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その31


 正式な部活として承認されるには一定数の部員と指導顧問が必要だと知った。個人事業主でも法人化すれば社長一人でも株式会社として成立するのだから、理闘ひとりが部員でも部活動として認めてほしいものだ。

 鮎川儷を商品化すれば金になる。

 上条迅晴のコネで貴重な試供品が手に入る。

 他にも舞い込む依頼をこなせば、生徒から金を巻き上げられるチョロさ。稼げる時に稼ぐしかない。正式に看板を掲げて堂々と活動したいが、部室と部員と顧問が現れるまで地道にひとりで働くしかないだろう。

 良くも悪くも多岐に広がる鮎川儷の影響力を思い知り、泣く泣く握手会の開催を見送ることにした。鮎川儷本人が危険にさらされる程度なら護衛をやりきる自信はあるものの、客であるファンまでは面倒を見きれない。

 画像、動画、映像、所持品――鮎川儷にまつわる錬金術は幾らでもある。

 昼休み。学園の旧校舎裏脇に置かれた腐りかけたベンチに座り、新しい企画を練っていると上条迅晴がやってきた。去勢未遂事件以来、はじめてまともに顔を合わせる。

「よお」

 上条迅晴が間抜けな笑みを浮かべて片手をあげた。断りもせず隣に腰を下ろすと、大きな包みから鰻重膳を取り出して箸をつける。昼から豪華すぎだろブルジョア。

「私がここにいること、よくわかったわね」

「へっ、嗅覚なめんな。女の子ならどこでも見つけてやんよ」

「……懲りない男」

 理闘は溜息をついて、素っ気ないサンドウィッチをつまんだ。

 例の依存気味だった舌足らずの彼女について――好奇心は疼いたけれど話を切り出す勇気がなかった。聞いてどうするのだ。零れた水も割れたガラスも元には戻らない。

 迅晴が行儀悪く箸を前歯で噛み、スマホを取り出した。

「新人ちゃん、連絡先教えといて。何かあった時のために」

「何かってどういう時よ」

「あんだろ。新人ちゃんが困った時とか手が足りない時とか」

「そうね」

 理闘は空を見上げてしばし思案する。打算と現実の折り合いはどこにあるだろう。

「あんたのスマホから女の子の連絡先を全部消したら教えるって言ったら?」

「速攻で消す」

「は」

 思いがけない返答に理闘は目を丸めた。

「新人ちゃんの連絡先だけあれば満足だから、お望みなら全部消すよ」

「……なるほど」

 迅晴の手口がわかった気がする。

 その場その場で目の前にいる異性が最優先で、辻褄を合わせるのは後回しなのだ。

 一瞬の迷いもなく即座に「君を選ぶ」と囁かれたら、自分は特別な存在だと錯覚して優越感を浸ってしまうだろう。

「まあ。うん。あんたがどんだけ女好きかは知ってる。アホみたいに彼女とベタベタしてたし、なのに他の女と放課後イチャイチャして歩いてたのを見たし、生粋の女たらしというか病気なのね。かなり深刻な病よ」

 だからあんな目に遭うのだ、と言いかけて言葉を切った。

「別の女って誰?」

「年上っぽい美人」

「あー大学のテニスサークルのお姉さんかな。道案内してただけじゃねえかな」

「あれだけベタベタしまくっておいてどの口が言うか」

「実はあん時、お姉さんが道案内を装った形でナンパしてきたんだ。ほんとだって。友達が車で迎えに来たけど、間違って高等部の門に着いたから教えてくれってさ。ほんとほんと。まじでまじで」

「どうでもいいけど少しは人目を気にしなさいよ」

 悪びれずに笑う迅晴に呆れてしまう。

「お。ひょっとしてやきもち?」

「じゃなくて」

 理闘は食べ終わったビニルを握力で潰した。

「女の子が好きなら大事にしなさい。裏切りに遭ったら誰だって傷つくわ。惚れた腫れたに口を出すのは野暮だけど限度があるわよ。ちっとも大事にしてないじゃない」

「んなことねーよ」

「あるわよ」

「大事にしてるつーの。俺の腕が長くて懐が広いから、受け止める数が多くても問題にならねーだけだ。ほーら新人ちゃんも遠慮せずに飛び込んでおいで」

「あんた……」

 理闘は我慢できずに拳をふるふる震わせた。迅晴を殴りたくなってきた。

「言っとくけど、あんたの処女信仰というか処女厨発言、超絶きもかった!」

「俺そんな話してねえし」

「したわよ」

「いつ」

 迅晴が挑戦的に眉を吊り上げた。

「まさか覚えてないの? 俺を好きな女ならどんな女でも好きになる。それが処女なら絶対に断らないとか、めちゃくちゃキモいこと言ってたわ。ぞっとしたわよ」

「あー」

 迅晴が決まり悪そうに目線を泳がせる。

「新人ちゃんは迷子になったことある? 初めての場所に一人で行ける? 知らない土地で一人になっても不安にならん?」

「ならないわね!」

 弱気な自分を隠し、虚勢に任せて理闘は嘘をついた。一人で映画館に行くのが恐くて鮎川儷を巻き込んだ過去は抹消した。

「新人ちゃん。人間が死んだらどうなるか知ってる?」

「わからない」

 宗教によっては死は無に帰すと言われている。他にも天国だったり煉獄だったり地獄だったり裁きの門だったり、諸説あるけれど自分が死ぬまで真相はお預けだ。

「三途の川はわかるだろ?」

「もちろん」

「冥府の川でも、彼岸の果てでも、一面の花畑でもいいけど、死んだら最初に行きつく場所がある。死んだらひとりだ。そこで一人で佇んでたら孤独だし不安だろ。どうしたらいいかわからなくて途方に暮れると思うんだ」

「そういう時は誰かが迎えに来るんじゃない? 死神とか先に亡くなった家族とか」

 迅晴が意気揚々と声を強めた。

「それだ!」

「どれよ」

「死んだ女の子を迎えにいくのは、その子の初体験の男の役割だって聞いた」

「は」

 理闘は地獄の底まで届く低い声で問い返した。

「何て言ったの。二度と聞きたくないけど確認しないと落ち着かない」

「不安な女の子を颯爽と迎えに行く役目は俺がやる。できれば世界中の女の子を迎えに行ってやりたい。だって可哀想だろ。独りぼっちで右も左もわからず困ってるんだぜ」

「死後の魂と生前の初体験がどう関係するわけ。都合よすぎない?」

「身体と精神は切り離せない」

 迅晴が真剣な顔でもっともらしいことを言い出した。

「死後は魂の結びつきだけが頼り。生前の縁が魂と魂を強靭な鎖で繋げてる。それは家族かもしれない。憎しみを抱えた奴は憎い相手かもしれない。とにかく強い念で縛られている者が死後に迎えに来る。まあ全員とは言わねーけど、女の子は恋愛の絆がもっとも強い。結婚相手がそれかもしれない。初恋の相手がそれかもしれない。片思いの相手の場合もあるだろう。そして初体験の相手も縁は繋がる」

 迅晴が至極真面目な顔で力説する。

「女の子は好きな男以外と身体の関係を持っちゃだめだ。だから俺も、俺のことを好きになる処女は絶対に大切にする。絶対にだ」

「まじできもい。ゲロ吐きそう」

 理闘は苦い顔でうっと呻いた。

「なのにあんたは浮気するのね。浮気は多情であり薄情よ。そんな悪縁は断ち切るべきだわ。浮気された方は苦しくて悔しくてあんたを八つ裂きにしたいほど憎んで嫌いになるだろうけど、それでも、きっといつか忘れる。浮気者なんてどうでもよくなる」

「浮気じゃねーよ!」

 詭弁はもうたくさんだ。理闘はやれやれと肩を竦めた。

 不安に苛まれて、自分が蔑ろにされて、言葉にできないほど悔しく、浮気をされた自分に存在価値がないように思えて、大嫌いになったり憎しみに燃えたり、絶対に許せないから断罪してやろうと――去勢してやろうとした彼女は迅晴を忘れるだろうか。

 忘れられたらいい。いつか、きっと、鈍色に澱んだ念もとことん腐りきったら、いずれ川に流れて浄められてゆく。

 理闘は腰に手をあててふうと息を吐く。

「いいわ、連絡先交換しましょう」

「よっしゃ」

 交換を終えると、誕生日や趣味などのパーソナルデータを矢継ぎ早に質問してくるのですべて無視した。

「私が呼んだらすぐ来てくれるのよね」

「もちろん」

「私はこれから学園で何でも屋をやるつもりなの。お金を貰えば運び屋だってやる。要人警護もする。お金次第ではあんたとデートだってしてあげるわ。何だってやってやる。何だって完璧に救って見せる。部の名前は【パーフェクト・レスキュー】。略してフェクトレスに決めた」

「よっしゃ、俺もそれに乗ってやるぜ」

「お言葉に甘えるわ。ただし」

「ただし?」

 迅晴がきょとんと目をとめた。

 顔の筋肉は緩み、肩や足下に緊張はなく、視界の焦点もぼんやりしてる無防備さだ。

 理闘は体勢を低くしながら迅晴の懐に入り込み、右腕を固めて背負い投げを仕掛ける。

 まったく構えていなかった迅晴はまともに背中を地面に叩きつけた。が、辛うじて受け身をとっていたようで気絶を免れる。最低限の護身術は身についているらしい。

 僅かなりにでも咄嗟の危険に対応できる。

 思えば迅晴との初対面時、ボリシェヴィキにスタンガンを押し当てていた。保身のために武器を常備しているのかもしれない。躊躇なく手を汚せる判断力は戦闘において利点といえる。――悪くない。

 迅晴が服の汚れを手で払いながら口唇を尖らせる。

「ひでえ。何すんだよいきなり」

「ただし」

 理闘は迅晴の手を取り、一気に引き上げた。

「女の子とのデートを優先しなさい。あんたに連絡がつかない時は女の子とデートしてると解釈するから着信をスルーしていいわ」

「んなことしねえわ! 絶対に俺は駆け付けるって!」

「あはは。頼りにしてる」

 失笑しながらスマホに上条迅晴と入力した。まだまだ連絡先が空欄に等しい、うすら寒く惨めなスマホだ。

 迅晴が白い歯を見せてニカっと笑う。

「新人ちゃん、身長は? マジ小さくて可愛いな」

「ひ、ひゃ、百五十二センチ」

 理闘は良心の呵責に耐えながら、三センチから五センチほど偽証の術を使った。

「俺は上条迅晴。新人ちゃんの名前も聞いていい?」

「理闘よ」

 改めて手を出して固い握手を交わす。

 その時、背後に建つ旧校舎の窓ががらがら不快な音を立てて開いた。劣化が進んで基礎から歪んでいるのか建付けが悪い。

「ぶ」

 ロン毛の鮎川儷が現れた。肩を斜めに滑らせてほんの僅かな隙間からにゅるりと出てくる。相変わらず正体が掴めない。

「だからその、ぶって何なのよ」

「部長」

「は?」

 鮎川儷がしゅっと右手をあげる。

「部長。もしくはビーさん」

「ビーさんて何なの! ああもう苛々する!」

 迅晴がけたけた笑ったあとに、指で何かを掴む仕草をして、ち、ち、と繰り返した。

「ち? ちがどうしたのよ。ち? びーさん……びー?」

 理闘はかっと目を見開いた刹那、木偶みたいに起立している鮎川儷の頬に平手を打ち、その払った裏拳で迅晴の顎下を殴りつけた。

 ち、び。

 理闘の身長を揶揄っているのだと気づき、理闘は憤然と地団太を踏んだ。ずっとずっとずーっと鮎川儷は理闘の身長を虚仮にしていたのだ!

「あんたたち、一生こき使ってやるから覚悟しなさいよ!」

 理闘の絶叫は誰もいない旧校舎に響き渡り、澄んだ蒼穹に吸い込まれていった。

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