第130話 貸しは返えしてくれなくてもいいや
「いやいやいや、独立って……」
「ふぉっふぉっふぉ。それ程おかしい話ではないと思いますぞ、エドワード殿。戦乱で国が疲弊した際に、領地が独立を宣言する事などよくある事ですからな」
「いやまあ確かに、タニヤンの言う通りではあるけど……こんな辺境の木っ端男爵家が独立って、流石に無茶があるだろ。物資とか絶対不足するだろうし」
王家が致命的なダメージを受け、大きな領地が独立するってのは確かにそれ程珍しいい事ではない。
貴族は別に、騎士道精神的な繋がりで王家に使えてる訳じゃないからな。
なのでトップが弱れば、下克上や離脱があるのは当然の話である。
――だがそれは独立するだけの地盤がある場合の話だ。
この領地の人口はまだ3万もいないし――独立したら逃げ出す人間もいるだろうから、もっと減る可能性が高い――色々な物資が他領からの輸入に頼っている状態だ。
独立すれば当然そこは頼れなくなるので、直ぐにどん詰まるのは目に見えていた。
「帝国を撃退する事さえ成功すれば、その辺りは如何様にもなりますかと」
「力さえ示せば、エドワード殿に恭順を示す領も出てくるでしょうな。物資に関しても、死者蘇生やエリクサーで釣ってやれば支援などいくらでも他国から引っ張ってこれましょう」
「なるほど……」
確かに、ジャガリック達の言う通りではあるか。
独立なんかしたらダンバスが何か言ってきそうではあるが、帝国とやり合う中、俺にまで気を回す余裕はないはずだ。
ただ、独立するに当たって一つ問題がある。
それは――
王様なんてやりたくないって事だ。
独立すれば面倒事が死ぬほど増えるはず。
王と一領主とでは、抱える責任や仕事の量が比べ物にならないからな。
個人的には温い環境――誰かの庇護下でぬくぬく生きていきたかったんだけど……まあ仕方ないか。
後々面倒くさいからって今の状況を改善できる手を打たないのは、愚か以外何物でもないからな。
「わかった。独立の方向で話を進めていこう。ブンブン、マミー」
俺は、ジャガリック達とのやり取りを黙って聞いていたオルブス夫妻に声をかけた。
そして――
「俺はポロロン王国から独立する訳だが……お前達はどうする?」
独立に付き従うか?
そう尋ねる。
彼らは王国を拠点にしている商人だ。
王国から独立する俺に付いて来るかどうか尋ねるのは、当然の事である。
駄目なら当初の予定通り、カンカンを返して彼らとはバイバイだ。
その場合、他国とのコンタクトが難しくなるので、その仕事だけでもやって貰わんと困るけど……そこはカンカンを人質にしてやってもらえばいいか。
「男爵様。今この国は、半分崩壊状態です。国に残ったとして今まで様な商いは出来ないでしょう。ならば……長い目で見れば、スパム領独立に貢献した方が遥かに得という物。息子の事が無くとも、寧ろこっちからお願いしたいくらいです」
俺の問いに、ブンブンが迷う事無くそう答える。
忠誠……といいたい所だけど、沈みかけの船にしがみつくより、小さくても新しい船に乗った方がいいって、言葉通りそう判断したんだろう。
まったく葛藤する様子もなかったし。
「そうか。貢献してくれた分は返せるよう務めさせてもらう」
「有難きお言葉です」
「それではまず、隣地であるアイバス領に書信を送りましょう」
「ん?なんでアイバス子爵に?」
ジャガリックの言葉に、俺は首を捻る。
独立とアイバス子爵に何の関係があるというのか?
「このスパム領は、南以外はポロロン王国に囲まれている状態。この状態で他国に援軍を要請しても、王国に囲まれている状態では、援軍を受け入れる事が困難になります。ですので、西のアイバス領には援軍受け入れの入り口になって貰う必要があるかと」
スパム領は王国最南部に位置し、南以外他国と隣接していない。
しかし南は広大な死の森が広がっており、更に森を越えた南は人を寄せ付けない峻厳な山脈が続いてしまっている。
そのため、南から他国の援軍を受け入れるのはほぼ不可能な状態だ。
「なるほど。貸しがあるから、他国の援軍が来たら通して貰える様に頼む訳か」
アイバス子爵家には以前の一件で貸しがあるので、比較的話は通しやすくはあるだろう。
ただし――
「けど、独立するスパム領に手を貸してくれるのか?」
――それは独立してなければ、の話である。
いくら貸しがあるとはいっても、断られる可能性が高そうに思えるんだが。
「マイロ―ド。書信は通行の許可では御座いません」
「ん?違うのか?じゃあどういった内容を送るんだ?」
「スパム領独立に当たって、アイバス子爵家には恭順を求めるつもりで御座います」
「……え!?」
ジャガリックのとんでもない言葉に面食らう。
恭順って事は、支配下に入れって事だ。
辺境の木っ端男爵家が子爵家にそれを求めるのは、もうほぼ喧嘩売ってるレベルと言っていい。
「いや、そんなのノーって返されて終わりだろ。関係も絶対険悪になるし」
「その場合、あまり気は進みませんが……力で制圧するまでです。マイロード」
ジャガリックが物騒な事を言う。
「いやいやいや……帝国を相手にする用意を進めなきゃならないのに、子爵と戦争してる場合じゃないだろ」
「ふぉっふぉっふぉ、御心配されるな。アイバス子爵領は此度の戦争で主力を送って失っております。ですので、双方ほぼ被害なしの短期決戦で制圧する事も難しくないでしょう」
そういや、アイバス子爵家は長男のアルゴンがケイレスの右手になるってんで、ありったけの兵力を送ったんだっけか。
守備隊が残っていない訳ではないだろうが、戦力が大幅に低下しているのは間違いない。
「じゃからアイバス子爵領を選んだのじゃろう?ジャガリックよ」
「ええ。隣接する領の中で、もっとも容易い相手ですので」
アイバス子爵領を選んだのは貸し借り関係なく、単に制圧しやすそうだったからか。
「いやでも戦争を吹っ掛けるのはなぁ……」
責められたら当然必死で抗うさ。
自分の身が可愛いから。
けど、自分達から戦争を吹っ掛けるとなると話は変わって来る。
できればもっ穏便な手で何とかしたいと言うのが本音だ。
「エドワード殿。躊躇えば、それが最悪の結果を招く事もあるもんじゃ。これが戦争である以上、覚悟を決めねば後々後悔する事になりかねんぞ?」
「う……」
痛い所を付いて来る。
だが実際、タニヤンの言う通りではあった。
下手を討ってスパム領が全滅し、俺まで捕まるなり殺されるなりしたら悔やんでも悔やみ切れない。
「わかった。それが必要なら……ジャガリック、アイバス子爵に書信を送ってくれ。スパム男爵領に服従する旨をしたためた書信を」
「お任せください、マイロード」
はぁ……チート能力使ってのんびり男爵領で生きていく予定だったんだがな。
なのに独立や戦争吹っ掛ける事になるなんて、ずいぶんおかしな事になってしまったもんだ。
まあだが仕方ない。
覚悟を決めるとしよう。
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