その19
三年前に閉店したパチンコ屋を仕事場として借りている。
内壁のコンクリが剥き出しになり、台所も水場も使えず、最低限のインテリアもない質素な建物だが防音設備だけは完璧だった。むしろ防音こそが最優先事項で、通気口が壊れているのか換気が悪いのが難点だ。
会議で使う折り畳みの簡易机を適当に広げ、価値のない駄弁を交わしながら、各自が持ち込んだパソコンをかちかち鳴らす。
室内にはロクの他に四人の男が集まっている。顔の半分を覆い隠す大きなサングラスとニット帽をかぶった男がけたたましい笑声をあげた。
「こいつら、ほんと馬鹿。釣りに決まってんのに。ロクさんも見てみろって」
ニット帽の男から教えられたワードで検索すると、巨大な相談サイトに辿り着いた。
この有名サイトは基本的に女性しか書き込みしてはいけないルールがある。
相談内容は彼氏の浮気について。
「人気トピック一位になってんぞ。ウケるわ。女ってこういう話、ほんと好きな。彼氏が浮気しているかもしれません。疑いたくないけれど見てしまいました。どうすればいいですか。だってよ。んなもん、浮気してるに決まってんじゃねえか。てか浮気くらい何だってんだ。見ないフリしときゃ終わる話なのによ」
「休憩するのは構わないが仕事はしてくれ」
「へいへい。やってますよっと」
ニット帽が頭の後ろで手を組み、安いオフィスチェアを軋ませて、じろじろとロクの全身を頭から足元まで品定めする。
「ロクさん、そういうの着るの珍しくない?」
「そうか?」
「ジャケットとか堅苦しいもん嫌いそうなのにな」
「薄手なんだ」
「しかもすっげ高そう」
「いい拾い物をした」
粗末な部屋を事務所にして即席のアルバイトを雇い、ロクが責任者となり、ここで日々ネット上の警備を行っている。一応、文教省を通した法人名義での活動だ。潤沢とはいえない運営資金でもそれなりの給与は支払えている。
本日招集したバイトのうち、三人はSNSの巡回を担当させていた。
家出を仄めかしたり、宿泊先を求めたり、遊び相手を見つけたい――など、自分から年齢を載せている危機管理の足りない未成年を保護するため。
またはそういった子供のふりで囮捜査をして、みっともない犯罪予備軍をピックアップして名簿を作成するため。
ロクが中学生や高校生の女子を演じれば三十分で百通の返信がくる。行き場のない少女の弱みに付け込み、小遣いという名目で性搾取が行われている実体があるからだ。
ロクは、入口付近に置いた廃棄ソファに寝そべる男を振り返った。コンパクトなパソコンを腹の上に乗せてかちかちと操作している。
「そっちのブラウザは」
「ういー」
曖昧な返事を寄越して、親指と小指を立てた右手を空中で振っている。
バイトの一人は当機関がダークウェブに載せたサイトを監視している。接触者とサイト閲覧者をデータ保存し、後でゆっくり解析する段取りになっていた。
ダークウェブでは、銃器、違法薬物、人身売買、不都合な情報など他多数、非合法なものばかりを扱っている。交渉がまとまった場合は相手が所持する暗号資産で決済される仕組みだった。
「イシイ機関の注文はあるか」
「普段通りっす」
「施術は」
「今んとこ今日の二つで最後っす。来週の予約はねっす。来月が一件っす」
「そうか」
腕時計を確認するとちょうど夕食の時間だった。特殊な回転システムで作られた建物だから五分遅れれば命取りになる。別室で保護している野良猫たちに餌を与えなくてはならず、きっちりと時間厳守を命じられていた。
野良猫を集めたこの部屋に扉に鍵をかけたことはない。室内には特有の汗や体液の臭いがこもっている。ロクが立てる物音に警戒することなく子猫たちは各々お気に入りに位置で寝そべっていた。あまり腹が空いていないのだろう。
立ち去ろうと踵を返す時、ロクの足元をひっかく子猫がいた。壁際に積み重ねた缶をひとつ開けて、水気の多い餌を指で掻きだして皿に落とす。
「にゃー」
子猫が皿に口をつけた。ぴちぴちと水を弾く音がする。餌の付着した指先を突き出すと子猫の舌がそれをぺろぺろと舐めた。
「いい子だ。処置が終わればピアスをつけて外に戻れる」
「にゃー」
子猫が手の甲に頭を摺り寄せてきた。他の子猫たちは無防備に身体を伸ばして寝入っている。
事務所に戻るなり接触アプリがブザー音を響かせた。こちらから近寄っていないのに反応するのは珍しいことだった。位置確認したあと上にスワイプしてアプリを消す。
「ちょっと出てくる」
「女かあ?」
ニット帽がいひひと下世話に笑い、ロクはジャケットを脱いで椅子の背にかけた。
「馬鹿を言うな。トイレだ」




