第126話 見張り
――ボロンゴ村・カンカンの寝泊まりしている部屋。
今日彼の部屋に、その両親であるオルブス夫妻が尋ねて来ていた。
その目的は――
「父さん母さん、俺はこの領地に残りたいんだ」
「な、何を言っておる!」
「エドワード様からはちゃんと許可を頂いたのですから、何も気にする必要はないのですよ」
――カンカンの回収である。
スパム領の当主は王家の血を引く人物である。
本人に帝国に投降する意思がない以上、この領地が戦地となるのは時間の問題だった。
だからオルブス夫妻は懇願したのだ。
エドワードに息子の解放を。
カンカンが巻き込まれて命を落とす事を危惧して。
「わかった。お前達には十分世話になったからな、カンカンは解放しよう。ああでもただ……槍は置いていくように。あれは特別な武器だからな。くれてやる訳にはいかない」
そしてその懇願に対し、夫妻もびっくりするほどあっさりとエドワードはオーケーを出した。
オルブス商会から十分な物を受け取って来たというのもあるが、そもそもエドワードから見たカンカンは、別段必要不可欠な存在ではなかったからだ。
才能が有り、急成長目覚ましい槍使いではあった。
が、先が楽しみではあっても、今すぐ戦力として頼れるレベルかと言われれば、当然そんな訳はない。
なので、これまで貢献してきてくれたオルブス商会に余計な気を遣う位なら、とっとと回収して貰った方が気が楽だった訳である。
――が、両親の考えやエドワードの許可にもかかわらず、カンカンは生家へ戻る事を拒否してしまう。
「母さん。俺、好き子がいるんだ……」
「「—っ!?」」
息子の真剣な表情と言葉に、オルブス夫妻が驚く。
どうしようもなかったドラ息子が、誰かを本気で好きになった事が二人に伝わったからだ。
「その子は……俺が苦しいときに支えてくれて……今、俺がこうし頑張れてるのも全部……そう全部、アリンのお陰なんだ」
「アリンと言うと……エドワード様の護衛を務めている子ね」
「う、うん」
「そ、そうか。分かった。だったらその子もオルブス商会で引き取れるようエドワード様にお願いしてみよう。それなら――」
「駄目だよ」
ブンブンの言葉に、カンカンは首を横に振る。
「ボロンゴ村の人達は、エドワード様に救われてるんだ。アリンも村の皆も、たとえ死ぬ事になって皆エドワード様に付いて行くって言ってる。だからアリンは、絶対首を縦に振ったりはしないよ」
「ぬ……」
「だから、俺はここに残りたい。そして側にいて彼女を守りたいんだ。もちろん、今の俺にそれだけの力が無い事は分かってる。だけど、それでも……」
「ここに残れば、死ぬかもしれないのよ」
「分かってる」
エドワードには死者を蘇生する術がある。
が、それはオルブス夫妻やカンカンには伝えられておらず、現在その事を知っているのはボロンゴ村の住人と精霊達だけだ。
「それでも俺は……アリンを守る」
その上で、カンカンは自らの恋のために命を賭けるとはっきりと宣言した。
「いやしかしだな――」
息子の男としての成長を、ブンブンは嬉しく感じている。
だから親としてその背中を押してやりたい気持ちはあったが、事は命がかかっている問題だ。
当然『わかった。好きな子を守ってあげるんだ』と言う訳には行かない。
何とか息子の考えを変えようとするが――
「あなた」
「む……」
妻のマミーがそれを制止した。
「わかりました。カンカン、貴方の気持は良く分かったわ」
許せば息子の命が危険に晒される事になる。
だが、ここでカンカンを無理やり連れかえる様な真似をすれば、彼に一生消えない傷を負わせる事になってしまうだろう。
生きてさえいればという思いもあるが、マミーはその自らのエゴをぐっと抑え込んだ。
「ここに残りなさい」
「お、おまえ……」
「母さん」
「その代わり、情けない姿を晒す事は許しませんよ。格好良く生き残って、アリンさんのハートを鷲掴みにする事。いいわね」
「う、うん!俺頑張るよ!命をかけてアリンを守る!!」
こうして親の了承を得て、カンカンはスパム領に残る事となる。
愛する女性、アリンの側にいる為に。
――馬車内。
「本当にカンカンを置いていくきかい?」
「あの子は男として決意を固めたんです。そんなあの子を、親として応援してやらずにどうすんですか」
「いやしかしだなぁ。最悪命を落とすかもしれないんだぞ」
「そうならない様に、今からエドワード様に会いに行くのではないですか。今の私達がすべきことは保護する事ではなく、陰から息子が死なない様に手助けする事だけよ。商会の全てを賭けてでも」
オルブス商会は、スパム領から完全に手を引く予定だった。
商人は沈みゆく船に同船する様な真似はしないからだ。
だがカンカンがスパム領に残る事になり、事情が変わる。
マミー・オルブスは息子を守るためなら、長年蓄えてきた蓄財を全て吐きだしてもいいとさえ考えていた。
この状況をもし乗り越える事が出来れば、たとえ商会が潰れたとしても、息子は自分の未来へと高く飛翔する事が出来る信じて。
「そうか……わかった。お前が決めたのなら私は何も言わない。どこまでできるかわからないが、商人として出来る事を全てやろうじゃないか」
「ありがとう、あなた」
馬車の中で見つめ合うオルブス夫妻。
そのオシドリ夫婦とでもいうべき姿を、少し離れた場所から見つめる者が居た。
「ふむ……どうやら、手を下す必要はなさそうじゃな」
それは不可視の状態を維持したタニヤンの分身だった。
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