入る。

一歩、前に出かけたようにも見えた。

だが、男は動かなかった。


ただ、リナを見ていた。

他の大人たちとは少し違う目だった。

責める目ではない。

かといって、すぐに庇う目でもない。

何かをこらえている目だった。


リナも、一瞬だけその男の方を見た。

その視線の意味を、理人はまだ知らない。

男がリナの父だということも。


ただ、分かったことが一つある。

この場で、リナを見ている大人は一人ではない。

そして、その男は、理人のことも見ていた。


何をするつもりなのか。

そう問うように。

理人は視線を木片へ戻した。


誰が何者かは、今は分からない。

だが、少なくとも、リナを責める声を止めなければならない。


◆ (六)前の世界の顔


理人は、会議室の白い机を思い出した。

前世の工場。


在庫削減プロジェクト。欠品。緊急輸送。入力遅延。


短くなっていく自由記述欄。


あの時も、最初に本当のことを言った人がいた。

このやり方だと、人がもちません。

そう言った現場リーダー。

彼は嘘をついていなかった。


遅れを遅れと書いた。

欠品を欠品と書いた。

無理を無理と書いた。


だが、資料に乗った時、その言葉は別の意味を持った。

現場入力精度の改善余地。運用定着不足。一時的な移行影響。

正しい言葉に包まれて、痛みだけが消えた。


そして、本音を出した人間が、現場と本部の間で板挟みになった。

理人は守れなかった。

止められなかった。

あの時の顔が、今のリナの顔に重なる。


理人は、息を吸った。

今回は違う。

少なくとも、黙って見ていることだけはしない。


だが、怒りで飛び出せばいいわけでもない。

怒鳴れば、リナを守れるわけではない。

それもまた、前の世界で知っていた。


◆ (七)怒りでは守れない


理人は一歩前に出かけて、止まった。

怒鳴りたい。

違うと言いたい。

リナは悪くないと言いたい。

記録を責めるなと言いたい。


だが、感情だけでは届かない。

今の理人の言葉はまだ粗い。

複雑な説明はできない。

怒れば、リナを守るどころか、二人まとめて危険な異邦人とその協力者になる。


だから、短くする。

見えるものだけを使う。

袋。石。数。木片。リナの印。


そして、記録の意味。


理人は床に落ちていた小石を拾った。

リナがこちらを見る。

目が揺れていた。

入口近くの男も、理人を見ていた。

理人は、リナに向かってうなずいた。


大丈夫とは言えない。

そんな言葉はまだ持っていない。

だが、逃げないことだけは示せる。


理人は倉庫の中央へ出た。

倉庫番の顔が険しくなる。

荷運びの男たちの視線が集まる。


理人は、木片を指した。

次に、リナを指した。

倉庫番が何かを言いかける。

理人は首を横に振った。

違う。


リナを責めるな。

そう言いたい。

だが、まずは数だ。


◆ (八)書いたから減ったのではない


理人は小石を並べた。

六つ。

薬草包みの記録。

夜前、六。


次に、薬草箱の中を指す。

五つ。

理人は石を一つ手に取った。

差分、一。


倉庫番が何かを言う。

理人は首を振る。

そして、木片を指す。

リナの印。


次に、薬草箱を指す。

薬草包み。

それから、石を一つ取り除く。

減る。


理人は木片を指してから、石を減らすのではない。

先に石を減らす。

その後で、木片を指す。

減った。

だから書いた。


書いた。

だから減ったのではない。

理人は、拙い現地語を探した。


「リナ、書く。だから、減る。違う」


倉庫が静かになる。

理人はもう一度言った。


「減る。だから、分かる」


言葉は粗い。

だが、意味は少しだけ届いた。

理人は木片を指す。


「書く。分かる」


次に、リナを指す。


「リナ、見た。書いた」


そして、倉庫番を見た。


「リナ、悪い。違う」


理人は、さらに南棚を指した。

飼料袋。

木片の八。

今朝の九。


石を八つ置く。

一つ足す。

履歴が変わる。

理人は首を横に振る。


今ある数だけを見れば、合っている。

だが、昨日の記録があるから、途中の揺れが見える。


理人は石を指した。

木片を指した。

倉庫の大人たちを見る。


この石は、犯人を示しているのではない。

変化を示している。

そこまで伝わったかは分からない。

だが、リナを責めるためのものではないことだけは、伝えなければならなかった。



※第6話「記録した者を罰するな」は全三回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/irregular-reincarnation-top/

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