第21話 役目を終える男達
戦いから一夜が明け、王国とパーティーは慌ただしく動き出す。
キルメスの供養は準備が進んでいたものの、テキスの街に住む彼の母親は、ショックの余り王都からの謝罪と賠償を拒否してしまう。
そこで、キルメスの父親代わりとして彼の世話を焼き、母親とも交流のあったランドールが、彼女を説得する為にテキスの街へと出発した。
レナは肩の怪我も軽く、王宮で無事に目を覚ましたものの、自身の問題でキルメスが死んでしまった事にすっかり塞ぎこんでいる状態。
シオンからのアドバイスを受けたメイド達は入浴でレナの本心を聞き出し、マーカスから譲り受けたボディスーツにお湯を入れ、国王夫妻や来賓にも彼女自身の意思を伝える手助けに奔走する。
レナが伝えた自身の意思。
それは、自身が元の姿に戻れなければひとりでエルパンの森に入り、人間に理解のあるビリーやジニーのもとで聖獣として生きる事。
レナの意思を受けた王国剣士隊の中には、国の一大事にマヤーミの聖獣族討伐を主張する強硬派も存在した。
しかし、それでは再び聖獣族との戦争は避けられなくなり、隣国にも問題は飛び火するだろう。
ムネタカとシオンは、戦いでイジーが死んだ場合にレナの呪いは解けるのか、そしてエルパンやジョーラの聖獣族が、人間とイジー達との戦いをどこまで黙認してくれるのかを探る為、今一度聖獣族の代表と話し合う事を決める。
マーカスは、ムネタカ達の口から国王には存在を知られていたが、世間的には全く無名の「第5の英雄」。
彼には世間の興味が殺到し、本人はうんざりしながらも自身の過去と今回の経緯を説明する事で、仲間達が行動する為の時間を稼いでいた。
「コリー! ムネタカだ! 突然で悪いが話がある! ビリーにも声をかけてくれないか?」
王都からの距離を考えると、ビリーの住むエルパンの森から往復すると夕方になってしまう。
ムネタカとシオンは王都から真っ直ぐ北に位置するジョーラの森に到着し、聖獣族代表のコリーに訴える。
【……私も貴方と話したいと思っていました。ムネタカさん】
コリーからの予想以上に素早いレスポンスに、思わず驚きのジェスチャーが出てしまうムネタカ。
シオンはその滑稽な動きを目の当たりにし、早くもコリーと接触出来た事を理解した。
【マヤーミの森の戦い、拝見させていただきました。イジーが獣化したレナ姫をそのまま手下にしようとした時点で、彼女の呪いを解くつもりはなさそうですね。キルメス様はお気の毒でしたが、聖獣族であるイジーの弟も死んでいます。我々中立の聖獣族にとっても、何の意味もない戦いでしたよ】
コリーに悪気はないのだろうが、余りにも冷酷な励ましである。
ムネタカとシオンはその場に硬直し、弁解の余地もない自分達の無力を堪え忍ぶ。
【……ですが、イジーは完全にムネタカさんをこの地から消そうとしています。我々とすれば、人間との交流を断絶したくはありませんし、それは貴方なしでは不可能な訳ですよ。最悪、貴方に命の危機が迫った場合、イジーを殺めてしまう事を黙認します。もうすぐビリーとテレパシーが繋がります】
ジョージとの一件で、イジーの聖獣としての器の大きさを知ったムネタカ達。
コリーから信頼を得た事は素直に喜ぶべき事ではあるが、出来ればこれ以上の犠牲は出したくない。
互いにいがみ合うライバルではなく、互いに高め合うライバルにならなければ……。
「コリー、こんな話はしたくないが、もし戦いでイジーが死んだら、奴がかけた呪いは解けるのか?」
やや遠慮がちに質問を投げかけるムネタカに対し、コリーの答えに遠慮はなかった。
【……呪いとはつまり怨念です。例え肉体が滅んでも、その怨念を抱える魂が浄化しなければ、呪いは解けないでしょう】
【ムネタカ、ビリーだ。俺もコリーと同じ意見だ。今イジーは、マヤーミの森の奥にある沼地で傷の回復を待っている。周囲に次元のトンネルがあり、既に複数の仲間が森に帰還して集結している様だ。イジーは傷が治れば自分から決着をつけに来そうだが、どうする?】
やるせない沈黙からムネタカを救う、ビリーからのテレパシーを受け、彼はその内容を隣のシオンへと持ちかける。
「マヤーミの聖獣族も、全てがイジーの信奉者ではないはずです。……そして、エルパンやジョーラの聖獣族も、全てが私達の味方ではないと考えるべきです。次の交渉で決着しないと……」
シオンが持論を述べている間、森の代表と会話する珍しい人間の姿に興味を持ったのか、少しずつジョーラの聖獣族が集まってくる。
だが、レナの件があるのだろう。
子ども達をしっかりと抱き抱え、決して必要以上には近づこうとしない。
イジーとの問題を解決したとして、互いの信頼回復にはまだまだ課題が待ち構えているのだ。
「デラップとミシェールに協力を得られるまで待つ方が確実だが、それまでにイジーの傷が回復し、奴の仲間が増える事態は避けたい……」
ムネタカとシオンが互いに顔を合わせたまま考え込んでいると、ビリーから意外な情報がもたらされる。
【ムネタカ、これはあくまで俺の主観だが、次元のトンネルが少しずつ小さくなっている様だ。以前は聖獣が複数まとめて飛び込める程の大きさだったが、今は人間がひとり通れる程度まで縮小している。理由は分からないが、次元のトンネルがその役目を終えようとしているみたいだ】
「それは……どういう事だ?」
ムネタカは、イジーの仲間がこれ以上特殊な能力を持つ事がなくなる可能性に期待しながらも、この気まぐれな現象に不穏なものを感じていた。
ジョージの話から導き出された、この世界が異世界からの人材を必要としていたという仮説。
そして、イジーの仲間が進化を遂げて帰還した後、徐々に縮小する次元のトンネル。
この世界は、人間と聖獣の進化と関係性に尽くした自分達とイジー達を用済みとみなし、互いに戦わせてこの世界から抹殺するつもりなのではないか?
「まさか……冗談じゃねえぞ!」
「……ムネタカ様?」
突如として苛立ちに表情を歪めるムネタカ。
シオンはそんな彼を心配し、自分でも無意識のうちに側に寄り添い、肩を抱いていた。
「コリー、イジー達の居場所を詳しく教えてくれ! 奴からコンタクトがなければ、こっちから行く事になるだろう。最後の戦いだ!」
「アラン、近頃の貴方は見違える程に成長しましたね。このまま精進を続けて、いずれこの大聖堂を支える神官になって下さい」
一部神官のトラブルで人手不足に陥ったヒューイット王国の大聖堂は、アランを始めとする若手神官の奮闘により、その危機を乗り越えていた。
「大神官様、ありがとうございます! 僕はまだまだ未熟者です。これからも宜しくお願いします!」
休暇も取れないハードスケジュールと、経験のないプレッシャーをどうにか乗り切ったアラン。
ムネタカのアドバイスとレナの窮地に自らを奮い立たせたのか、その表情にはかつての弱気な姿はなく、ひとりの青年として確かな自信を身につけている。
「レナ姫様が今、大変な時期を迎えていますが、貴方にも責任があるはずです。彼女を励ましに行く事は、今の貴方の義務ですよね。行きなさい、アラン」
「……はい!」
大神官に深々と頭を下げ、アランは勢いよく王宮に向かって走り出していた。
今のレナは孤立している。
国王夫妻やシオンを始め、彼女の味方は沢山いるものの、今回のトラブルの元凶でもあるが故、100%の味方は存在しない。
ただたひとり、共犯者であるアランを除いては。
「僕が……レナを守ってみせる! 幼い時、レナが僕を守ってくれた様に……!」




