第120話 生贄
――グラント帝国首都。
「陛下!どうかお考え直しを!!」
グライム皇帝の決定に、側近の一人が嘆願した。
皇帝が決定したのは、デスナイトの追加精製である。
ポロロン王国の砦を落とした一体の騎士――デスナイトは、その後一週間ほど砦に留まっていた。
その理由はエネルギー問題だ。
圧倒的強さのデスナイトの活動には、その強さに見合った大量の“死”のエネルギー——死者から吸収する――が必要となる。
その充填が上手く進まず、デスナイトは砦に足止めされているのだ。
王国の砦で、2,000人近くもの兵士を殺したのに足りないのか?
そうではない。
エネルギー自体は足りていた。
問題はその吸収速度である。
分かりやすく言うと、大容量のスマートホンを低速充電している状態。
それがデスナイトの今の状態だ。
本来のデスナイトならば、死のエネルギーのチャージにそこまでの時間はかからない。
だがデスゲイザーに与えられたデスナイトは、水のメガ精霊との戦闘を前提に調整された物である。
戦闘力に特化した結果、燃費が非常に悪くなり、更に死のエネルギーのチャージ速度にも問題が出てしまっているのだ。
戦闘毎に長期間のチャージが挟まれば、当然その分、王国に対する侵略は遅れる。
その状態を皇帝は快く思わなかった。
本人は既にデスゲイザーの力によってリッチと化していたが、それに気づいていない皇帝は、時間がかかれば自分の寿命まで戦争が終わらない事を懸念したのだ。
だが、充電速度は仕様上変えようがない。
そこで皇帝が下した決定は、デスナイトの増産である。
2,000人殺すのに消費したエネルギーを、便宜上100としよう。
そしてそのチャージには10日かかる。
だがデスナイトが二体いれば一体当たりの殺す数は半分になり、消費するエネルギーは半分の50で済む。
その場合、チャージ期間は半分の5日で済む。
つまりエネルギーさえ足りているのなら、数を増やせば増やすほど充填期間を短縮できるという訳である。
また行動別々にさせた場合でも、チャージ時間こそ短縮できないが、同時に複数の場所を攻め落とす事が出来るので侵略完了までの期間を短くする事が可能だ。
なので、デスナイトを増やすという行動に、損は一切ない。
ただ一点の問題を除いてだが。
それは……
デスナイトを増やすのに、核となる人物と、1,000人物いけにえが必要になる事だ。
「私の決定に口を挟むか……さては貴様も謀反人だな?」
「そ、そのような事は御座いません。私はただ……」
戦争継続を反対した貴族達は、既に反乱分子として粛清されていた。
その一族郎党ごと、デスナイトの生贄に捧げられるという形で。
粛清された中で唯一生き伸びたのは、第二王子ぐらいのものだろう。
リッチ化したとはいえ、人の心が完全に消えてなくなったわけではない。
唯一残った良心部分が、それを避けさせたのである。
「善良な民を生贄に捧げるのはいかがなものかと……」
「善良だと?私に反旗を翻した者共の領地の者達だぞ?トップが腐っている時点で、その者達の性根も知れている。この私の帝国には不要!それを庇い立てすると言うなら……」
「い、いえ。出過ぎた事を申し上げました。今すぐ手配いたします」
長年仕えてきた自身であっても、少し意見しただけで今の皇帝は本気で処刑しかねない。
そう判断した側近の男は主張を撤回し、与えられた仕事へと移る。
彼は悪人ではなかったが、1,000人の人間と自身と家族の命を秤にかける程善人ではなかったからだ。
「くくくく……デスナイト共がポロロン王国さえ滅ぼせば、私の命が伸びる。そしてゆくゆくはその力で世界のすべてを……」
皇帝が玉座からどこかを見つめ、満足げに微笑む。
彼の欲望はもはやただ寿命を延ばすだけではなく、その圧倒的力で世界を手に入れる所にまで伸びていた。
本来のグライム皇帝なら、そんな事は夢にも考えなかっただろう。
だがリッチになった事で、彼の精神は変容してしまっていた。
やがてその欲望は、世界を全て巻き込んだ大きな戦乱へと発展させる事となる。
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