表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/33

第11話 レンズ越しの残像、あるいは春の整理術

最後まで読んでくださると嬉しいです!

春休みも残り一週間を切った。

佐野悠希は、自室の机でノートパソコンに向かっていた。画面の青白い光が、少しだけ度が進んだ眼鏡の奥の瞳を照らしている。


現在時刻は、午前4時12分。

前日の20時に寝た、という歴史的な早寝により、とんでもなく、朝早い時間に目が覚めてしまった。しかも目は起きたときにバッチリと覚めてしまった。


これからもう一度寝ても良いのだが、せっかくの春休みにそれは、ちょっと勿体無いというなぞ感情により、写真整理をすることにした。


「……よし。まずは広見公園から」

カチカチとマウスを動かし、デジタルカメラとスマホから吸い上げたデータを整理していく。悠希にとって、旅は歩き終えて終わりではない。撮りためた写真を日付ごとに仕分け、自分なりの「注釈」をつけるまでが、独旅ぼちたびの儀式だった。


最初のフォルダを開く。

広見公園の急な階段。明治時代の製紙機械の、錆びついた鉄の重なり。

(……この角度、もう少し機械の『心臓部』に寄りたかったな、あと2.3枚とっておきたかった。)

独りごちて、構図の甘さを反省する。


次に開いたのは、富士川楽座からの風景だ。

これは、雁堤や冨士川の昔の姿に想いを馳せるために、出掛けたときの写真達だ。


富士川橋のトラス越しに見える、圧倒的な白さを湛えた富士山。その巨大さに、改めて息を呑む。写真で見返しても、あの時感じた「重機なしでこれを作ったのか」という戦慄が蘇ってくるようだった。


そして、最後に残ったフォルダ。

吉原商店街のアーケードを抜け、原田公園で撮った数枚。

「…………」

マウスの手が止まる。

画面に映し出されたのは、ベンチに置かれた二つのコンビニ袋と、食べかけのコロッケ。そして、その向こうで「美味しいね!」と言わんばかりに笑い、Vサインを作っている渡辺結衣の姿だ。

彼女はいつも、僕のカメラのフレームに断りもなく入り込んでくる。


風景だけを切り取りたかったはずなのに、彼女が映り込むと、そこだけ急に「温度」のようなものが宿る気がした。

(……この写真、ちょっとだけピンボケしてるな。アイツ、動きすぎなんだよ)

ぶつぶつと文句を言いながらも、悠希はその写真を「削除」のゴミ箱に入れることはしなかった。代わりに、新しいフォルダを作成する。


フォルダ名:『春休み・富士川〜吉原』。

キーボードを叩く指が少しだけ止まり、悠希は右手の指先で眼鏡のブリッジを「くいっ」と押し上げた。


あの日、商店街のショーウィンドウの前で、彼女と全く同じタイミングでやった動作。

(……あれは、真似されただけだ。絶対 ふw)

自分に言い聞かせ、データの転送を完了させる。

パソコンのファンが静かに回り、部屋には再び静寂が訪れた。


(誰かと行く旅もなかなか楽しかったな。)

パソコンから少し目を離し、時計を確認する。

現在時刻は、5時56分。空は、少しずつ明るくなっていった。


窓の外を見れば、街灯の下で近所の桜が、朝の静かな冷たい風に揺れている。


「……さて。次は、どの地図を広げることになるかな」

悠希はパソコンを閉じ、大きく背伸びをした。


僕は、まだ家族が眠っている午前六時に家を出た。目指すのは、徒歩十五分ほどの距離にある近所の緑地公園。


大きな旅もいいけれど、今日、写真 (旅の記録整理)を終えて、自分の生活圏にある「春」を最後にもう一度、丁寧にアーカイブしておきたく思った。


首からは、少し重みのある一眼レフ。ポケットには、メモ代わりのスマホ。そして、いざという時のためのコンパクトデジカメ。


重装備すぎるかもしれないが、これが僕にとっての正装だ。

坂を下り、坂を下り、坂を下る。たったの数百メートルほどの道のりだ。しかし、この街はとにかく坂が多い。心臓破りの坂と呼ばれる恐ろしいものがあるほどだ。だから、たったの数百メートル行くだけでも修行のようなものだ。


夏に、この道を歩くことを想像すると少し、気が遠くなる。だが、佐野悠希、小学生時代はこんな道をすんごく重いランドセルを背負い、毎日のように通学していたと思うと、自分でもすごいと思う。


公園に足を踏み入れると、ひんやりとした朝の空気が肺を満たした。

まず目に飛び込んできたのは、点在する鮮やかなタンポポの黄色だ。

(……まだ、露がついてるな)


僕は迷わず地面に膝をつき、一眼レフを構えた。ファインダー越しに覗く世界は、肉眼よりもずっと濃密だ。


その時、僕の視界を横切る小さな影があった。

「あ……」

黄色いはねのモンキチョウと、真っ白なモンシロチョウ。

二匹は競い合うように、ダンスをしながらタンポポの周りを舞っている。僕は息を止め、シャッターを切り続けた。


カシャ、カシャ。


「……悠希くん~ 朝から熱心だね~」

不意に、横から聞き慣れた声がした。

ファインダーから目を離すと、そこには薄手のウィンドブレーカーを着た渡辺結衣が立っていた。


「……おぉ。びっくりした。なんで、ここに」

「散歩だよ、散歩。春休み最後の一週間だし、朝の空気を吸っておこうかなって。悠希くんこそ、また『独旅』?」


「……これは、近所の散策。……偶然だな」

「うん、偶然だね!」


彼女はそう言って、僕の隣でしゃがみ込んだ。

驚くことに、彼女は僕が撮ろうとしていた蝶を驚かせることなく、ただ静かに見守っている。その距離感が、今は不思議と嫌じゃなかった。


「桜、綺麗だね~」

彼女は、そう言い。スマホをそっと桜の花へと向けて、一枚、また一枚と写真を撮っていた。

僕も、それに被せるようにカメラやスマホで桜の写真を一枚一枚、丁寧にとった。構図を変えてみたり、別のところに焦点を当ててみたり、階段から撮ってみたり、ベンチから撮ってみたり。


少しフラッと来てしまった。写真を撮るときに、息を止める癖で、軽く酸欠みたいになってしまったようだ。

「大丈夫?」そう彼女は、声をかけてきた。

「うん。一応ね」そう僕は、少し曖昧に返した。


「じゃあ行く?」

と彼女に促されるまま、僕たちは公園の奥へと歩き出した。


そこには、空を埋め尽くすようなソメイヨシノの並木が広がっていた。

朝の光に透ける花びらは、淡いピンク色というより、どこか発光しているような純白に近い。

(……きれいだな)

僕は一眼レフを向け、次にスマホを取り出して、動画でその広がりを記録した。


結衣は、そんな僕の横で「ええね〜」と、どっかのおばあちゃんみたいな感嘆を漏らしている。


「ねえ、悠希くん。蝶々、あっちにも行ったよ」

彼女が指差す先、桜の枝の間を、さっきのモンシロチョウがひらひらと昇っていく。


僕たちはどちらからともなく、その小さな命を追うように歩き始めた。

一人で歩くいつもの散策。けれど、隣に誰かがいて、同じ「春」を指差す。


その行為が、僕の記録に新しいレイヤーを重ねていく。

「……あと一週間か」

ふと、口から漏れた。

「え、何が?」と結衣が聞き返す。


「春休み。長いと思ってたけど、終わってみれば一瞬だった気がする。でもまだあと一週間もある。結構なにしようか悩む。」

「そうだね。私も。 なにもせずボケッと春風のなかで、してるのもありかもね。二年生になったら、もっと遠くまで行けるようになるかもよ?」


結衣は、桜の木の下でくるりと振り返った。

ちょうど逆光で彼女の表情はよく見えなかったけれど、その声は春風に乗って、真っ直ぐに僕の胸に届いた。


一時間ほどの散策を終え、僕たちは公園の出口へ向かった。


スマホの歩数計はまだ二千歩程度。けれど、カメラのメモリーカードには、何十枚分もの「春」が蓄積されている。


「じゃあ、また学校で。……あ、二年生になっても、よろしくね~!」

結衣は軽く手を振って、自分の家の方へと駆けていった。


一人残された道。僕は、首に下げた一眼レフのプレビューボタンを押した。

そこには、満開の桜と、その間を飛ぶ白い蝶。

そして、端の方に偶然映り込んだ、少しだけ跳ねた彼女の髪。


「(……ピント、合ってないな)」

僕は眼鏡を「くいっ」と押し上げ、少しだけ口角を上げた。


一週間後の、新しい教室。新しいクラス。新しい仲間、先生、景色。

そこへ向かうための助走は、もう十分に終わっている。


佐野悠希の「とある春の1日」。

春の陽光が、昨日よりも少しだけ暖かく、背中を押し始めていた。


(いや~ 桜綺麗だった。春って良いね。花粉症勢には、試練だと思うけども。朝早く起きたからか、ちょっとやっぱ眠たいな)

(どうすっかな。ボケッ~と春風にさらされて日向ぼっこでもしようかな。)


のんびり、のんびり坂を上っていく。一歩一歩。

「自分だけの景色」を探して、自分の居場所を探して。


何てことない、日常から、新たな旅が、新たな物語がなんだか、始まる気がする。

物語(じんせい)の行く末は、誰を知らない。春風に押されながら、自分の足で、体で作り上げていくからだ。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

別の作品や次の話も是非見てみてください!

面白かったらブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ