第19話 英雄の重荷
レナを元の姿に戻す事は叶わず、イジー達との戦いでキルメスを失い、ムネタカとシオンもすっかり疲弊してしまったパーティー。
彼等はこれまでの経過を報告する為、また、蓄積した心身のダメージを回復させる為、そして何よりキルメスの遺体を供養する為、馬車ごと王都へ駆け込んでいた。
「……シオン、貴女やメイド達には本当に苦労をかけましたね。今回の件は私達夫婦の責任です。娘が本来の姿に戻れなければ、私達はいずれ王位を退き、人里離れた山奥で責任を持って、親子3人で静かに暮らしたいと思います」
慣れ親しんだ王宮のベッドで眠り続けるレナを見守りながら、王妃はシオンの献身を労っている。
「……戦いで命を落とした若い剣士には、国を挙げて哀悼の意を表したいと思う。剣術学校のデラップを通して、残された剣士の母親にも出来る限りの補償をするつもりだ」
苦々しい表情で自身の無力さを堪える国王。
レナがひとり娘である以上、世襲のないまま国王夫妻が早期引退となれば、ヒューイット家の伝統を失った王国は名前を変えるかも知れない。
激務がたたり志半ばにして病に倒れた先代の遺志を受け継ぎ、聖獣族との共存共栄を重視してきた現国王の胸中は、忸怩たるものがあるに違いない。
「国王陛下、姫様の事で責任を感じるのはやむを得ない事であると存じております。ですが、今陛下が王位を退けば、この国の方針と聖獣族との関係に問題が……」
シオンは言葉を選びながら、出来る限りの人道的政治を行ってきた現体制の重要性を訴えた。
ヒューイット王国は、国策として計画していた工業化を最小限に止め、農業や漁業を重視する政策転換を行って現在に至る。
この決断の背景には、鉱物を求めて北部の森に人間が進出した結果、先住民族であった聖獣族の安全を脅かし、結果として3年にも及ぶ戦争状態を作ってしまった、先代国王の反省が込められている。
だが、一時的であるとは言え、聖獣族の安全を脅かして得た鉱物の利益の味が忘れられない者はいる。
そして、20年前の記憶を殆ど持たない若い世代にとっては、自分達の生活と聖獣族の安全を秤にかける意味など理解出来なくて当然とも言えた。
そもそも、王女のレナがそこを理解していなかったのだから……。
その頃、ムネタカ、ランドール、マーカスの3名は、20年前のパーティー仲間であり、現在は剣術学校と魔法学校の要職に就いている、剣士のデラップと魔導士のミシェールを訪ねていた。
「……本来ならば、俺達剣術学校側がキルメスの様な若手を発掘して奨学金を施し、育成しなければいけなかった。ランドール、ムネタカ、マーカス。申し訳ない事をしたと思っている。キルメスの母親の今後も含めて、出来る限りの褒賞金を用意するよ」
デラップはそう自らに言い聞かせる様に呟き、雨上がりの虹を背中にゆっくりと立ち上がる。
若い頃は端正な顔立ちの好青年だった彼も、出世と引き換えに背負った王都のしがらみからか、その横顔には苦味が後を引いている。
「イジーは弟しか連れていなかった。お前とミシェールがいれば奴に勝てたし、キルメスも死なずに済んだはずだ。お前達の子どもなら放っておいても試験なんて楽勝だろ? なんて合流してくれなかったんだよ!?」
自分のわがままと知りながら、デラップに詰め寄らずにはいられないランドール。
20年前のパーティー再結成をコンタクトしてからと言うもの、デラップとミシェールは仕事と子育てを理由に返事を先伸ばしにしている。
直情的なランドールには、その対応が煮え切らないものに思えてならなかったのだ。
「ランドール、デラップを責めないで。時代が変わったのよ」
それまでデラップの隣で静かに座っていたミシェールが、小さな声でランドールに懇願している。
「姫様と同じ様に、私達の子どもも恵まれた環境が当たり前になっていて……。だけど、私達がお手本を見せてあげられる時間は少なかったの……」
パーティーの中では紅一点で、優しくも少々天然気味なムードメーカーだったミシェール。
そんな彼女も魔法学校の要職として多忙な生活を送る中、双子の兄妹の子育てに苦労を重ねていた。
「……農業や漁業が産業の中心であるヒューイット王国では、王国民の大半が農家か漁師だ。それ以外の仕事に就ける、更にその仕事で成功するという事がどれほど大変で、かつどれほど幸運な事なのか、子ども達は分かっていないんだよ……」
デラップは再び椅子に腰を落とし、少しばかり恨めしげに窓の外を眺めている。
「イジーは弟を失い、俺と姫様の攻撃で手負いの状態だ。今奴を追い詰めれば、命惜しさで姫様の呪いを解くかも知れない。出来るだけ早く、力を貸して欲しいんだ」
ムネタカは今一度、デラップとミシェールに戦列復帰を要請したものの、彼等の表情は未だ晴れないままだ。
「……ムネタカ、ランドール。お前達はその歳で、命を懸けた戦いが怖くないのか? 結婚もしない、子どももいないお前達に、俺達の気持ちは分からないだろ……」
かつての仲間から聞かされる、冷たく突き放す様な言葉。
王国を背負うエリートとして、和解の瞬間まで勇敢に戦い続けた彼等の精神は、限界まで追い詰められていたのかも知れない。
「……聖獣族から聞いたよ。異世界から転生した奴、移転した奴は特別らしいってな。確かに俺達はこの世界に馴染み、戦う事に躊躇しなかった。だがそれは、無様な前世や過去を背負っていたからだ。お前達みたいに、努力した分だけ報われた経験がないからなんだ。俺達は、ここで何かを掴まなければ価値のない人間なんだよ」
ムネタカとランドールが言葉を失う中、暫しの間沈黙していたマーカスが自らの正当化の為に、重い口を開いていた。
「俺はイジーに足を喰われて、剣士は引退した。一線で戦えなくなった俺は、ムネタカやランドールの援助で宿屋をやるだけの人生に、正直恥ずかしさを感じていた。だからもう一度、地球に帰って人生をやり直したいんだ。イジーは地球に帰る為のヒントを知っている。姫様が元に戻っても、俺の戦いは終わらない。戦いは止めない」
マーカスのただならぬ決意に圧倒されたデラップは、自身の机に飾られた数多の勲章や賞状を見つめながら、やがて首を左右に振ってミシェールと目を合わせ、互いに頷く。
「……姫様とこの国の未来の為に、いつか戦わなくてはいけない事は分かっているよ。今は誰にも譲れない、俺とミシェールと、子ども達の戦いがあるというだけだ」
「……ありがとう! デラップ、ミシェール」
ムネタカは両者の真剣な表情からパーティー再結成を確信し、ランドールとマーカスを連れて学校から立ち去った。
「……俺なら甘えたガキは許さねえ。自分の子どもなら尚更、根性を叩き直してやる!」
未だ心のモヤモヤが晴れないランドールを横目に、ムネタカとマーカスは苦笑いでお手上げ状態。
「ランドール、お前は古いんだよ……。独身で正解だったな」
「何だとムネタカ!? テメーに言われたかねえよ!」
もう何度目か分からない両者の喧嘩を無視して前を向いていたマーカスの目に、見慣れた顔が近づいて来ていた。
シオンである。
「……ムネタカ様、王宮で貴重な情報を入手しました! 23年前、鉱物採取の為に聖獣の森を侵略し、全滅したと言われていた業者の棟梁が生き残っていたんです! ここからすぐ近くの高齢者施設にいる様です!」
「……何だって!?」
息を切らして全力疾走し、膝に手を着いて激しく咳き込むシオンを懐抱しながらも、ムネタカは激しい衝撃を隠せなかった。




