第50話(エピローグ) 探景は、続くよ、いつまでも
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あの日、御殿場の霧の中で「正面の富士山」を追いかけてから、数年の月日が流れた。
中学二年生の青い熱量で駆け抜けた僕たちの四人組は、卒業という人生の大きな「現像」を経て、それぞれ異なる色彩の未来へと歩み出していた。
原と結衣の二人は、その圧倒的な身体能力をさらに突き詰める道を選んだ。
原は、県内屈指のスポーツ強豪校へ進学し、今は甲子園を目指す野球部の泥にまみれている。結衣もまた、陸上の名門校でインターハイを目指し、かつての「探景」で見せた瞬発力をすべてトラックへと注ぎ込んでいた。
「……あいつら、相変わらずだな」
僕は、手元のスマートフォンに届いたグループチャットの通知を見て、思わず頬を緩めた。
原: 「練習終わった! 夏休み、初日は空けとけよ。久しぶりに四人で集まろうぜ」
結衣: 「賛成! 私、新しいランニングコースで最高の展望ポイント見つけたの。みんなで行こうよ!」
二人のメッセージは、今も変わらず直球で、力強い。
一方で、僕と美歩さんは、地元の普通科高校へと進んだ。僕は生徒会活動を続けながら、より深く歴史と社会を学ぶ道へ。そして美歩さんは、写真部のエースとして、その繊細な視点にさらに磨きをかけている。
放課後、セミの声が降り注ぐ駅のホーム。岳南原田駅。
岳南電車のオレンジ色の7000系電車から降り立った僕を待っていたのは、少し背が伸び、大人びた表情になった美歩さんだった。
「お疲れ様、佐野くん。生徒会の会議、長引いちゃった?」
「ああ。文化祭の予算折衝でね。……やっぱり、副会長っていうのは、どの学校でも調整役なんだな」
僕は眼鏡を 「くいっ」 と直し、彼女の肩にかけられた最新機種のカメラバッグに目をやった。中学生の頃、一緒に重い機材を持って歩いたあの夏の記憶が、昨日のことのように蘇る。
「……ねえ、グループチャット見た? 原くんたち、やる気満々だね」
「みたいだね。……高校生になって、みんな別々の場所にいるけれど、不思議だよね。夏休みが近づくと、やっぱりあの山の麓に集まりたくなる」
僕たちは駅を出て、あたりをうろうろと散歩をする。撮影の練習や気晴らしをかねてだ。
(やっぱり、この町が、好きなんだな)
一歩一歩あるきながら、富士の麓の町の「景」をかみしめている。
かつて、親に「県外禁止」と言われて悔し涙を呑んだ僕たちも、今はもう自分たちの意志でどこへでも行ける。けれど、一回り大きくなった今の僕たちが求めているのは、意外にもあの頃と同じ、この街の「温度」なのかもしれない。
「……佐野くん」
美歩さんが、歩みを止めて僕を見た。
「……あの夏、御殿場の霧の中で言ったこと、覚えてる? 『一番近くで、ずっと撮り続ける』って」
「……覚えてるよ。忘れたことなんてない」
美歩さんは少し照れくさそうに笑い、自分のカメラを構えた。ファインダーの先にあるのは、僕たちが何度も見上げ、何度も語り合った、あの圧倒的な存在。
「……これからも、よろしくね。副会長」
「……ああ。こちらこそ、よろしく。……僕たちの『探景』は、まだ終わってないから」
僕たちは、どちらからともなく同時に北の空を見上げた。
そこには、夏の強烈な西日を背に受け、威風堂々とそびえ立つ富士山があった。
中学二年生のあの日に見た「正面」の厳しさも、今の僕たちを見守る「横顔」の優しさも、すべてを受け入れて、山はそこにある。
大量の宿題も、未来への不安も、すべてを飲み込んで輝く紺碧の山影。
僕たちの新しい夏が、今、最高の露出でシャッターを切られるのを待っていた。
(完)
これにて、「自分だけの特等席を探して ―富士山の麓からふらふら探景記―」は完結となります。
2026年、3月21日投稿のプロローグから始まり、2026年、7月4日投稿の第50話までの4ヶ月にわたる51話の連載がこの話で幕を下ろします。
静岡県や富士市を舞台とした小説を書いてみたいと前々から構想をしていて、それを今実現し、完結ができたことを嬉しく思います。
これからもさらに技術を磨き、読みたいと思える、続きを読みたいと思ってもらえるような作品をつくっていけたらいいなと思っています。
ここまで、書き続けることができたのは、読んでくださった方がいたからです。最後まで読んでくださりありがとうございました!
別の作品も是非見てみてください!次の作品も楽しみにしてくださるとうれしいです。
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