第12話:最強の武人と、ニコイチの星(最終話)
「……この度は、私の身勝手な欲望と虚言により、サラさん、ユラさん、並びに関係者の皆様に多大なるご迷惑をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます」
事務所の小さなテレビ画面の中では、無数のフラッシュを浴びながら、あの審査員が深々と頭を下げていた。
週刊誌の報道は完全に事実無根であるという、正式な謝罪会見。
GGGの幹部は、不気味なほどきっちりと「約束」を守ったのだ。
「よかった……本当によかったな、二人とも……っ!」
ソファでテレビを見ていた社長が、泣きながら私たちに抱き着いてきた。
違約金や損害賠償の請求はすべて取り下げられ、私たちの事務所は倒産の危機から完全に脱した。
それどころか、「謂れのない誹謗中傷に耐えた悲劇のヒロイン」として世間の同情が集まり、以前よりも多くの仕事のオファーが舞い込んできている。
「社長、泣きすぎ。ほら、ハンカチ」
「もー、私たちが戻ってきた時からずっと泣きっぱなしじゃん」
私とサラは、苦笑いしながら社長の頭を撫でてあげた。
社長といえど、私たちよりちょっと年上のお姉さんのような人だ。
そんな社長と共に歩んでいける平和で、温かくて、少し埃っぽい私たちの居場所。
あのカビとタバコの臭いが染み付いた地下室とは大違いだ。
でも。
テレビの向こうで謝罪を続ける審査員を見つめながら、私の心の中には、どうしても拭い去れない冷たいしこりが残っていた。
「……ねえ、サラ」
社長が電話応対のために席を外した隙に、私は隣に座る姉に小さく声をかけた。
「ん?」
「キララとシズク……今頃、どうしてるのかな」
その名前を出した瞬間、サラの瞳がわずかに揺れた。
私たちを罠にハメ、地獄に突き落とそうとした憎い相手。
同情する義理なんてこれっぽっちもない。
それでも、あの鉄の扉の向こうへ引きずり込まれていった二人の絶望に満ちた叫び声が、今も耳にこびりついて離れないのだ。
「……さあね。少なくとも、もう二度と表舞台には立てないでしょうね」
サラは静かに窓の外を見上げた。
青く澄み渡った、夏の空。
私たちは再びこの空の下で輝く権利を勝ち取った。
だけど、あの二人は、もう一生無機質なコンクリートの天井しか見ることができない。
「GGGって……本当に恐ろしい組織だね」
私は、自分の腕をギュッと抱きしめた。
「あの幹部の人……キララたちが連れて行かれる時、顔色一つ変えなかった。あいつらも所詮は『踊らされていた』だけだったんだよ。GGGは最初から、立場の弱い人間同士を潰し合わせて、負けた方を奴隷として搾取するつもりだったんだ」
勝負には勝った。
私たちの完全勝利だ。
でも、悪党が罰を受け、善人が救われるような単純なハッピーエンドじゃない。
巨大な悪は無傷のまま、今もあの地下で不気味にうごめいている。
「……ええ。一歩間違えれば、奴隷にされていたのは私たちだった。それにグロウグローバルグループは最近ゲーム開発部門においても専務とその娘が逮捕される事件があったみたいだし」
サラの横顔は、いつになく険しかった。
「イカサマの全自動卓……あれは、人間の『心』を逆手にとる悪魔の機械よ。もし私たちが、少しでもお互いを疑うような関係だったら、絶対に勝てなかった」
サラの言う通りだ。 あの絶望的な状況を乗り越えられたのは、私たちが言葉を交わさなくても通じ合える、二人で一つの双子だったからだ。
私は、ふと気になっていたことを口にした。
「ねえ。私たちに最初に配られた『国士無双』って役……元々どういう意味か知ってる?」
「さあ? なんか、すごく強い武士みたいな響きだよね」
「『国の中で並ぶ者がいないほど、優れた人物』って意味なんだって。つまり、他に並ぶもののない最強の戦士……『孤独な最強の1人』ってこと」
その言葉を聞いて、サラは手を止め、何かを思い出すように微かに笑った。
「……なるほどね。GGGの奴らが私たちにあの配牌を用意したのは、『最強の1人になるために、相方を切り捨てろ』っていう、性格の悪いメッセージだったのかもしれないわね」
自分だけが助かるために、相手を犠牲にする。
極限状態の中で、彼らは私たちが「最強の1人(国士無双)」になることを強要してきたのだ。
「……でも、私たちはそうはならなかった」
私はサラの顔を真っ直ぐに見つめ、ニカッと笑った。
「私たちは2人だもん。最強の1人になんて、なる必要ない。だから……国士無双は、私たちには似合わないよ」
「ユラ……」
「1人で最強の国士無双より、ニコイチで最強の『大七星』の方が、ずっと私たちに合ってるよね!」
私がそう言うと、サラもつられたように吹き出し、そして柔らかく微笑んだ。
「そうね。……大七星。2枚の牌がくっついて、初めて意味を成す七対子の最高峰。私たちにピッタリの、最高の役だわ」
二人で一つ。 どちらか一方が欠けても成立しない、ニコイチの星。
あの一瞬の隙に、私たちが迷いなく互いの手牌を交換し合えたのは、「絶対に自分を裏切らない」という確信があったからだ。
「さ、撮影の時間よ! 行きましょ、ユラ!」
「うんっ!」
私たちは立ち上がり、事務所のドアを開けた。
外には、眩しいほどの夏の太陽が街を照らしている。
GGGの脅威は、まだ終わっていないかもしれない。
またいつか、あの底知れぬ悪意が私たちの前に立ちはだかる日が来るかもしれない。
でも、もう怖くない。
私たち『大七星』の絆は、どんな暗闇にも絶対に屈しないのだから。
(了)




