第131話 餌
アイバス子爵領・首都領主館。
「これは……」
緊急の書信がスパム男爵より届けられたアイバス子爵が、その中身を改める。
そこに書かれた内容は簡潔なもので、スパム男爵領独立に際しアイバス子爵家はその支配下に入れという物だ。
そしてそれを受け入れないのならば、武力行使による制圧を行うとも書かれていた。
「父上、どうかされましたか」
父親の顔色が変わったのを見て、傍にいたバルゴンが尋ねた。
「これを読んでみよ」
「はい……む、これは!?」
父親から手渡された書信の内容に目を通し、バルゴンが絶句する。
「なんてふざけた内容か!」
そして怒りに任せて、怒鳴り付ける。
この書信を持ってきたスパム男爵からの使者達に。
遣わされて来たのは4人。
執事風の男性に女装をした巨体の騎士。
それと粗野な感じから見た目の悪さが見て取れる騎士に、ローブを纏った人物である。
使節と呼ぶにはあまりにも珍妙な集団。
普通なら、これを相手方からの侮辱と受け取ってもおかしくない。
だがスパム男爵は王家の血筋であり、また、以前の事で子爵家は借りを作っているため怒りを抑え迎え入れたのだ。
にもかかわらず、使者どころか書信の内容までふざけた物なのだから、バルゴンが怒鳴り付けるのも仕方はない事だろう。
「よさんか、バルゴン」
子爵が息子を宥め、そして使者に静かに問う。
「スパム男爵は一体どういうおつもりだ?一致団結せねばならぬ国の大事に、独立などと。しかもその独立にあたって、我がアイバス家に配下に入れとは……正気の沙汰とは思えん」
「ポロロン王国は、もはやほとんど瓦解している状態と言って差し障りないかと。プロンテス王子が侯爵家を中心に反抗作戦を展開されているようですが、それも時間の問題でしょう」
プロンテス王子は、エドワード男爵の一つ上の兄である。
彼は侯爵家を中心に貴族達を纏め、帝国に抗おうとしてはいたが、デスロード達をまともに相手取るだけの力はなかった。
恐らくそう長くかからず、彼らは帝国によって殲滅される事だろう。
「だから国を切り捨てると?」
「そうなります」
「切り捨ててどうなる?独立したからと言って、帝国がスパム男爵領を見逃すはずもなかろう。エドワード殿は王家の血を引いているのだぞ?」
滅ぼした国の王族が新たに起こした国。
そんな物を放置してくれる訳もない。
面倒事の原因になるだけなのだから。
「エドワード様には、切り札がございます。帝国を退ける為の切り札が。ですが……それを行うためには時間が必要になります。そのため、現在、各国に向けて支援の打診を行っております」
「馬鹿な。こんな状況で独立した男爵に誰が協力するというのか?それにその切り札とやらも、本当かどうか怪しい物だ」
王家から追い出された出来損ない。
それが子爵の、エドワードに対する評価である。
スパム男爵領の発展速度は目覚ましい物があったが、子爵はそれを、所詮は王家の血筋というブランドがあっての事と判断していた。
なので、ジャガリックの語る切り札や他国からの支援などという言葉は、世迷言にしか聞こえていない。
「エドワード様はエリクサーを生み出し。それどころか、死者の蘇生すら可能な力をお持ちです。更に今現在、切り札として水の精霊の覚醒を促している際中です」
「エリクサー?死者の蘇生?挙句は、切り札としての精霊を覚醒させているだと?父上、このような戯言をほざく使者を寄越すなど、エドワード男爵はもはや正気を失っているとしか思えません」
「その様だな」
ジャガリックの言葉は全て事実ではあったが、知らぬ物からすれば荒唐無稽な与太話にしか聞こえない。
アイバス子爵親子は、王家が崩壊した事でエドワードが正気を失ったと判断する。
「このまま放置すれば、男爵家はどんな暴挙に出るかも分かりません。あまり気は進みませんが、我らが男爵を抑える必要があるかと」
「む、そうだな……心苦しくはあるが、仕方あるまい」
使者が目の前にいるにもかかわらず、バルゴンは堂々と男爵家に攻め入る案を口にし、子爵がそれに頷いた。
子爵家も、この戦争にもはや勝ち目がない事は理解している。
なので戦後の事を考え、いかに上手く立ち回るかと子爵達は思案している真っ最中だった。
戦後の事を考えて行う、分かりやすく効率的な行動。
それは帝国の喜ぶ貢物を送る事である。
例えば――
【王家に連なる血筋の者を引き渡す】だ。
だがそれをしてしまうと、主家を裏切った薄汚い血筋の烙印を押されてしまう事になる。
だから直ぐに浮かんだにもかかわらず、アイバス子爵家はスパム男爵領に実行できずにいたのだ。
不名誉を嫌い。
だが相手が血迷い、進んで問題行動を起こそうとしたのなら話は変わって来る。
国の安定のためにエドワードを確保し、敗戦後仕方なく帝国にその身柄を引き渡す。
このシナリオなら、裏切りという不名誉は被らずに済むだろう。
つまり今回の男爵家からの書信は、彼らにとって格好の餌になったという訳である。
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